#41 忍足、預言者の言葉に耳を傾ける。

 

「この島がどういう島か、知っているかい?」
「いや、存在自体を知るのが初めてだな。
 大体地図にも載ってねぇ」
香茶を入れたカップをテーブルに置いて、乾が音も無く椅子に腰掛ける。
部屋の中には乾と跡部と忍足、それに柳と真田も加わった。
カップを口元に運びながら、乾の代わりに答えたのは真田だ。
「忘れられた島、ルザミ。
 実際は……島流しにあった者達の溜まり場だ。
 刑場というよりは、刑にあった者の辿り着く先、といった感じだな」
「ほな、真田も柳も元は罪人とかそういう…」
「俺達の場合は少し特殊だが……まぁ、それに近い」
目の前で静かにお茶を飲むこの柳が、そしてとても実直な人間だと
見ても話してもそう見える真田が、罪人…つまり犯罪者なのだという事が
信じられず、忍足が僅かに眉根を寄せた。
それにこの会話の運びからすると、つまり。
「乾も……お前も、そうなんか?」
「……忍足が行方不明になったあの戦いの後……国は随分と荒れた」
魔物の総攻撃にあったのだ、人々を襲ったのはやはり絶望感。
もうこれ以上生き長らえるのは無理なのだと、そんな言葉が街中を包んだ。
「それでも、諦めない奴らはいたよ。
 国王もそうだけど…俺もそうだったし、手塚とか海堂とか桃城とか……
 そうだ、向日や日吉もね。
 ボロボロになった街をどうやって建て直そうか、必死だった」
「あいつら……無事で居るんか!?」
「ああ、手塚の部隊が上手く率いてくれたみたいでね。
 鳳が少し負傷したけど、それもじきに治ったし。
 逆に居なくなったお前の事を随分心配して、あちこちを捜し回ったよ。
 生きているか死んだのかも分からない、例え命を落としていたとしてもせめて
 遺体ぐらいは…と思ったけどそれも見つからない。
 実際これじゃ、どれだけ捜しても見つからない筈だ」
彼らが捜している頃、既に忍足はこの世界に居た。
それでは見つからないのも無理は無い。
「…で?
 それじゃやっぱりお前がこっちに来たのは、その後なんだろ?」
カップをソーサーに置いて跡部が確認がてらに問うと、乾もそれにこくりと
首を縦に振った。
「実は……ひとつ研究をしていた事があったんだけど」
「研究?」
「そう、俺の国での仕事、忍足は知っているだろう?」
「魔物に対抗する兵器の開発、それと……他にもあったな」
「兵器の開発って……そんな頻繁に魔物が襲ってくるのかよ?」
何だか物々しい会話に跡部が眉を顰めて呟く。
彼にとって魔物はまだ然程脅威の存在では無かった。
アリアハンという国に魔物達が攻め寄せてくるといったことも生まれてから
今まで一度だって経験が無い。
「そうだな、俺もこの島に来てから一度も魔物が島を襲ったとか、
 そういう事は無かった」
「ほんま、魔物だって小物が多いやんな。
 平和な世界やと思ったわ……此処はな」
「それで、お前達の言う『もうひとつ』というのは一体何なんだ」
気になるのか、柳が先を促す。
それに答えたのは忍足だった。
「さっきも話したけど……俺らの世界には太陽が無かった。
 つまり……常に夜の状態って考えてくれたらええ。
 そんな中で生きていく方法……意外とこれが難しいねん」
「そうだろうな、常にその状態では海は荒れる気温も上がらないし、
 作物も育たない。
 とても人間が生きていける環境とは思えん」
思い出すように言う忍足に、腕を組んで聞いていた真田が頷きながら
己の想像をそのまま話す。
単純な考えのようだが、それは紛れも無い真実だった。
「…ほんで、そんな現状を打開する方法を考えるのも、乾が居た部隊の
 仕事のひとつやった」
荒れ続ける海を乗り越えていくための船を造ったり、暗闇の中でいつまでも
芽を出さない作物へ人工的な光を当てる方法や、むしろ暗闇でも育つ作物を
開発した方が早いとその実験を進める者も居た。
そうやって、どうにかこうにか今まで生き延びてきたのだ。
「俺は俺で独自の研究を進めていた。
 できればもっと根本的な部分をどうにかしたかったからね、
 ……太陽が現われない、その原因を追求しようと思ったんだ」
「それは魔王の仕業やって……」
「確かにそれは事実かもしれない。
 ならば、どうやって魔王は太陽を消してしまったんだ?」
「ああ……そういうコトか」
漸く理解したと跡部がテーブルに肘をつきながら吐息を零した。
何事にも必ず原因があって、そして結果が出る。
だから『太陽が消えてしまった』という結果に対して、必ず何かしらの原因が
あるのだと、乾はそう考えたのだろう。
魔王の力で、なんて余りにも曖昧すぎる。
「それで、研究の結果は出たのかよ」
「まぁ、それなりに」
「興味があるな、貞治」
「そうかい?俺が気付いたのは簡単な理屈だよ。
 太陽は東から昇って西へ沈むだろう?そしてまた東から昇ってくる。
 まるで、くるくると回転しているようにね」
「せやな」
「太陽は地平線の向こうに沈んでいくだろう。
 西に向かえば太陽の沈む場所に辿り着くだろうか?」
「無理やな」
「それならあれは何処にあるんだと思う?」
「何処って……空の上やろ」
「じゃあ空を飛べたら掴める?」
「知るかい!」
乾のからかうような問い掛けに唇を尖らせながら忍足が答える。
思わず口の端を歪めて笑いを堪える跡部の隣で、柳が静かに言葉を紡いだ。



「太陽とは……全ての生命の源。
 そこにあって、そこには無い。
 此処にあって、此処には無い。
 神にも等しいその存在は、目に見えるが決して手には掴めない。
 この大地から生まれ出たものでない存在は、誰の干渉をも受けることはない。
 人間も然り、動植物も然り。
 ……この地に生きている者は、みな」



「柳……?」
「蓮二は預言者と呼ばれていた。
 即ち……神託を授かる者だ」
「神託…」
神の言葉を伝える者。
先を見て、未来を話す、それが預言者と呼ばれる者だ。
時には真理を、時には予言を、そして時には過去をも紡ぐ。
「……そういう事か、読めたぞ貞治。
 この大地に居る限り、魔王は決して太陽に手を出せない」
こくりと頷いて答えを出した柳を見て、乾は満足そうな笑みを覗かせた。
「当たり。まぁ蓮二のと方法は違えど俺も同じ結論を出した。
 じゃあ太陽は何処へ行ったのか?魔王はどんな手を打ったのか?
 答えは意外とアッサリと出たよ」
太陽の動きを止めることは不可能だ。
当然、その存在を消してしまう事など論外である。
なのに実際はその姿は忽然と消えてしまっているという事実がある。
ならば、もし。
「日が昇って朝になって日が沈んで夜になる。
 このサイクルが実は、太陽が動いていたためにあったんじゃなくて、
 この大地が動いていたからだったとしたら…?」
「んなアホな……ほ、ほな、俺らの立っとるこの地面がぐるぐると回っとるって
 事なんか……?」
「乾の言葉通りならそういう事になるよな。
 確かにそれなら、魔王が夜の間に地軸に干渉して地面の動きを止めりゃ
 済むってわけだ。
 それだけで太陽は永遠に顔を出す事はねぇ。
 ………少し、信じ難い話ではあるけどな」
眉を顰めたままで顔を見合わせる忍足と跡部を見比べるようにして、
乾が苦笑と共に僅かな吐息を零した。
「その通りだ。
 俄かには信じられない話だったんだろう。
 当然……この話は受け入れられなかったよ」
だが少なくとも乾は自分の論に自信があったし、ゆっくりと何度も訴えていけば
いつか理解されると、そして諦めが混じったこの街にももう一度魔王を
倒そうという意志が生まれてくる筈だと、そんな風に期待する気持ち
だってあった。
そして時間をかけて話す機会を持つ内に、少しずつだが魔王に対する
打倒精神のようなものが再び生まれてきたなという、そういった手応えすら
感じさせた。
ところが、ある日突然それが一転したのだ。
もしかしたら発端は自分の存在を快く思っていない者からだったのかもしれないが、
今となってはもはや何が始まりだったか良く思い出せない。
どこから出た声なのかも分からない内に、いつの間にか乾はでたらめな虚言で国を
騒がせているという、そんなバッシングを受けるようになった。
そして。
「……最終的に、俺は追放ってカタチになっちゃったワケなんだけど」
「追放って……ちょ、ちょお待ってぇや、なんでお前が…!!」
「島流しよりタチが悪い魔法でね、かけた相手を何処かへ飛ばすって魔法が
 あるんだけど、それを使われて」
「……魔法?」
何か引っ掛かりを覚えて、跡部が訝しげに視線を乾へと送る。
その意味に気付かないまま、きょとんとした目で返して乾が続けた。
「気が付いたら知らない所に居てね。
 あちこちを彷徨って……偶然商船に拾われてさ、辿り着いた島が此処ってわけ」
「その魔法……もしかしたら忍足が受けたヤツと同じかもしれねぇな」
前に忍足に聞いた話と似通っている部分が随分とある。相手を吹き飛ばす魔法。
同じ魔法を受けた2人が、同じ世界へと飛ばされてきた。
これを偶然という言葉で片付けて良いのだろうか。
「……バシルーラという魔法がある」
思い当たるところがあったのだろうか、首を捻りながら口を開いたのは柳だ。
「相手を飛ばす、というのだから、多分この魔法なのではないかと思うが、
 ただ、それでどうして此処へ来てしまったかまでは…、」
分からないなと眉根を寄せて呟く柳の肩が、ぴくりと微かに動いた。



「魔が欲するのは恐怖と絶望。
 魔の愛するものは清浄な光。
 魔は闇の心地良さを知りながらも、
 光溢れる世界に憧れる。
 光の中では生きてゆけぬと知りながら、
 それでも闇から抜け出そうともがき続ける」



瞼を下ろして、まるで詩を紡ぐように抑揚無く語る柳の姿に、跡部が真田へと
視線を向けた。
「また神託ってヤツか?」
「そうだ」
「どういう意味なんだ」
「そこまでは分からん」
「…ッ!!もしかしたら…!!」
柳の預言を頭の中で反芻して、忍足が弾かれたように顔を上げた。
闇が憧れているのは光。
闇に覆われた自分達の世界から、光溢れるこの世界へと羨望にも似た気持ちで
手を伸ばしてしまうのは、仕方のないこと。
だとすれば、魔の王は。
「もしかしたら……この世界のどこかに、俺らの世界と繋がる綻びみたいなんが
 あるのかもしれへん!!」
「綻びって?」
「どんなカタチであるのかまでは分からへんけど、魔王やって此処へ来るんには
 通り道が必要やろ?
 必ずどっかにそれがある筈や。
 ……この世界に、魔王が来とるならな」
そして恐らくその綻びを通って自分と乾はこの世界へと来てしまった。
これは偶然などではなくて、色んな原因が重なってしまった末の結果。
「道が見えたな、忍足」
「跡部…」
「良いじゃねぇのよ、探そうぜ、それ」
「け、けど……」
「お前の故郷、俺も見たくなった」
「………うん」
何気なく背中を押してくれる跡部の言葉に遠慮がちに頷いて、だが困ったように
忍足が表情を曇らせた。
「せやけどとりあえずは、皆と合流してまわんと…」
「ああ、それは俺も思った。
 けどよ、船は宍戸達が乗ったままだし、俺達には動く手段がねぇだろ?
 他力は不本意だが、向こうから見つけてもらうしかねぇな…」
「では、仲間達が来るまで此処に留まっていると良い。
 食と寝床ぐらいは面倒を見てやれる」
肩を竦めながら半分諦めたように言う跡部に、柳がやんわりと声をかけた。
おいおい、と真田と乾が声を漏らしながらも止めないところを見ると、
どうやらこの家の実権は全て柳が握っているようだ。
「悪いな、暫く厄介になるぜ」
「遠慮は要らない、ゆっくりして行くと良い」
助かったとばかりに跡部が答えると、そう告げて柳が僅かに笑みを零した。








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