◎忍足侑士の魔法講座2◎

 

攻撃魔法のエキスパートとはいえ実際に使う魔法は本当に攻撃呪文だけなのかと
問われれば、そうでもない。
分類別に分ければ、攻撃魔法の他に、自分達の能力値を僅かな時間だが大幅に
アップさせる補助系の魔法や、その他戦闘にはあまり関係の無い特殊魔法なども
忍足の範囲内に入るわけである。
呪文の構築・アレンジ等々で全く違う魔法が生み出されるあたりが、『魔法』
という広い範囲での大きな特徴で。


そしてたまには、この忍足だって魔法を教わる事がある。


例えば、もう少し後の話になるが、滝から回復魔法を教わってみたり、先に新たな
魔法を改築した跡部から、その使用法を教わったりと、仲間内の中で言わばカンペの
見せ合いのような、そんな現象が普通に起こるのだ。


さて、今回はある移動魔法の話をしよう。







◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「……だからよ、この魔法で一番重要なのは想像力って事になる」
「まぁ、確かになぁ……」
跡部が述べる講釈を聞きながら、忍足はひとつ頷いてみせた。
今、魔法を教わっているのは忍足の方で、教えているのは跡部だ。
先に新たな魔法を開拓したのが跡部だったという、それだけの事なのだが、
彼が編み出した呪文は今まで忍足が聞いた事もなく、だが効果を見ると
非常に便利だったりするから驚きだった。
ルーラという魔法は、1度行った街や村…つまり自らの記憶に残る場所の
位置や風景を頼りにその場所まで連れて行ってくれるというスグレモノだ。
初めて跡部が使ってみせた時に、これは自分も使えるようになれば便利だなと
思ったから、今こうして彼に指導をしてもらっている。







属性は風、ベクトルは上、そして。
「呪文なんか一連の儀式の証明にしかすぎねぇ。
 一番大事なのはテメェの想像力だ。どこまで覚えてるか、だ。
 間違えんなよ、ひとつ間違えると大変な事になるからな」
「う、うん……ええと、」
モノは試しにとばかしに、覚えたての呪文を紡ぐ。
ふわり、と自分達の周囲に風が巻き起こるのを感じた。
「思い出せ、忍足。
 アリアハンはよく覚えてるだろ?」
「あー……ええと、ちょお、待って、」
むーんと唇を引き結んで忍足が思考を巡らせる。
辺りの風景や、地図で確認した位置関係、そして街の様子。
「・・・・・・・・・よっしゃ、」
「よし、行け!」
「任しとき」
風が自分達を巻き上げるように上空へと向かって一気に吹き上がる。
それに身を任せるようにして、忍足と、その腕を掴んだ跡部が舞い上がった。



ところが。










「おい………てめぇ、一体どこを想像したんだ」
「えぇ……………あれ?」
今いるのは深い森の中。
鬱蒼と茂る木々が、方向感覚も位置関係も何もかもを狂わせる。
大体にして、こんな場所見覚えが無い。
「バカやろう!!想像力が一番大事だっつだろうがよ!!」
「うわウソやん!!ちゃんとやったつもりやって!!」
「それで何でこんなトコロに飛ばされるんだよ!
 そもそも此処は一体ドコなんだ!?」
「えー…………あぁ、そうか」
ぐるりと見回していた忍足が、唐突に声を上げる。
よく似ていたから間違えてしまったらしい。
「ちょおタイミング間違えたみたいや。
 いらん場所思い出してん」
「あァん?」
「ほら、あの、………ッ!?」
ふいに周囲から湧き上がった殺気に、即座に反応した跡部と忍足が身構える。
グルルル…と低い唸り声を上げながら出てきたモンスターに、思わず跡部が
眉を顰めた。
「なんだコイツ……こんなの見たことねぇぞ…?」
ぞくり、と身を走る悪寒はきっと勘違いでは無いだろう。
ここで自分達が戦うには余りにもレベルが違いすぎる。
「逃げた方が……ええやんな?」
同じように考えたのだろうか、隣に立つ忍足も口元を引き攣らせたままで
そう告げてきた。
コクリを頷くと、くるりとモンスターに背を向けて全速で駆け出す。
当然だが追いかけてくる気配があって、内心跡部は舌打ちを漏らす。
なんて場所に飛ばされてしまったのだろうか、と。
「チッ……あまり良い状況じゃねぇな…」
「俺が、足止めするわ」
「アーン?」
「魔法の一発でもかましたったら、ちょっとは怯むやろ」
「……てめぇのレベルでどうにかなんのかよ?」
「どうにかなるのか、やなくて、どうにかするんや。
 とにかく跡部はこのまま真っ直ぐ走ってや」
「バカ、てめぇを置いたままで……」
「大丈夫や」
視線を合わせるようにして頷いてくる忍足の瞳はとても力強い。
何か策があるのだろう。
そう判断すると、「任せたぜ」と言って跡部が先へと進んでいく。
ザザ、と靴底を大地にすり合わせるようにして急ブレーキを踏むと、忍足は
くるりと背後を振り返った。
未だ尚狙いを定めて追いかけてくるモンスターに、ニヤリと笑みを見せて。



「…あー、なんや思い出したわ。
 俺が此処に来た時に初めて会うたんもお前違うかったっけ?」



トロルとオーガを足して2で割ったようなそのモンスターがこん棒を振り上げて
突進してくる様を眺めながら、忍足は両手を前に突き出した。
「ほな、前と同じコトしたるわな?」
そうして紡ぎ出す呪文は、今まで誰も聞いたことが無いもの。
掌から現われた朱い光の球は、その色を少しずつ変え、今は蒼白く輝いている。
燃焼する温度が一定の高さを超えてしまった証拠だ。
「これ以上先には行かさへんで。
 まぁ……燃え尽きてしもうたら無理やろけどな」
先を行く跡部には聞こえないだろうと踏んでいるのだが、一応念の為に、と
小さな声で忍足は最後の呪文を口に出した。


「・・・・・・・・・・・メラゾーマ」










ゴッ、と強烈な音と共に急に背後が燃え盛って、驚いた跡部が思わず足を止めて
振り返った。
「な、なんだ……?」
見ていなかったので忍足が一体何をしたのかは分からないが、普段見ているものとは
桁違いの火力に暫し呆然としてしまう。
佇んでいると追いついてきたの忍足が呆れたような表情を見せてくれた。
「お前、何のんびり眺めとんねん!
 まぁええわ、跡部悪いけど飛んでくれへん?」
「そりゃイイけどよ……お前、一体何したんだよ」
「んー?」
跡部の傍で足を止めて肩で息を繰り返すと、忍足がへらりと普段どおりの
笑みを見せる。
「火事場のなんとやら……っちゅうヤツや」
「すげ……こんな規模見たことねぇぞ」
「ほら、そんなん後回しや。早いトコ此処から出るで!」
「あ、あぁ」
跡部の肩に手を置いて言えば、頷いた跡部がルーラを唱えた。







◇ ◆ ◇ ◆ ◇







ところ変わってロマリアの宿屋。
戻って来るのを待っていた宍戸と滝に1階の食堂で夕食を採りながら状況を
説明すると、こっぴどく怒られた。
「まったくもう、怪我とか無かったから良いけどさ、
 ちょっとシャレになってないよ、それ」
「全くだ。こんな目に合っちまうとは俺も思わなかったぜ」
「う……苛めんといてぇな」
「けどよ、そんなモンスターが居るようなトコロに、なんで飛んじまったんだ?」
「ああ……あれなぁ、ちょお場所が似とってん」
乾いた笑いを零しながら忍足が頭を掻く。
あれは完全に自分の失態だった。
「ドコに似てたんだよ」
「あの、ほら、旅の扉があった森や。
 アリアハン思い出す時に色々余計なモンまで思い出してしもうてなぁ…」
「師匠とか?」
「そのヘンもやったかな」
「バッカ忍足、ンなもん思い出すなよー」
余りにも強烈な印象に残るものばかりで、連鎖的に色々と思い出してしまったのが、
そもそもの間違いだった。
これからはその辺りを注意しなくてはならないだろう。
反省しながらも一度「ごめんなぁ」と言って笑う忍足へと視線を向けていた跡部が、
ぽつりと疑問を口に乗せた。
「お前……あの場所、行ったコトあんのかよ」
「え…?」
妙なところで鋭い跡部に内心舌打ちを漏らしながらも、忍足が彼へと視線を向ける。
「言ったよな?
 1度行った事があって、その場所そのものをちゃんと覚えてるヤツじゃねぇと、
 あんなトコロ行けねぇんだよ」
「……そうやったっけ?」
「惚けてんじゃねぇよ」
「かなわんなぁ……ま、ええか。隠してもしゃあないし。
 確かに俺、あの場所通ったコトあるわ。
 なんや忘れられとるんかもしらんけど、俺って元々旅しとったんやで?
 そん時に1回な。まぁ…前ん時はモンスターに会わへんかったからあんな
 強そうなん出て来るとは思わへんかってんけど」
「そういや、そんな事言ってたっけ?」
すっかり自分達の中に忍足が自然と溶け込んでいるので忘れていたと滝が頷いた。
何となくまだ何かあるような気はしたのだけれど、これ以上の追究したって仕方が
無いので跡部もそれ以上は何も言わずに肩を竦めてみせる。
まだ食べ続けていた宍戸が、はた、と思いついたように顔を上げた。
「じゃあよ、忍足の故郷とかにも行けるわけ?」
「故郷?」
「ん、1度行ったコトある場所ならOKなんだろ?
 どんなトコか興味あってなー」
「まぁ……忍足なら行けるとは思う、が…?」
ちらり、と跡部が隣に座る男に視線を投げる。
何か考えるようにしていた忍足が、ふわり、と笑みを見せた。
何もかもを誤魔化してしまうかのような、そんな微笑みを。
食べ終わった空の皿にナイフとフォークを置いて、椅子から立つ。



「随分帰ってへんからな………もう、どんなトコか忘れてしもうたわ」



「ほな、お先」と言って階段を上っていく忍足を眺めながら、悪いこと言ったかなと
首を傾げる宍戸に跡部と滝のパンチが飛んだ。







<NEXT>