#45 忍足、預言者の日記を見つける。

 

死者の村、テドン。
この地に再び訪れることになるとは、正直思っていなかった。
今はまだ高い位置に太陽がいるので村の中には静寂が漂っている。
荒れ果てた村、時折見つける白骨化した誰かの身体。
やはり、何も変わらない。
「滅ぶ……って、こういうのなんだね……」
初めて来た千石は、あちこちを見回しては声を漏らしたりしている。
この場所に来た目的はひとつ、柳の言っていた宝珠を探すためだ。
まずは広場に向かう。
やはり誰も居ない静かな場所をぐるりと見回せば、東西南北に
通りが繋がっていた。
「北って言うてたっけ…?」
「北の通りを突き当りまでいって、右手だ」
跡部がそう告げ、吹き抜ける風の音しか聞こえない通りを真っ直ぐ北へ。
突き当たりには、屋敷と呼ぶにはやたら小ぶりな家が一軒。
木造のそれは手入れもされず、雨風に晒された結果なのだろうか
朽ち始めている。
村の惨状からしても、もうかなりの長い間を放置されていたのだろうと
思えた。
鉄柵の門を押し開くと錆び付いた軋みを上げたが、思った以上に簡単に
彼らを迎え入れる。
無造作に伸びた雑草たちが、昼間だというのに外界からの光を遮断し、
室内は薄暗く湿気を帯びた空気が漂っていた。
「わー…何か出そうだよねー…」
薄ら寒い笑いを浮かべながら千石がごくりと息を飲む。
以前にあった件で偶然にも事情を知っている跡部が、窺うようにちらりと
滝の方へと視線を送った。
元神官でありながらもこういった類を酷く恐れる彼にとって、これは
拷問に近いだろう。
現に若干だが青褪めた様子で、中に踏み込む事を躊躇っているようにも見える。
何か上手く理由をつけて置いて行こうかとも考えたが、こんな何も無い村では
そのための理由すら無く、一人置いていくのも不自然だ。
仕方ないかと諦めた風な吐息を零し、慰めるようにポンと滝の肩を叩く。
「さっさと済ませちまおうぜ。
 夜になったらもっと厄介になるかもしれねぇしな」
「せやな、見たところそう広いカンジもせぇへんし、
 手分けしたら早く済むやろ」
率先して2人が踏み込むと、あーやだやだと鳥肌の立った両腕を擦りながら
千石もついていく。
仕方ないと宍戸もそれに続こうとして、足を止めた。
「滝、行かねーの?」
「……行くよ」
こくりと首を傾げてくる宍戸へ向けて微笑むと、よし、と覚悟を決めて
滝もその一歩を踏み出すのだった。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







一通り、探せるところは探した。
応接間に始まり、キッチン、誰かの部屋だろう私室、客室、果ては風呂場や
トイレまで。
結局その何処にも宝珠の姿は無かった。
こうやって自分達のように立ち入る人間でもいたのだろうか、中は結構
荒らされている風に感じられたから、何となくそんな気もしていた。
「……ねーなぁ…」
「うーん、これだけ探して無いってコトは、誰かに盗まれてるって
 考えた方がいいのかなぁ……」
「ああ、確かにそういった可能性が無いわけじゃねぇが……って、
 おい忍足!
 お前さっきから何やってんだ?」
書斎らしき部屋で一行が集まり話し合っているその傍で、忍足は何やら
懸命に書棚を漁っている。
訝しげに声をかけた跡部に、忍足がああ、と声を漏らした。
「何か面白そうな本が仰山あるしな、何冊か貰って行こかなって」
「……お前、どこの賊だよ」
「ええやんか、柳だって必要なものは持っていけって言ってたやろ?」
「言ってたけどもよ…」
呆れた吐息を零しながら、とりあえず忍足は放っておこうと跡部が
他の仲間達の方へと向き直る。
他に探し漏れは無いだろうかとそれぞれの情報を出し合っている最中で、
再び忍足が声を上げた。
「うわッ!?」
ガタン、という音と共に上げられた叫びを聞いて、全員がその方へと
視線を送る。
「何やってんだ忍足………って、……何処行った?」
さっきまで確かに居た筈の忍足の姿が消えている。
もちろん部屋から出て行った形跡は感じられないし、それならすぐに
分かる筈だ。
不思議に思った滝が本棚の傍へ歩んで、ぽんと手を打って頷いた。
「隠し扉だ」
「扉?」
「うん、本棚の奥に仕掛けがあるよ。
 たぶん忍足はその奥だね。行ってみよう」
言って滝が棚の奥へと手を伸ばし仕掛けを弄ると、ぐるりと本棚が
大きく回転した。










中は、それまでの荒れた室内が嘘のように整えられた空間だった。
長年人が居なかったせいかうっすらと埃の塊が見受けられるものの、
綺麗に整頓されている。
そこにあったのは、机とベッド、そしてクローゼットに書棚。
まるで誰かの部屋のような作り。
そこに忍足は居た。
彼は机の傍で一冊の本を手に取りじっと目を通している。
もしやと思った滝があちこちを探り、あった、と宝珠を持ち出してきた。
クローゼットの奥にある、隠し扉になっている物入れの中に入れられていたらしい。
「てことは……此処が柳の部屋なのか……?」
「そうなんじゃないのかな」
「ちょっと待てよ、なんでわざわざ隠し部屋にする必要があるんだ?」
人々に崇められていたという割に、家は質素でおまけにこんな
人目を憚るような自室。
納得いかないと跡部が声を上げたが、それまで黙って机の傍に立ち
何かを読んでいた忍足がゆっくりと顔を上げた。
「……いや、間違いない。
 此処が柳の部屋みたいやで」
「忍足…」
「どうにも、預言者っちゅうモンは、人から崇められると同時に
 恐れられる対象やったみたいやな。
 人々は彼の言葉に耳を傾けつつも、相手を人とは思ってへん。
 せやし柳は必要以上に人と関わりを持つようなことはせんかったし、
 むしろこんな部屋まで使って、自分から周りを拒絶するように
 なったみたいや」
ぱたりと本を閉じて、そこにある空間をまるで寂しいものでも見るかのように
忍足は視線を送った。
一人ぼっちで、なるべく人を避けるように、そうやって柳は慎ましやかに
生きていた。
「それは?」
忍足の手にする本が気になったらしく跡部がそう問えば、大事に抱えるようにして
彼は穏やかに微笑む。
「柳の……日記や」
「日記?」
「柳のっていうより………預言者の日記、やな」
内容がプライベートを露呈していないという事と、あの柳の日記にしては
毎日つけられているものでないという事で、これは個人的な日常を
纏めているというよりは、神託が降りる度にそれを書きとめ、
そしてどういう意味を表すものであるのかということを、自分なりに
解析する為につけているもののようだった。
「真田の言ってた剣の話……跡部は覚えとるか?」
「ああ…ガイアの剣っていったか」
「それの事も書いてある。
 剣が発生したその原因も……そして、誰が手にするのかも」
それは自分達が生きる今よりずっと昔に魔王討伐に立ち上がった
人間の一人が持ち、だが。
「それも何ヶ月か後には……事情が変わりよった」
その人間が魔物の謀略により孤島の牢獄に幽閉され、そして命を落としている。
恐らく剣はまだ彼の遺体と共に、その牢獄にあるようだった。
「……そんな事まで分かっているのか?神託ってやつは……」
「まぁ、あんまり本人に向かっては言えへんけどやな、これは……確かに
 何の力も無い人間は引くわなぁ……」
「いい奴なのにね…、それってちょっと悲しいなぁ……」
「忍足、その日記の最後は何て書いてある?」
「うん?最後はな……」
恐らくそれは、真田が柳を連れて村を出る、その直前に書かれたものだろう。
ページを捲って最後に書かれたものを見つけると、その文字を辿って
忍足が静かに読み上げた。



『黒い星が明日、地上に墜ちる』



「……それだけか?」
「それだけや。
 意味も何も書いてない。
 これだけを書き残して、アイツと真田はこの村を捨てた。
 今から……30年前の話や」
「30年!?」
驚きに声を上げたのは、忍足以外の全員だった。
どう考えても、真田と柳は多少大人びては見えたが自分達とそう変わらなく
見えたのに。
「これは……30年前の日記帳や。
 どうしてなんかは……俺にもわからん」
「じゃあ、アイツらってもしかしてああ見えて2人とも50歳近かったとか
 そういう…」
「ありえへんやろ、宍戸」
「いや、それは思うけどよ、じゃあなんで……」
「……まぁ、この際あの2人が何歳だろうが興味ねぇよ」
忍足の手から日記を取り、パラパラと捲ってからそれをまた忍足の手へと戻す。
一冊の3分の2ほどで終わっているそれを、きっと彼は持ち出すつもりだろう。
「約束したからな、忍足」
「ああ、約束した以上は果たすで、跡部」
言葉を交わしてそう頷きあうと、持ち出すものを船へと運び出すべく跡部は指示を
飛ばした。










「どうしたのさ、宍戸?」
ぼんやりと柳の部屋を眺める宍戸へと、不思議に思ったのか滝が声をかけた。
不思議なことに、それまで雰囲気的に怖いと思っていた気分も、この部屋に
踏み込むと綺麗さっぱり消えてしまっていた。
何となく神がかり的な何かを感じると、滝は思う。
「いやぁ……なんていうかさ、ヘンだなぁって」
「何が?」
「だって、魔物の総攻撃を受けたんだろ?
 普通他の建物みたいに、せめてそこまではいかなくてもちょっとは
 ボロボロになっててもいい筈だろ?
 なのに何だってこんなに綺麗なんだろうなぁって、思ってよ」
実際部屋の中は、簡単に埃を掃除するだけでまた使えそうなぐらいに
整っている。
この場所に居ると、まるで滅んでしまった村にいるのだという事を
忘れてしまいそうだ。
宍戸と同じように部屋を見回していた滝が、そうか、と手を打った。
「何となく分かっちゃった。
 ほら宍戸、行こう」
「いやいやいやお前が分かってどうすんだよ」
「だからさ、柳って神託を受ける事ができる預言者でしょ?」
預言者とは神の言葉を聞くことのできる、神に愛されし存在。
だから。



「神のご加護があったんだろ」



宍戸の腕を引っ張って隣の部屋に戻ると、滝は丁寧に本棚に模した扉を閉めた。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







船に戻ると日が沈む前に、一行はテドンを離れた。
さて、これから何処へ向かうか。
「何か使えそうな情報って無ぇのかよ?」
「うーん…」
船に戻ってから改めてじっくり日記に目を通していた忍足が、跡部の言葉に
考え込むような素振りを見せた。
「なぁ、跡部」
「なんだよ」
「牢獄か神殿か、どっちに行きたい?」
「どっちって……」
字面だけを考えれば、どう考えても神殿だ。
だが恐らく忍足の指す牢獄とは、ガイアの剣の在処。
では神殿とは、一体何だろうか。
「神殿には何があるんだ?」
「……うーん……」
そこでまた考え込む忍足が分からない。
辛抱強く相手の返答を待っていると、漸く忍足が口を開いた。
「跡部な、このオーブって集めるとどうなるんか、とか、どうやって
 使うんか、とか……気になった事ある?」
「そりゃあ、あるだろ」
「せやんなぁ………普通は気になるやんなぁ………」
「ハッキリ言えよ、お前」
「よし、しゃあない!神殿の方に先行ってみよか。
 不死鳥の神殿やって。
 何があるんかは分からへんけど、オーブについてもうちょっと詳しく
 知ることができそうや」
「へぇ……これの、ねぇ……」
柳の部屋から手に入れたオーブを見遣りながら、跡部がふーん、と
声を漏らす。
その隣で忍足が、「滝ちゃん、進路北にとってや」と声を上げていた。








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