#42 跡部、志を受け継ぐ。

 

剣の打ち合う音が聞こえる。
まだ朝も早い時間、また跡部と宍戸が手合わせでもしているのだろうか。
ごろりとベッドの中で寝返りを打ちながらそんな風に考えて、忍足が
ぱちりと目を開いた。
「せや……宍戸はおらんのやった……」
では、一体誰が?
身体を起こして隣のベッドを見遣ると、そこに跡部の姿は無い。
という事は一人は間違いなく彼だ。
そう確信すると、忍足は滑るようにベッドを抜け出して廊下へと出た。








家の裏で、跡部と剣を交えていたのは真田である。
やはり朝からこの鉄のぶつかりあう音は耳障りなようで、壁を背に座り込んだ
柳と乾が半分うんざりしたようにその手合わせを眺めていた。
「なんや、柳も乾も、起きとったんか」
「眠れるわけが無いだろう」
「その通りだ」
ふぅと物憂げな吐息と共に吐き出された柳の嘆きに、乾も頷いて同意を示す。
忍足はどちらかといえば聞きなれてしまった方なので、別段どうと感じることも
無いのだが。
跡部と真田の打ち合いをみているとほぼ互角か、若干真田の方が上のように
見える。
「もう15分は経つだろうな。
 まったく勝負がつかないのだ」
「見てるこっちが飽きてきたよ…」
「あはは」
2人の隣に忍足も腰を下ろし、その様子を眺める。
戦いでない単なる剣での打ち合いに、心なしか跡部も楽しんでいるように
見えなくも無い。
宍戸とは型も癖も違うので、勝手が違うというのもあるのだろう。
「そういえば……なんで柳と真田はこの島に来たん?」
「それは…、」
何事かを思案するように瞳を閉じた柳が、忍足の問いに答えようとして
小さく唸った。
「……実は、あまりよく思い出せないんだ」
「なんやそれ」
「どうして此処へ来ることになったのか、どうやって此処まで来たのか。
 覚えが無いというのも…おかしな話なんだが」
ぼんやりと視線を上へ向けて、柳が首を捻る。
彷徨う視線を見ていると、どうやら覚えが無いのは本当のようだ。
「ほな、柳の故郷って何処なん?」
「………テドンだ」
「テドン?」
いつだったかに立ち寄った事のある村。
夜は何処にも行けない魂達が彷徨い、そして朝には静けさを纏う村。
あの、滅んでしまった場所が。
「知っているのか?忍足」
「あ、ああ……前にな、寄った事があんねん。
 でもあそこは……」



「あんな場所にもう用など無い」



凛とした声が響いて、思わず忍足が口を噤んだ。
いつの間に止めたのだろうか、剣を手に険しい表情で立っているのは真田。
もしかして触れてはいけない部分だったのだろうか、この時になって
忍足は己の迂闊な行動を後悔した。
「あの村は蓮二を見捨てたのだ。
 だからあの村が今どうなっていようと、我々の知った事ではない」
「……ワケありみてぇだな」
剣を鞘に収めながらも、気になるようで跡部も口を挟んでくる。
だがそれに真田は軽く鼻を鳴らしただけで、何か忌々しいものでも
思い出すかのように、苦い口調で話し出した。










柳蓮二の預言者としての能力は生まれついたものである。
幼い頃から神託を授かる者として、村人達に崇拝にも似た眼差しを受けながらも、
幼少は他の子供達と混じって育っていた。
真田弦一郎とはその頃からの付き合いで、彼もまた、柳の能力を高く評価し
崇拝する者の一人だった。
崇拝という言葉は少し違うかもしれない。
どちらかといえば、信頼に近い感情だ。
柳の神託は真実を告げ、未来を知らせる。
そしてそれは決して外れる事が無い。
生まれついて特殊な能力を持っている柳は、かなり早い段階で世渡りの方法まで
身につけていた。
人間というものは、良い事は素直に受け入れ悪い事は頑なに拒絶する。
そういうものであるのだと、そんな愚かなものなのだと知っていたから、
柳は意図的に悪い事は告げないようにしていたのだ。





だがある時、その神託は突如降りて来た。
魔の出現と狙われるであろう場所。
それはまさしく今居るテドンであり、その原因は魔の出現地域から一番
近いところだからという理由までご丁寧についてきた。
流石にこのままではまずいと判断した柳は、その神託を村人に告げた。
少なくとも戦える人間がこの場所には居ない。
逃げるしか方法が無い彼らに、一刻も早く真実を告げなければと、そう考えた末の
柳の言葉は。










「……幾度説明したところで、信じるものなど誰も居なかった。
 確かにそれも仕方の無い事かもしれん。
 今の今まで呑気に平和に暮らしていたのだからな。
 それも魔物が現われ始めていたならまだしも、そんな前兆すら
 無かったのだから……そういう意味では納得できない事もない」
魔物が現われてから説得したのでは遅すぎる。
そう言い張った柳は幾度も逃げろと訴え続けた。
それでも村人の態度は変わらず、そして次第に柳の預言者としての能力すら
疑い出す者まで現われたのだ。
「信じられないと言うだけならまだ良い。
 その内、本当にそれは正しいのか、と疑う奴が出てきて、挙句の果てには
 蓮二を嘘吐き呼ばわりだ、あれには言葉も出なかったな。
 だから……せめて蓮二だけは死なせるまいと、俺は蓮二を連れて
 村を出たのだ」
見放した、とでも言えば良いか。
そう言いながら真田が自嘲じみた笑みを零した。
蓮二は瞳を閉ざしたまま、何も答えない。
だが、それは逆に己を落ち着かせようとしている風にも見えた。
ふと地面に視線を落としたままの乾が、ぽつりと口を開く。
「なんだ……蓮二も似たような境遇だったんだな……」
「んだよ、犯罪者じゃなくて冤罪者の溜まり場なのかよ、此処は…」
吐き捨てるように呟く跡部の声に、忍足が顔を上げた。
「あかん、さっさと倒そ、跡部」
「アーン?」
「俺の故郷なんか後回しでええ、まずは魔王をやっつけに行こうや」
「忍足……」
「もう我慢ならん。
 なんでコイツらがこんな目に合わなならんねん。
 頭にきたで、俺は」
「お、おい、分かったから落ち着けよ」
「宍戸らも何モタモタしとんやろな。
 俺らの居場所分かるように、打ち上げ花火でも出したろか」
珍しく怒った声を露にしながら、忍足は立ち上がると家の裏手から間近に
見えている砂浜へと足を運んだ。
何となくついて行かねばならないような気がして、跡部がその後を呆れ果てた
吐息を零しながらゆっくりと歩いていく。
遠く続いていく水平線に視線を送ると、忍足は己の懐を探っていつかに跡部から
貰った指輪を手にした。
「前にお前からもろたコレな、跡部。
 祈りの指輪っていうて、お前は知っとんのかは分からへんねんけど
 魔法を扱う者の精神的な疲れを癒すっていうのが主だった効果や」
「……そうなのかよ、知らなかったぜ」
「せやけどそれは、魔法を使った後の話でな。
 逆に魔法を使う前にこれを指に嵌めると、一時的にやけど神経が極限まで
 研ぎ澄まされて、物凄い集中力と精神力が得られるんや」
言いながら忍足が薬指へとその指輪を滑らせる。
確かめるように手を持ち上げ魔力の篭った石を見遣ると、ぐっと拳を握り締めた。
「よう見とき、特大の打ち上げ花火や!」
印を結びながら、忍足が目を閉じて呪文を詠唱する。
魔法石によって研ぎ澄まされた神経を、更に研ぐ。
必要なのは集中力より精神力。
あの重さと爆発的な魔力の放出を表すには、まだ若干己の力量が足りていない。
その足りていない部分に、指輪の力を借りるのだ。
ベクトルは内から外、内になるべく沢山の魔力を篭め凝縮に凝縮を重ね、
外に動こうとする力を抑えながら、更に魔力を注ぎ込む。
コツやテクニックなんて言葉では到底成し得ないであろうその現象を、
後ろで見守りながら跡部が言葉を零した。
「すげぇ…」
認めるのも癪な話だが、自分では到底不可能だろう。
恐らく外に流れる力を抑えきる事ができず、早い段階で暴発してしまうのがオチだ。
やはり相当辛いのだろう、玉のように浮かぶ汗を拭う事もできないまま、
術を完成させた忍足が瞼を開けて高い空を見上げた。
「みんな、気ィ付いてや…!」
印を結んでいた両手を、何も無い大空へと向かって突き出す。
瞬間的に、篭められた魔力が内から外へと動き出して。



耳をもつんざく大音量の爆発。



そして太陽の昇り出した空を、稲光のように閃光が走り視界を焼く。
思わず耳を塞いでしまった跡部が、それでもその大規模な爆発を
見逃さなかった。
また新しい魔法だ。
あれを敵に向かって放ったら、一体どうなるのだろうか。
想像してぞくりとその背を冷たいものが走った。
「ふぅっ、スッキリした」
流れる汗を服の袖で拭いながら、妙に晴れ晴れとした表情で忍足が笑う。
今の魔法を、仲間達が捉えてくれたなら良い。
「……やるじゃねぇのよ」
「せやろ?」
「今の魔法は何なんだ?」
「あれは…、」
「イオ系の魔法だな」
忍足が答えるよりも早く、背後で静かな声がかかった。
振り返ればいつの間に来ていたのか、柳達が立っている。
「知っとんの?柳」
「イオという、魔力を凝縮させて爆発させるという魔法だろう?
 だが、今ほどのレベルの魔法は正直お目にかかった事が無い。
 見事だ、忍足」
「ちょっと魔法石の力借りたし反則技なんやけどな」
「俺も驚いたよ………強くなったな、忍足」
表情を綻ばせて言う乾に、忍足の口元にも笑みが浮かぶ。
できれば今の魔法を見て仲間達がこの島の存在に気付いてくれれば
良いのだけれど。



「大地より生まれし剣。
 それは大地に最も愛されし一振り。
 そして大地を最も愛する一振り。
 剣は大地を侵食する魔を決して赦さない。
 大地より生まれし剣は、その誇りをもって立ち向かう。
 剣をその手に抱く者の導となり、その身を持って示すだろう」



神託だ。
それでも曖昧な言葉に跡部と忍足は顔を見合わせる。
言葉の示す意味を捉え兼ねていると、真田がゆっくりと口を開いた。
「ガイアの剣、というものがこの世界の何処かに存在するという。
 それをまずは手に入れろ」
「ガイアの剣…?」
「出自は全く不明なのだが、この大地の加護を授かりし剣だと、そんな話を
 聞いたことがある。
 恐らく蓮二が示しているのはそれの事だろうな」
「それがあれば…」
魔王の元へ行けると言うのだろうか。
だが柳の言葉はそこまではっきりとは言い切っていない。
その剣が何か関係していることまでは分かるのだけれど。
「蓮二の神託は決して外れる事は無い。
 何があってもそれだけは絶対だ、忘れるな」
「真田…」
「俺も、もしあの時村の連中が蓮二の神託を受け入れてくれていれば、
 迷うこと無く剣を握ってその道を切り開いただろう……だが、」
それは叶わなかった。
魔を倒す事も村を救う事も全て捨てて、自分達は此処へと逃げてきたのだ。


「魔王を倒してくれ、跡部」


大地より生まれし剣…か。
そう呟いた跡部が困ったように頭を掻いた。
ここまでくれば、もうやるしかないだろう。
いよいよ現実味の増してきた魔王討伐に猛る心があるのは事実だ。
「宝珠と、剣と、やっぱり探しものばかりじゃねぇかよ」
「言えてんな」
「宍戸達もか?」
「探し物に含むんかい」
「やるしかねぇって事だ」
「当然、やな」
視線を交わしあって笑みを見せると、跡部と忍足は真田の肩に手を置いた。
もう、やるしかないんだ。


「任せとけよ」

「絶対に潰すしな」








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