#46 一行、不死鳥の神殿を訪れる。
暫定勇者の跡部とその一行を乗せた船は、真っ直ぐ北へと 向かっていた。 船に揺られること1週間。 船旅もいい加減に飽きてきた頃に、その島は見えた。 「忍足の言ってる島が見えたよ、ちょっと来て!!」 滝と共に甲板で進行方向を眺めていた千石が、慌てて船室へと 飛び込んでくる。 それに、やっとかと大きく伸びをしながら宍戸が立ち上がり、跡部も それに続こうとして、ぴたりと足を止めた。 「おい忍足、行かねぇのか?」 「俺は……ええわぁ」 跡部の言葉に答える忍足の声は、僅かに震えが混じっている。 ベッドの上に座り込んだ忍足は普段の格好の上から、3枚の毛布を 被って蹲っていた。 「……お前な、」 「前にも言うたやろ!俺は寒さに弱いねんて!! なんでお前らそんなに元気やねんな……ありえへん」 「そりゃ単にお前の鍛え方が足りねぇだけだろ?」 「うっさいわ!!」 小馬鹿にしたような視線で肩を竦める跡部へ向けて、忍足が思い切り 枕を投げつけた。 おお危ねぇ、と慌ててドアの向こうに消えた跡部の姿に小さく息を漏らして、 忍足は僅かにずれた毛布の隙間から入る冷気さえ遮断するように、その襟元を ぎゅっとかき合わせた。 「………さむっ」 これは、そんな北の果ての話。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 遠目にもうっすらと白く見えていた島は、近付くにつれ段々とその形を 露わにし始めた。 雪かと思っていたそれは氷で、それだけでもう相当の寒さなのだろうと 実感せざるを得ない。 忍足ほど寒がってみせたりはしなかったが、跡部達もちゃんとそれなりに 重ね着をしている。 「うっわぁ……すごい、氷の世界だ……」 「凍っちまって鼻水も出ねぇな、この寒さは」 「綺麗だけど……でも、何も無いのが寂しいよね。 街とかは……無いだろうな、これだけ氷だと生きていくのも辛いか」 ゆっくりと岸に船を寄せながらしみじみと言う千石、宍戸、滝の3人を余所に 跡部と忍足は今、互いに熾烈な争いを繰り広げていた。 「てめぇ!! いい加減に観念しろっつってんだよ!!」 「ふざけんなや!! こんなクソ寒い中外なんて歩き回れるわけあらへんやろ!!」 「お前がこの場所を指示しやがったんじゃねぇか!! てめぇの責任ぐらいてめぇで取りやがれ!!」 「せやし俺は最初から気が進まへんかってん!! 此処まで寒いて知っとったらハナから話なんぞするワケあらへんわ!!」 「今更見苦しい言い訳してんじゃねぇよ!!」 寒いので絶対に船を下りるものかと言い張る忍足の首根っこを掴んで、 なおも抵抗を見せる眼鏡へと跡部が叱咤の声を上げる。 それを眺めて、滝がやれやれと呆れた吐息を零した。 とにかくこのままでは、話が前へ進まない。 「宍戸、錨下ろして」 「おおよ」 「千石、岸に板渡して」 「りょーかーい」 「跡部、忍足連れて来て」 「……おう」 滝の指示どおりに宍戸と千石が動き出し、跡部が忍足の襟首を掴んで 引きずってきた。 「で、忍足」 「……なん?」 不満がありありと表情に浮かんでいる忍足の肩にポンと手を置いて、 滝がニコリと笑みを浮かべる。 だがその笑顔を見た忍足の背中を走ったのは、この冷気よりもなお寒い殺気。 逆らってはいけないと、反射的に忍足はそう思った。 「寒いんだから、駄々捏ねないの。 下りるよ?」 「………はい。」 やや頬は引き攣ったが、忍足は何とか頷いて答えることに成功した。 ざくざくと霜の降り積もった大地を進みながら、辿り着いたのは氷の世界の中で 荘厳に聳える神殿だった。 周囲を見回すが、辺りに町らしいものも無ければ人の気配も無い。 大きな扉の前に立ち、簡単に開くのだろうかと心配もしたが、軽く押してみると それは何の抵抗も無く彼らを受け入れた。 「広いけど……何も無いね」 一歩神殿の中に踏み込むと、体感する冷気が少しは和らいだのか一行は揃って 肩の力を抜いた。 ぐるりと滝が神殿の中を見回る。 広く取られたスペースに転々と台座が据えられているが、そこには何も 飾られては居ない。 あるのはその中心に巨大な卵みたいな形をしたものだけだ。 「これ……なんだろ?」 千石がその近くに歩み寄り、そっと手を這わせてみる。 微かな温もりがそこには感じられた。 「でっけぇ卵…だよな?」 「うん、多分卵だと思うよ。 何が出て来るかは知らないけど」 隣に立って同じように見る宍戸に、こくりと千石が首を縦に振った。 卵なのだとは思うのだが、その巨大さが余りにも不自然だ。 ダチョウでももっと遠慮がちだろう。 そこにあった卵は、彼ら5人が手を繋いでも恐らく囲む事はできない。 「忍足、これ、何が入ってるんだと思う?」 「えー…?」 無理矢理跡部に引き摺られるようにして神殿に入った忍足は、マントについた 霜を軽く手で払いながら、あー、と気の無い返事をした。 「不死鳥の神殿やて言うんやし、不死鳥なんちゃうか?」 「不死鳥って、具体的にはどんなだよ?」 「そこまでは知らんわ。火ィ吹いたりしたらカッコええやんなぁ」 「だってさ、あんなコト言ってるよ、アキラ」 「吹くワケねーじゃんか、なぁ深司」 突然割り込んできた声とくすくす笑う声に、一行が思わず身構える。 「アンタ達旅人かい? よっくこんなトコロまで来たよなー」 「寒い上に何もないトコロなのにさ、もしかしてヒマ人? あーでもヒマなんだったら俺と代わってくんないかな、飽きたし」 「…深司、お前な」 「冗談だよ。橘さんが戻って来るまではちゃんと居るって。 俺ってそんなに信用ない? 信用されてないのか、傷つくなー」 「誰もんなコト言ってねーって」 やたらぼそぼそと愚痴を零す黒髪を肩まで伸ばした少年と、茶色がかった 短い髪で前髪を伸ばし右目だけを隠した少年。 黒衣を纏った彼らは足音もさせずに跡部達の傍まで歩いてきた。 その存在に気付かなかったのは、彼らが気配すらも消してしまっていたからで、 それだけの力量があるのだと見て取ると、跡部と宍戸が警戒態勢を 解かないままで2人に視線を送った。 「……何だ、お前らは」 「イキナリ降って湧いて出てきやがって」 「アキラ、この人達礼儀なってないよね」 「だよなー……じゃ、ちょっと痛い目見せとく……か?」 言うよりも早く、片目の少年が跡部の懐へと飛び込んでくる。 反射的に跡部が剣を抜いたのは正解だ。 ギン!と金属のぶつかり合う音がして、片目の少年はへぇ、と興味深げに 目を細める。 いつの間にか黒衣の内側で鞘抜かれていた短剣を、寸でのところで 跡部が防いでいた。 「俺のリズムに追いつくなんて、やるじゃんか」 「礼儀がなってねぇのはお互いさまだろうが、アーン?」 「あーあ、言われちゃってるよアキラ」 「ってお前がけしかけたんだろーが深司ッ!!」 ぼそっと聞こえてきた声に片目の方が振り返って、そしてそのまま硬直した。 もう片割れの少年の傍に立つのは忍足で、その手には滝のものだろう ダガーが握られている。 そしてそれは、ピタリと少年の喉元に突きつけられていた。 「……おいおい、マジかよ深司?」 「だって全然動いた気配しなかったんだもん、もしかして俺が悪いの? そうだよねどうせ俺が全部悪いんだよ、分かってるけどね」 肩の辺りまで両手を上げてホールドアップを示した少年が深く吐息を 零しながらそうブツブツと呟いた。 片目の少年の方へと視線を送って、忍足がにこりと笑みを見せる。 「まぁ引きや、あんたも」 「う……」 「その剣、刺さっとらんで良かったなぁ」 「何それ…どういう意味……」 「それが跡部に刺さっとったら、今頃コイツの首もかっ捌かれとったしな」 という事は、自分が踏み出したその段階でこの眼鏡の男も動いていたという事か。 彼の動きが速いというよりは、己の行動を読まれていたという方が正しいらしい。 仕方なく少年は諦めたように跡部から間合いを取った。 「名前は?」 「……俺は神尾。神尾アキラ」 「あんたは?」 「伊武深司」 「此処で何しとんの?」 「………この神殿と不死鳥の卵の管理。 代理だけどね」 正直に伊武と名乗った方がそう答え、満足したように忍足は刃物を下げた。 「……俺のダガー、持ってかれたのすら気付かなかったや」 「なんていうのかなー、寒いと忍足くんって凶暴性が増すんだねぇ」 「せめて機嫌が悪くなるって言ってやれよ、千石…」 呆然と呟く滝と千石の傍で、剣の柄から手を離した宍戸が肩を竦めてみせた。 <NEXT> |