#43 宍戸、海賊の女首領と対峙する。
宍戸・滝・千石の3人を乗せた船は、どうにかこうにか嵐を乗り切り 明かりの見える岬へと緊急に停泊した。 錨を下ろし普段よりも厳重に船を繋ぎ止めると、地に足をつけた事で 気持ちが落ち着いたか、3人の表情にも若干の安堵が表れていた。 「さて、と。 これからどうしようか」 「跡部と忍足を捜しに行きたいのは山々だけどな」 「こう暗くっちゃまともに見えやしないよ。 時間のロスは痛いけど、朝が来るまで待った方が賢明だと思うよ?」 「俺も同感」 「だな。 じゃあ……あっち、行ってみねぇ?」 キョロキョロと辺りを見回した後、宍戸は明かりの見えた方を指差した。 そこにはきっと人がいる筈、もしかしたら一晩の寝床ぐらいは 貸してもらえるかもしれない。 「そこにいるのが良い人だとイイけどね」 「さらっと怖い事言わないでよ、滝ちゃん…」 歩き出す宍戸に大人しくついて歩きながらもそう零す滝に、千石が 苦い笑みを零したのだった。 崩れた塀の隙間から、ひょいと覗かせる3つの顔。 その向こうはかなりの人数の人間達が、どうやら酒盛りでもしているらしく 賑やかな談笑が響き渡っていた。 時折近くを通り過ぎていく男は皆荒波を乗り越えてきたような面構えで、 腰には剣をぶら下げている。 「……どう思うよ?」 「海賊かな」 「ほんっと、イイ勘してるよね、宍戸く〜ん」 「ちょ、何だよ千石、その目は!」 「一晩の寝床、貸してくれるような人達?」 「う……」 千石の言葉に暫し詰まって宍戸が呻くその横で、滝がやんわりと 千石の肩を叩いた。 「それは、訊いてみないと分からないよ」 「げ、乗り込むつもりなの?」 「うん、宍戸が頑張ってくれるって」 「そこでまた俺に振るだろ…」 「言い出しっぺは宍戸じゃないか。 ほらほら、どうする?」 「………わーったよ! 行きゃイイんだろ、行きゃあよ!」 半ば自棄になったようにそう言い置いて、宍戸は立ち上がった。 こうなったら正面から堂々と入るしかない。 塀沿いに歩くとじきに開けた場所へと出て、そこから入り口が見えた。 割と大きめな建物、そこかしこを飲み過ぎて我を無くした男達が歩いていた。 「ガラ悪…」 「賊だもん、仕方ないよね。 ああ…そういえば全然賊に見えない奴らも居たけど」 眉を顰めて言う千石へと滝が答えて苦笑する。 連鎖的に思い出してしまった、あいつらは元気でやっているのだろうか。 安否を気遣ってしまうあたりが憎めてない証拠だな、とその思考がより 滝の笑いを誘ってしまったのだが。 真っ直ぐ奥へと進めば、人事不祥に陥ってしまった男達が何人も 床に転がっている。 この様子では、どうやら一仕事終えて戻って来た直後のようだ。 「おい、大将は何処だ?」 手近に転がっている男の胸倉を掴み上げて宍戸が問えば、酔いの回っている男は 力無く一番奥のドアを指差した。 此処に留まるなら、この海賊達を纏め上げているリーダーに話をつけるというのが 筋だろう。 返事を得たのでもう用無しだと男をもう一度床へ転がして、宍戸は真っ直ぐ 一番奥へと向かって行った。 「此処に、大将は居るか?」 「……なんだい、アンタ?」 軽くノックをした後にドアを開けて顔を覗かせると、数人の男とその真ん中に 座っているのは一人の女だった。 此処で女性が出てくるのも驚きだが、もうひとつ宍戸を驚かせたのは、 その女性から滲み出る闘志に近い殺気だった。 間違いない、彼女がこの賊を纏めている大将だ。 「………こりゃ、驚いたな」 「は?」 「まさか、アンタが大将なのかよ?」 「女のアタシが頭やってるのは、オカシイかい?」 「……まぁ、あんまり聞く話じゃねぇよな」 肩を竦めて本心を述べれば、やや面食らったような表情をしたものの、直後に 彼女は肩を震わせるようにして笑い出した。 「ははは!随分正直なクチを利くじゃないか、気に入ったよ。 アンタ名前は?」 「宍戸だ。宍戸亮」 「そうかい、まぁ何だっていいや。 今日はなかなかの収穫でね、あたしゃ機嫌がイイんだよ。 まぁあんたもこっち来て飲みな!」 言うなり宍戸の腕を掴んで半ば無理矢理隣に座らせると、彼女は有無を言わさず 傍にあったグラスを宍戸へと突きつける。 これはもはや逃れられそうにないと判断した宍戸がため息を零しつつそのグラスを 受け取り、事の成り行きを見守っている滝と千石に向かって軽く目配せをした。 ちゃんと許可を取ってはいないが、どうやら居座っても構わないらしい。 カラまれている宍戸はともかく自分達はどうしたものかと千石が頭を悩ませていると、 隣に立っていた滝がぐいと腕を掴んで引っ張ってきた。 「ちょ、ちょっと滝ちゃん、ドコ行くのさ?」 「宍戸は放っといてイイから、ちょっと俺に付き合ってよ」 「だから、ドコへ…」 困り果てた風に千石が尋ねると、廊下を突き進んでいた滝がぴたりと足を止めて、 ずいと顔を寄せて囁いた。 「イイところ、だよ」 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 千石を連れた滝が、時折あちこちを確認しながら歩いていく。 それはぐるりとアジトの裏側まで回り込み、辿り着いた先は全くの裏側。 このアジトに裏口はないらしく、此処まで来ればさすがに人の気配は感じない。 「うーん、この辺りだ、と………あった!」 がさがさと茂みを掻き分けると、そこに現われたのは隠し階段だった。 賊の常套手段である。 宝を蓄える部屋を持ちつつも、本当に重要な品物は頭と幹部しか知らないような 場所にこっそりと隠しておくのだ。 「さて、では此処のお宝を物色といこうか?」 「わぁ……滝ちゃんってワル〜」 「何言ってんのさ、どっちみちココにあるものは全部力で奪われたモノなんだから。 罰当たるワケじゃないんだし」 「それでどうして俺まで連れて来たのさ?」 「さすがに全部持って行くとバレやすいし、価値のあるものを少しだけ頂くのが コツってモンだよ。 此処で重要なのが、鑑定眼ってヤツなんだよ、商人の卵の千石くん?」 「あー……それでか……」 「ほらほら、酔っ払いどもで溢れてる間に頂くモノ頂いちゃうよ」 「しょうがないなぁ」 軽快な足取りで階段を下りていく滝の後を、念の為周囲に人の気配が無いか 確認してから、千石もゆっくりとついて行ったのだった。 「どう?」 「うーん……どれもどっこいどっこいってカンジ…かなぁ。 あ、でもコレは結構高値でさばけそうだよ?」 「それじゃ、ソレも頂いて行こっか。 アレはどうなのさ?」 「あー……アレはねぇー…」 その隠し倉庫は然程広くないとはいえ、千石が目移りしそうな価値ある物ばかりが 揃っていた。 貰っていくものを物色しながら、ぽつりと千石が何気なく呟く。 「宍戸くん、大丈夫かなぁ」 「いいよ、放っときなよ」 「………ん?」 「全く、バカだよねアイツ。 強く言われたら断れないんだからさ」 「まぁ……確かにそんな性格だよね、宍戸くんは。 この旅に出るのだって、跡部くんに引き摺られてったカンジだもんね」 「……ほんと、そんなだから目が離せないんだよ」 傍にあった木箱の蓋を持ち上げながら滝がため息混じりにそう零し、 中に入っていたものに視線をやって、あれ、と声を上げた。 淡く赤い光を放つ丸い宝石だが、形が自分達が持っている宝珠にとても よく似ている。 もしかしてこれが2つめなのだろうか。 頂いていくか、と滝がその宝珠を掴み顔を上げたところで、やたらニマニマした 笑みを浮かべた千石と目が合った。 「………何さ?」 あまり良い予感がせずに体を引きながら問う滝に、千石が。 「滝ちゃんってさ、あんまり素直なタイプじゃないよね」 素直に言ってあげれば宍戸くんならきっと泣いて喜ぶのに。 そう言いたかった千石の言葉は半分も言い終わらない内に顔面に飛んできた 宝珠によって完全に潰された。 「何バカなこと言ってんのさ、バカ!」 さっさと拝借したお宝をひとつに纏め千石に持てと押し付けると、これ以上 用は無いとばかりに滝は階段を上っていった。 その顔が僅かに赤らんでいた事など、撃沈した千石が知るはずも無い。 とりあえず頂いた宝を船まで運んでおくかと入り口の方へと向かうと、 その途中で声がかかった。 「やっと見つけたぜ、てめーら!!」 「あ、宍戸くん」 「何してんのさ、宍戸」 「何してんのさじゃねーだろが!! 散々捜させやがって!!」 向こうの方からやや不機嫌そうな顔で走ってきた宍戸に見えるように、 滝は千石の持っている袋を指で示した。 「仕事、してたんだ」 「お前……またかよ」 「跡部だって言ってたじゃないか、先立つものが必要になるってさ。 軍資金は多すぎて困ることはないだろ?」 「そりゃそうだけど…」 「そういえばさ、お頭さんはどうしたんだい?」 ひょいと滝の後ろから顔を覗かせて千石が問うと、ああ、と声を漏らした宍戸は ばつが悪そうに視線を逸らす。 「すっげぇ絡み酒でよ、悪いとは思ったけど、潰してきた」 「え、ちょ、ちょっと宍戸くん、いくらタチが悪いからって女の人に暴力は…!!」 「バカ、違ぇよ!! 飲み比べの一騎打ちを申し込んできて、それで」 「勝ったんだ…」 ヒュウ、口笛を吹いて千石が感嘆を表し、やるねーと滝が口元を笑みの形に歪ませた。 「それで何とかあの部屋から抜け出してきたはイイけどよ、 お前らドコ捜してもいねーしよ、ちょっと焦ったぜ」 「ま、何にせよ泥棒しちゃうワケだから、此処に長居はしない方がいいね。 早く船に戻って出ちゃおうか」 「まったく…なーにが一晩の寝床だか、お前らがンなコトしてたんじゃ 居るに居れねーだろが」 「「 あははははは。 」」 「笑うなーー!!」 二人揃って笑い声を上げる滝と千石に叱咤の声を飛ばして、宍戸は仕方ないかと 肩を竦めたのだった。 どのみち、自分達はそれぞれやりたいようにやるだけなのだ。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 急いで船に戻り、荷物を船室に放り込むと帆を張り錨を上げた。 ゆっくりと離れていく景色を見ながら、宍戸が甲板でぐったりと手摺に凭れかかる。 「宍戸くん、お疲れ?」 「そりゃ疲れもするだろ……俺ら何しに行ったんだよ全く……」 「ま、イイじゃないの。 収穫はそれなりにあったし、君達の探してる宝珠だっけ?それも手に入ったし。 嵐も遠くに行っちゃったみたいだから、ね」 「まだ跡部と忍足を捜さなきゃなんねーんだろが」 「それはそうだけど…でもほら見なよ、空が白んできたよ。 じきに夜も明けるからさ」 疲れきった宍戸の言葉に苦笑を隠せず千石が笑む。 その時だった。 遠く離れた南の空がまるで稲光が走ったかのように明るく光り、そしてやや遅れて 打ち上げ花火でもしたかのような音が響いたのだ。 「……なに、今の?」 「さぁ……」 思わずその方向を見遣りながら、千石と宍戸が言葉を交わす。 こんな時間に花火だろうか、だが聞こえたのはあの一発のみで、今はまたさっきまでの 静寂が広がっている。 「おい滝、今のって何だと思うよ?」 「なんだろ……花火っていうより、魔法みたいなカンジがする」 首を捻って宍戸が舵を握っている滝へと問い掛けると、首を傾げつつ滝がそう答える。 何故だか、魔法という単語で連想されるのが忍足でしかなくて、だからこそ無性に 今光の放たれた場所へと向かわなければならないような気にさせられた。 「滝!さっき光った場所、行ってみようぜ!!」 「そうこなくっちゃ」 宍戸の言葉に大きく頷くと、滝は船を南へと向けたのだった。 「あのさ、滝ちゃん」 「何、千石?」 静かに歩み寄った千石が滝の耳元へと唇を寄せて、内緒話でもするかのように。 「さっきの地下室での話さ、宍戸くんにしても良い?」 「……殺すよ?」 <NEXT> |