#50 跡部、剣を手にする。
岬を通り抜けて少し先に、それは存在した。 罪人を永久に投獄しておくための牢。 逃げ出そうにも四方を海へ囲まれているため、例え牢から脱出できたとしても、 船が無い限り逃走経路は得られない。 そんな場所に一隻の船が泊まっていた。 無論、跡部達の乗っていた船である。 「……なんか、薄暗いしカビ臭いし、嫌ァなとこやな……」 「牢っつったらそんなモンだろうがよ」 「せやけどやな……」 「だからお前も来る必要はねぇって言ったろうがよ。 宍戸達と一緒に船で待ってりゃ良かっただろうが」 「………や、俺も見たかってん。 アイツの言う、大地に愛された剣、ってやつ」 暗い石畳の通路を跡部と忍足の2人は魔法の明かりを頼りに牢獄の奥へと 歩みを進めていた。 例え鉄格子に鍵が掛かっていたとしても、こちらの手にはマスターキーが あるから問題ない。 大地に愛された剣というものの存在を教えてくれたのは、忘れられた島に 住んでいる真田弦一郎という男だ。 何故、真田がこの剣の存在を知っていたのかは分からない。 もしかしたら預言者、柳蓮二から聞いたのかもしれないが、今はその真田の 言葉だけが頼りだ。 「せやけど此処………ほんま誰も居らへんやん……」 「は、忍足テメェ、誰か生きてるヤツが居るとでも思ってんのか?」 「………どういう意味やねん」 「こんな絶海の孤島とも呼べねぇようなとこにある牢獄だぜ? 投獄なんてただの名ばかり、実際は死刑場みてぇなモンだろ」 「死刑場……?」 「つまり、罪人は此処に放り込まれて、あとは放置。 誰も来ねぇようなところに、たった一人だ。 発狂すんのが先か、餓死すんのが先か………だろうな」 どちらにしたって、この先に待っているのは死のみだ。 ガイアの剣の持ち主とて、とっくの昔に息絶えてしまっているだろう。 「……なんか嫌やな、そういうのん」 「言ったって仕方ねぇよ、コレばっかりはな」 とりあえず、とっとと目的のものを手に入れて退散した方がいい。 そう大きな建物でもなく、話しながら歩けばあっという間に一番奥へと 辿りついていた。 「開けるぜ」 一応そう言い置いてから、跡部が鉄格子に鍵を差し込んだ。 流石どんな扉にも合うマスターキー、今回も難なくその先を示す。 手前に引っ張ると、キィと軋んだ音を上げながら鉄格子は開け放たれた。 中に踏み込んで、忍足が魔法の光の光量を少し上げ、2人は周囲を見回す。 荒れ果てた牢の中、あるのは隅に小さな椅子と、固そうなベッドだけ。 他に何も無いのかとあちこち探し、あ、と声を上げたのは忍足だった。 「跡部、……こっち、来てみ」 呼び寄せられるままにベッドの傍に居た忍足の元まで足早に駆け寄ると、 跡部は忍足の指差す先へと目をやった。 石の壁とベッドの隙間に挟まるようにしてあったのは、白い骨だ。 恐らくこの牢に居た者のもので間違いないだろう。 「これ、ちゃうやろか?」 その白骨の傍に一振りの剣が落ちていた。 拾い上げて鞘から抜くと、随分錆びてボロボロになった刀身が現れる。 「なんか……ちゃう気がすんねんけど………」 「いや、」 鞘から抜いたままの剣を、跡部は握って掲げてみた。 暗い室内で意味などないのに、何かを透かし見るようにして跡部は 刀身をじっと見つめている。 「……どないしたん」 「これは………もしかしたら、とんでもねぇシロモノかも」 「とんでもないて何やねん」 恐らくこの剣は、握って振って斬るためのモノではない。 それは柄を握った時からそんな気がしていた。 けれど、感じるのはそれだけではない、僅かに感じる懐かしい気配。 もしかして真田の言っていた、大地に愛された剣、というのは。 「そういう事かよ……」 チッと小さく舌打ちを零すと、結局忍足には何も言わないままで 跡部はもう一度剣を鞘へとゆっくり戻した。 そして大事そうに腰から下げると、用は済んだと告げて自分はさっさと 牢を出てしまう。 わけが分からないのは忍足の方だ。 「ちょお、自分なに勝手に分かった風で話進めとんねん!! こっちは全然分かってへんっちゅーの!!」 「………ああ、」 慌てて追ってきた忍足がそう声を上げながら牢の扉を元通りに閉める。 その隣で、跡部が突然声を張り上げた。 「悪ィな真田、この剣貰ってくぜ!!」 言ってばさりとマントを翻し歩いて行くのを、呆気に取られた表情で 忍足が見つめていた。 それも僅かの時間で、慌てたように忍足はその後を追う。 「え、跡部、どういう事やの!?」 「そうかよ……漸く全貌が掴めてきた」 「は?」 「お前が言ってた30年前の日記………あながち嘘じゃねぇってこった」 「それって……………ああ、」 暫く考えるようにしていた忍足が、合点がいったと小さく頷く。 30年前の日記、牢獄の真田、そして忘れられた島。 だけどひとつだけ腑に落ちないのは、乾の存在だ。 「………謎が謎を呼ぶ、ちゅうカンジやな」 「そうでもねぇし、結局謎だってんなら謎のままでもイイと思うぜ」 「跡部?」 「要するに、俺達がする事は何ひとつ変わっちゃいねぇってことだ」 「……なるほどな」 跡部の言葉に忍足がにやりと口元に笑みを浮かべた。 確かに、何ひとつ変わっていない。 自分達がするべきことは、魔王を倒す、ただそれだけだ。 <NEXT> |