#49 一行、幽霊船に挑む。
嫌な予感というのは当たり始めるととことんまで当たってしまう。 その事を、今回のことで滝は嫌というほど実感していた。 夜な夜な海を彷徨う幽霊船は、文字通り『幽霊』の巣窟となっていたのだ。 「も……もう嫌だ……」 うっすらと浮かび上がるような姿で自分を取り囲む亡霊達に、 床に座り込んだままで滝がとうとう弱音を零した。 だけどそれも仕方がない。 仲間達とはぐれて、滝は今一人ぼっちだ。 「…ちょお眩しいけど、我慢してな。 今スグええとこ連れてったるしな」 呪文を唱えて忍足の掌から浮かぶのは清浄な光。 その灯火を空へと放つと、周囲に居た亡霊達はそれを追って一斉に 空へと上がっていった。 それを見送って、静かになった船内を何気無く見回す。 あっちこっちを物色して戻って来た跡部が、ここには何も無かったと 軽く肩を竦めてみせた。 「やれやれ……宍戸と滝とははぐれちまうし…、 幽霊には剣も効かねぇしじゃ、どうしようもねぇな」 「呪文が効いて良かったわ。 あと、俺らこういうの平気で良かったなぁ」 「………とりあえず、早いトコ2人と合流してぇ」 跡部が知っている滝の弱点を考えると、この場所で彼がまともに 動けているとは少々考え難い。 更には、宍戸と滝が今一緒に居るかどうかもハッキリしていないのだ。 「ニフラム…つったっけか、その魔法」 「ああ、元々は神官の使う術やしな、滝ちゃんも使える筈や」 「………使えればいいけど、な」 「え?何か言うた?」 「…いや、」 何でもないと返して、跡部は忍足の背中を押した。 とにかく一刻も早く仲間を探すべきだ。 幽霊船と自分達の船を繋げるように板を渡して、留守番をしているのは 千石である。 自らを『非戦闘員だし』と言い切る彼は、基本的に戦闘には参加しない。 だが、これだけ幽霊船に近付いてしまうと、上がり込んでくる不逞な輩も 少しはいるわけで。 「あーあー、この船までゴーストシップにしちゃったら、 後で絶対跡部に怒られちゃうんじゃない?俺ってば」 それも困るよね、と独りごちた千石は、何かを思い立ったように自分の 腰元に下げていたポーチを漁った。 中から取り出したのは、小さな瓶。 「さぁて、コイツは効くかな?」 ポン、と可愛い音を上げて栓を抜くと、千石は近くを彷徨っていた亡霊に 何気無く振り撒いてみる。 途端、叫びを上げることすらせずに亡霊は霞んで消えてしまった。 意外なほどの効力に、まじまじとその小瓶に目をやって。 「………聖水って、効くんじゃん」 ほう、と感心したような吐息を零すと、千石はイキイキとした表情で 幽霊船への渡し板に、持っていた聖水をかけ始めたのだった。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ そもそも自分が仲間とはぐれたのは、腐っていた床板が抜けて船底まで 落とされたからだ。 元は倉庫だったのだろう、その場所には錆びた宝箱や樽や木箱など、 色んなものが置いてあった。 幽霊は怖いが、これだけのモノがあるのに何もしないのは盗賊の名が廃る。 そう考えると、滝は目を閉じて少し深呼吸をした。 亡霊は相変わらず自分を取り囲んでいるけれども、何か悪さをしてくる わけでも攻撃をしてくるわけでもない。 それでも怖いと感じるのは、単なる自分の弱さだ。 「………よし、」 とにかく目の前の宝箱にだけ専念しよう、そう決めて滝はゆっくりと 目を開いた。 視界を掠める何かはできるだけ気付かないフリで。 ひとつめの宝箱には、古い金貨が詰まった袋。 今はもう使われていない通貨ではあるが、コレクターの間ならきっとかなりの 高値がつく筈。 これは儲けた、と呟いて滝は隣の宝箱に目をやった。 中はカラで、何もない。 残念、と舌打ちをして3つめの宝箱へ。 「なんだろう、これ………」 そこには、ぽつんと寂しそうにネックレスが置かれていた。 トップには小さな宝石、だが長い年月をここで過ごしたせいか、ややくすんで 鈍い光を発していた。 宝石が埋め込まれている台の裏には、名前が記されている。 「エリック…………オリビア…………? やるねー、お熱いことで……って、よく考えたらここ幽霊船じゃん」 熱いも何も、誰のものかは知らないがどっちにしたってこれの持ち主は もう生きていないに違い無い。 そう考えて滝はポンと手を打った。 もしかして、コレのことだろうか。 「あの岬の名前もオリビア……これは偶然とは思えないな。 これを持っていけば、もしかしたら…!!」 「滝!!」 背後から聞き慣れた声がして、滝の肩から漸く力が抜けた。 振り返ると、剣を片手に鬱陶しそうに亡霊を手で振り払いながら急ぎ足で 宍戸が駆けて来る。 その所作に可笑しくなって、滝は小さく笑みを零した。 「……宍戸にかかれば、ここの幽霊も虫みたいな扱いなんだな」 「ったく、捜したんだぜ」 「ごめんごめん、まさか床が抜けるとは思わなくてさ」 「こっちは下に行く階段探すのにもう必死だ」 「跡部と忍足には?」 「いや、まだ全然。 何処にいるのかすらもサッパリだ」 「あっちも無事だといいけど、とにかく捜すしかないね」 「そうだな」 立ち上がってネックレスを大事そうに滝が腰のポーチへ仕舞うと、 それに気がついた宍戸が首を傾げた。 「もしかして、お目当てのモンあったのか?」 「うん、きっと間違いないよ。 確かあの岬の名前がオリビア、そしてこのネックレスにも その名前があった」 「へぇ……お前ってほんっと、上手いコト見つけるよなぁ」 「いやぁ、それほどでもあるけどね」 「もうちょっと謙遜しろよ」 呆れ顔での宍戸のツッコミに滝がにこりと笑みを浮かべる。 そういえば、ひとつ忘れていたことがあった。 自分は盗賊だ、元神官の。 「それじゃ、この虫みたいにウルサイのを一掃しちゃおうかな」 そして転職するまでに覚えた魔法が、使えなくなったわけじゃない。 呪文を口にしながら、滝がそんな事も忘れてしまっていたのかと少しだけ 自己反省していた。 「さぁ、天への道標を上げてあげるよ。 みんな、迷子にならないようについて行きなよ?」 上へと打ち上げた聖なる光に導かれるままに、亡霊達は次々に天へと 向かって行く。 その様を並んで眺めながら、滝はすっかり落ち着いている自分の胸に手を当てた。 もう、怖くなんてない。 <NEXT> |