#44 一行、合流する。
宍戸達を乗せた船がルザミに辿り着いたのは夕刻頃の事。 跡部は遅いと不満を漏らしていたが、忍足としては思ったよりも早い 到着だったなと、そんな風に感じていた。 お互い無事での再会を喜び合い、もうすぐ日も沈むからと柳の言葉に一行は ルザミでもう一泊する事にした。 此処で知った忍足の過去については、彼自身の希望もあって仲間には 秘密にしておくことにした。 彼曰く、知らなくてもできる旅だから、という事らしい。 夜半過ぎ、いつも乾が居る屋根裏へと顔を覗かせたのは忍足だった。 どちらかといえば遅くまで起きている乾がこの時刻に活動している事自体 そう珍しい話ではないのだが、そこに柳でも真田でも無い人物が現われたことは 予想外だったようで、驚いた顔をしつつも忍足を部屋へと迎え入れた。 「どうしたんだ忍足、こんな時間に」 「やー、なんか寝付けへんでな」 「仲間は?」 「宍戸らは俺らと別れた後あんまり休んでへんかったみたいでな、ベッドに 入った途端に爆睡や」 「跡部は?」 「アイツも寝よったわ、騒ぎ疲れとちゃうか?」 「ははは、それで忍足は?」 「話に少し付き合うてもらわれへんかなと思うてな」 片手に持った、さっきまで飲んでいた酒の残りが入っている瓶を軽く振って そう告げると忍足はにこりと笑んでみせた。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 忍足達のように実際表立って戦う兵士とは違い、乾は中に篭って開発を進める 言わば頭脳労働担当である。 その2人にどのような接点があって友人関係を築けたのかと言えば、 共通の友人が居る、といった、つまりはそういった関係なのである。 魔法と剣で部類は違えど同じチームに居た忍足の友人は、乾の 幼馴染でもあった。 その友人の名を、手塚国光という。 最初は手塚と乾または忍足の2人セットで見かけたそれは、いつの頃からか 3人で居る事が多くなった。 そして乾個人ともそれなりに親しくなってきた頃、忍足が知ることになったのは 意外なようでいて、考えてみればそうだったのかもと納得できなくもない事実。 つまり、手塚と乾は幼馴染であり友人であり、それ以上の仲でもあったのだと。 「お前が国を追われるっていう時に、あのアホ塚は何しとったんや」 「止めようとはしてくれていたみたいなんだけどね、手塚だけじゃなくて、 俺と親しくしてくれた皆は、さ」 「せやけど…」 「ま、大人の世界に子供の意見は通用しなかったってコトだろう」 「横暴やな」 「全くだ。 ……だけど、此処で蓮二と真田に出会って、話を聞いてくれて 受け入れてくれて……救われた気がする」 「………。」 「やっぱり……拒絶されるのって、辛いんだよ」 口内を湿らせる程度に酒を含みながら、乾が呟くようにそう告げて 苦笑を見せる。 実際にその場に居なかった自分には何も言う事ができないけれど、 それでも残された相手を思う事はできる。 「なぁ……乾、俺らと一緒に行かへんか? もしかしたら……帰れるかもしれへんで?」 違う大地にいる以上、後を追いかけることはできないだろう。 此処に居ることを知らない手塚は、もしかしたらあのアレフガルドの地で 乾を捜し続けているかもしれない。 そうでなくても、乾が戻ってくるのを待っているに違い無い。 「跡部には俺から言うたるさかいにな、一緒に帰ろうや」 「気持ちは……嬉しいけど……」 忍足の言葉に少し考えるようにしていた乾は、だが静かに首を横へと振った。 「……なんで、」 「帰りついたところで、俺の罪人のレッテルは剥がれないよ」 「せやけど!それは言いがかりなんやろ!?」 「けれどもそれを証明する術も無い」 「……ッ、」 「やっと……手塚の居ない生活にも慣れてきたところなんだ」 ごめん、と小さく告げられた言葉に、思い切りしかめっ面を見せた忍足が 「呆れた」と呟きながらガリガリ頭を掻いた。 手塚もそうだったが、乾も相当に不器用だ。 きっと、それで良いのか?と訊ねたところで、仕方が無いという返事しか 戻ってこないだろう。 グラスに注がれていた酒を一気に煽って、忍足がこれで話は終いだと 立ち上がった。 「……いつか俺が故郷に帰って手塚に会うたら……何て言っといたらええ?」 「元気で、って伝えてくれ」 返ってきた答えに大仰なため息を吐くと、おやすみ、と声をかけて忍足は 屋根裏から出て行った。 一人になって、小窓から夜空を見上げる。 ここに広がる満天の星空は、故郷ではもう久しく見られていない。 星も、月さえも出ないのだ。 「どうしているんだろうな、手塚は…」 忘れた事など一度も無い。 こうやって普通に生活していて、いつも思い出すのは故郷に仲間に大事な人だ。 だから手塚の事も、ふいに何気なく思い出されるのだ。 会いたいかと言われれば、迷わず首を縦に振るだろう。 けれどもそれは叶わない。 罪人の自分が故郷に戻ったって、また追われるに決まっている。 あんな思いをするのは、そして手塚にさせてしまうのは、一度で充分だ。 もう、会う事は無いだろう。 「………さよならも、言えなかったっけ………」 それだけが、心残りではあるのだけれど。 「……なんだ忍足、何処に行ってたんだ?」 「ちょっとな」 部屋に戻ればいつの間に目を覚ましていたのか跡部が起きていた。 聞けば単に目が覚めてしまっただけで、もう一度寝直すと言う。 「お前は寝ないのか?」 「んー、もうちょっと起きとる。 気にせんと寝とってや」 大きな欠伸を漏らす跡部を見止めて忍足がそう言えば、それじゃあ遠慮なくと 跡部はまたベッドに潜り込んだ。 「明日は早目に発つからな、お前もさっさと寝ろよ」 「はいはい」 テーブル脇に腰掛けそう答えれば、意外と早く跡部の寝息が聞こえてきた。 やれやれと肩を竦めて、ぼんやりと忍足は窓から星空を見上げる。 今夜はどうやら眠れそうに無い。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 翌朝、大急ぎで出発の準備が整えられた。 千石が近くの商店で必要な物資を調達している間に、滝が海賊のアジトで 手に入れた戦利品を跡部と忍足に見せると、やはり気がついたのか2つ目の 宝珠に視線が止まった。 「これ……オーブ?」 「だと思うよ。 その後船にあったオーブと比べてみたけど、そっくりだしね」 忍足が手に持っている宝珠を同じようにまじまじと眺めながら、何気なく 柳がぽつりと口を開いた。 「それと似たような物を……俺も持っていたような気がするが……」 「えッ!?嘘、ほんとに!?」 「だったような……なぁ、弦一郎」 「そこでどうして俺に訊くのだ蓮二……だが確かに、俺も見せて貰った 覚えはあるな」 「何処にしまっただろうか」 「そこまで俺に振るな」 呆れた吐息と共に返された言葉に、柳が腕を組んで悩み始めた。 どうやら思い出そうとしてくれているようだ。 「おう、お前ら船の点検済んだぜ!!」 「こっちも、食料とかの補給もバッチリ!!」 そうこうしている間に準備が済んだらしく、宍戸と千石も戻って来る。 「だってさ、いつでも出航OKだよ」 「そうか……それじゃボチボチ行くとするか」 「ああ、そうだ跡部」 「あん?」 呼び止められ顔を上げれば、まだ記憶が定かでは無いのか柳は曖昧な表情を したままでこくりと首を傾げた。 「テドンの中心にある広場に、井戸はあったか?」 「井戸……?ああ、そういえばあったような気がするな」 「そこから北に伸びる道を突き当りまで行って右に折れると、 俺の住んでいた家がある」 「…?」 「あるとすれば多分家の中のどこかだ。 今となっては、まだそこにあるかどうかも怪しいところではあるが…、 まぁ、必要な物ならば探してみる価値はあるかもしれない」 「そうか」 「見つかったら持って行くと良い。 オーブだけじゃなくて、必要なものがあれば好きにしてくれ」 「ああ……何かと世話になったな、ありがとよ」 素直に礼を述べて握手を交わし、跡部は颯爽と仲間の乗る船へと戻って行く。 それを目で見送って、まだ何か言いたそうにしている忍足へと苦笑を見せたのは 乾だった。 「ほら忍足、早く行かないと置いて行かれるぞ」 「乾…」 「いつか皆に会えたら、ちゃんと生きていたと伝えておいてくれ」 「ほんっま、お前は……」 がくりと肩を落として吐息を漏らすと、諦めたか忍足は船へと乗り込んだ。 甲板に出て見送る3人を見下ろして。 「柳、真田、すまんけどもう暫くこのアホの面倒見たってな!」 アホってなんだアホって!という乾の抗議に対して、忍足が思い切り舌を出す。 「跡部、次の行き先は?」 「とりあえずテドン方面だな、オーブを確認してぇ。 途中で何か見つけたら寄り道しつつ、ってトコロで」 「オッケー」 コンパスで方角を確認して滝が宍戸に手で合図をすると、もう慣れた行動なのか 錨を上げるレバーを回した。 「出航だ!」 高らかに上がった跡部の声に導かれるように、船はゆっくりと前へと進む。 遠ざかっていくのを静かに見送りながら、柳がぽつりと口を開いた。 「昨晩、彼らの行く末を占ってみた」 「………それで?」 「彼らが最後に辿り着くものは………悲しい別れだ」 「別れ…」 預言者でもあり占い師でもある柳は時折こうやって先を見る事がある。 勝手に降りてくる神託とは全く異なり、占いは自発的に行われるものだが、 それでも外れないという事実に偽りは無い。 怖いぐらいに当たるのだ、柳の言葉は。 それを知っているからこそ、真田はそれに対して否定の言葉を発する事は無かった。 真田自身にとって神託や占いというものは興味の対象ではない。 それがどちらにせよ、柳の言葉は真実を語り、真実を知らせる。 柳の言葉だから信用できる、そういった位置付けだ。 だから誰もが柳の言葉を否定した中で、最後まで彼自身を信じることが できたのだろう。 「それで?奴らはどうなってしまう?」 「さぁ、そこまでは」 「おいおい…」 軽く肩を竦めて返された返事に思わず呆れた声音が漏れる。 柳にとって全てが興味の対象であるからこそ、全てに無頓着でいられる。 だから彼らの行く末だって、柳の興味の対象でありながらも結末は どうでも良いと思える。 それが柳蓮二という人間の性格なのだと、長い付き合いで真田は理解していた。 それでも、自分は故郷の連中より柳蓮二という一人の人間を選んだのだ。 「弦一郎、未来は変わるものなんだ」 「蓮二…?」 「今の占いではそんな結果だったが、一ヵ月後に同じ占いをすれば もしかしたら全く違う結果が出るかもしれない、そんなものだ。 神託と占いは、それだけ別物なんだよ」 「………ああ、それは分かる」 「だから心配はいらない、弦一郎。 どんな苦難にあっても、彼らなら最善の答えを出せるだろう。 俺達はそれを見守っていれば良いんだ」 そう告げて、柳の表情に浮かんだのは静かな笑み。 だから大丈夫なんだと、なんとなくそんな気にさせられて、次に零れた 真田の吐息は安堵に包まれたものだった。 <NEXT> |