◎忍足侑士の魔法講座◎
ロマリアの宿で取った部屋は2つ。 片方の部屋は、可哀想な宍戸の為に滝と同室にしてやった。 という事はもう片方は当然、俺様な勇者と胡散臭い魔法使いに なってしまうわけで。 どう考えても忍足を気に入っているようにしか見えない跡部と、 イマイチ何を考えているのか解らない(何も考えていないわけでは 無さそうだが)忍足とでは、甘い時間があるように見えて、意外と そんなものは無かったりする。 まだまだ跡部の一方通行、という事だ。 「……そう、そういうコト。 何や自分飲み込み早いやん」 「まぁな、当然だろ?」 「……そういうトコさえ無けりゃあなぁ…」 「アーン?何か言ったかよ?」 「いーえ、何も言うてません」 明日からの行程を確認した後、そんな彼らは当初の滝の指示通り 魔法の勉強中だった。 講師は忍足の方で、教わっているのは跡部の方だ。 最初は魔法を覚える事自体を渋っていた跡部だったが、最近は 真面目に教えを受けているようである。 それもこれも、忍足の教え方が上手だからだというのが本当の ところだが、跡部の自尊心が邪魔をして一度も本人に言ってやった 事がない。 「ほな、ちょお外出ようか」 言って忍足は跡部を促すと、宿を出て更に城門の外に出る。 その向こうは草原が広がるのみだ。 「ほな、こっからが応用な?」 そう告げると忍足が掌に炎の玉を作り出す。 攻撃魔法の基礎中の基礎、本来魔法には詠唱しなければならない 呪文があるのだが、使い慣れるとこの程度の魔法なら省略する事も 可能だ。 夜の闇に突如表れた炎の光に誘われたか、数匹のモンスターが顔を出す。 それらに向かって牽制するように炎を放つと、驚きの悲鳴を上げて 逃げ出した。 「これが、メラやろ? これは跡部ももう慣れたやんな?」 「ああ、」 「じゃあ、今度はメラと全く正反対に呪文を構築してやるで?」 朱は蒼へ、高は低へ、膨張は凝縮へ。ベクトルはプラスでなくマイナスだ。 全てを正反対にしてやると、忍足に掌には冷気が纏い始めた。 それを手近な木へと放つと、幹がピシリという音を上げて凍りついた。 凍りつくというよりは氷づけになったという表現の方が正しいだろう。 「うあー……つべたッ!! せやしこの魔法嫌いやねんかー…」 己の指先を擦りながら、忍足がそう嘆きを漏らす。 跡部は初めて見る魔法だった。 「今の…何だよ?」 「これか?ヒャドって言うんやけどな、基本的にはメラと全く対照的。 せやし使うのは簡単なんやけど、あまりオススメでけへんな」 そういえば、簡単に使ってみせたくせに、普段の戦いで忍足がこの魔法を 使ったことは無い。 何か決定的な弱点でもあるのだろうか? 疑問を口に乗せる前に、忍足の講義が先へと進んだ。 「基本は全部、魔法の構築の仕方だけやねん。 せやしさっきのメラを、更に改築してやるとな、」 今度は忍足の口から長めの詠唱が紡がれる。 まだ忍足自身も使い慣れていないという事なのだろう。 都合良く出てきたのは、4匹の兎。 薄い紫の毛並みに、刺さると痛そうな鋭い角が額から伸びている。 応戦しようと跡部が剣の柄に手をかけるのを、忍足が左の手で制する。 「まぁ、見とり」 「…あん?」 挑発するかのように兎に向かって口笛を吹いてやると、標的と認めたか 兎達が一斉に忍足に向かって突っ込んできた。 「まず、第1段階」 どうやら講義がまだ続いているらしい様子に呆れを隠せなかったが、 大人しく跡部が柄から手を離す。 突撃する兎に向かって忍足が掌を向けると、熱を持った朱い光球が放たれた。 だが、これではメラと同じ。 あくまで単体を狙うその魔法では、残りが倒せない。 「おい忍足、お前何を…!!」 「続いて、第2段階」 跡部の言葉も意に介した様子を見せず、忍足が口元に笑みを乗せた。 「これで終わりや」 兎の1匹に衝突するのと同時に、パチン、と指を鳴らす。 と、唐突にそれは弾けて左右に広がった。 幅を持った炎は、残りの3匹をも巻き込んで行く。 「ほい、兎の丸焼きの出来上がり、や」 「すげ…」 素直に感嘆を口に乗せると、忍足が照れたような笑みを見せた。 「俺も割と最近覚えたんや。 ギラって言うてな、これなら複数攻撃も可能やね。 って言うても、実際魔法の構築なんてのは基本はみんな同じやし、 要はどれだけアレンジ加えるか、ってコトになってまうんやろけどね」 「へぇ…」 「せやけどまぁ、横に炎伸ばそうと思ったらその分火力落ちてまうやん? それを補うには更に多くの魔法力が、呪文には更に力を持った言葉が 必要になってくるねんけどな」 こんがり焼けた兎を見遣って非常食に持ってくか?と冗談混じりに言いながら、 忍足がどっこいせ、と声を上げて立ち上がった。 「ほな、まぁ今日はこんぐらいにしとこうか。 とはいえ、基礎の講義はこれで終わりなんやけどな。 あとは実践で覚えるしか無いから、まぁ頑張りや」 とぼとぼと来た道を城門の中へ進みながら、忍足がそう言って笑った。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「なぁ、忍足」 「うん?何?」 「さっきのヒャドって魔法だけどよ、」 「…ああ、あれな?」 宿に戻って忍足がベッドに転がりながら、跡部に続きを促した。 「お前、ほとんど使ったコトねぇだろ?俺も初めて見たしな。 どうしてなんだよ?」 使いようによっては、メラよりも威力を発揮する事だってあっただろう。 その問いに忍足は苦笑を浮かべると、半身をベッドから起こして 跡部を手招く。 眉を顰めながらも近付いてきた跡部の首元に指先を持っていって。 「つめてッ!!」 ちょいと触れると跡部から悲鳴が零れた。 それにあははと声を上げて笑いながら、忍足が答える。 「俺なぁ、ものっすごい冷え性なんやわ。 ヒャド使ただけでコレやで?キツイやろ? 元々寒いんも苦手やしな、使いたくないんやわー」 お分かりですか、勇者さま?とおどけて言う忍足に、ただ跡部は苦々しく 呟くだけで。 「それって……致命的なんじゃねぇのか……?」 忍足侑士の魔法講座、本日はこれまで。 <NEXT> |