#40 跡部、真実を知る。
実際、このルザミという島は思っているよりもずっと小さく、一周するのにも 然程時間はかからない。 そんな小島であったから、忍足の姿を捜すことも容易かった。 水平線が望める浜辺で彼はじっと、遠くを見据えていた。 見えるはずも無い、故郷でも見ているのだろうか。 「……忍足」 「ああ、跡部か」 「隣、構わねぇよな」 「……ええよ」 忍足の隣に腰を下ろし、同じように海の向こうを見る。 仲間達の乗った船でも見えれば一番なのだけれど、残念ながらそういった 気配は無い。 今頃向こうも必死で自分達を捜しているのだろう。 「………ほんまは、知っとった」 「ん?」 「ほんまはな、俺の帰る場所が何処にもあらへんことぐらい、知っとった」 「故郷の事か?」 「そうや。 ……魔法で飛ばされた俺があの森の中で最初におかしいなって思ったんは…、 『太陽が昇って朝になった』ことやった」 「……?」 「俺らの世界はもう何年も……魔王に『太陽』を奪われていたから……」 太陽の昇らない世界、それを跡部は想像できるだろうか。 朝の来ない、暗闇の世界。 あの混沌を彼は知る事ができるだろうか。 「……せやけど、諦める事はできひんかった。 例え明らかにおかしかったとしても……それでも何か、帰る手立てが あるって信じたかった」 だが、この世界で過ごせば過ごすだけ、得るものは絶望感だけだった。 帰る方法どころか、自分の故郷がある大陸の存在そのものが無くて。 「正直…途方に暮れたなぁ……。 知っとる場所も人もないところで生きるんが、こんなに辛いとは 思わへんかった。 ほんで…半分諦めかかった時やったな、お前らに出会うたんは」 勇者の噂を聞いて立ち寄ったアリアハン。 そこで出会った彼らに、一体どれだけ自分は救われたか。 「…お前らと一緒に居れるなら、俺は故郷の無いこの世界でも生きていけると、 そう、思いかけとった。 ……さっき、乾に会うまでは」 色んな事件を乗り越えて、此処まで歩いてこれた事は自分にとって何よりも かけがえのないものになっていた。 故郷を忘れることはできなかったけれど、それでも、耐えられると思った。 何よりも、大切にできるものが手の中にあったから。 けれどそれら全てが今、崩されようとしている。 「……なぁ、」 「なん?」 「もう少し、お前のコト教えろよ」 「俺のこと…?」 「前に言ったよな、『いつか全部話せ』って。 そろそろ……良いんじゃねぇか?」 「…………。」 白く細かい砂目に視線を送って、忍足は暫し黙り込んだ。 前に跡部に伝えたこと、あれだって嘘じゃないのだ。 ただ…全てでは無いだけで。 「俺の住んどった大陸はアレフガルドって言うて……今居るこの世界ほど 広くは無いねん。 国の名前はラダトーム。 ……まぁ、アリアハンと雰囲気はそう変わらへんカンジや。 せやけど、此処とは決定的に違うこと……それが、」 「太陽が昇らない、そういうコトか」 「うん」 それでも忍足が幼い頃はまだ、此処と同じように太陽が昇り朝がきて、 そして沈み夜が訪れる、そんなサイクルがあったように思う。 太陽が昇らなくなったのは、本当にある日唐突な事だった。 まだいくらも歳を重ねていない忍足は当然その原因など知る事はできなくて、 ただ両親から何度も『魔王に奪われたのだ』と聞かされた。 それは忍足だけでなくその街に住む子供は皆そう聞かされ育っていて、 再会した乾も、他の友人達もみんな状況は同じだった。 そして以前跡部にも話したあの戦いが起こり、自分はこの世界に飛ばされて。 「お前には魔王を倒して故郷を探すって言うたけど……ほんまはな、 ほんまは俺、諦めとったんや。 この世界には俺の住んどった大陸も街も存在せん。 せやから俺には帰る場所が無い。 そう思ってた……思ってたけど……」 「……乾か」 思いも寄らぬ同郷の仲間との再会。 自分だけでなく、友人もこの世界に居るということは。 諦めかかっていた気持ちが再び故郷を求めるのは、もうどうしようもない。 「帰りたいか、忍足」 「…………うん」 窺うような跡部の言葉に、素直に忍足は首を振った。 その動きに合わせて、瞳からほろりと雫が零れる。 「帰りたい……皆に会いたいねん……」 立てた両膝に顔を埋めるようにして蹲る。 ここへきて思い至った事がある。 そういえば初めて出会ったあの時から今まで、一度たりとも忍足の口から 『帰りたい』という言葉を聞いたことが無かった。 故郷の場所を探しているとか、魔王退治のついでに故郷に寄れれば、みたいな 言葉しか耳にしたことが無かったのだ。 それはつまり……あの時点で既に諦めていたと、そういう事なのか。 どれだけ探しても見つかる筈の無い故郷に対する羨望と絶望は、一体どれほどの ものだっただろう。 微かに震えるその肩を黙って跡部は己の傍へと引き寄せるように抱いた。 なんとかしなければと、無性にそう思わせたのだ。 「……乾はどうして、此処に居るんだろうな」 「え…?」 「お前と同じような原因で、飛ばされたか。 それとも……何か別の理由があるのか。 半年前に此処に住み着いたって言ってたから、どのみちお前の言う 戦いの後なんだろうな。 どっちにしたってアイツは何か知っている、そう思うんだが」 「それは…」 「確かめる価値はあるんじゃねぇか? もしかしたらその先に、何か手立てが繋がってるかもしれねぇだろ」 「跡部……」 「何もせずに諦めるのは俺の性に合わねぇんだよ。 行ってみようぜ忍足、な?」 諭すように言って跡部がその口元を笑みの形に象る。 するとそれに釣られたか、顔を上げた忍足の表情にもほんの少し明るさが戻った。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 柳の家に戻ると、今度は人が増えていた。 驚きを隠せないままで柳に説明を求めると、苦笑を見せて彼はこの家の同居人だと そう答えた。 名を真田弦一郎というらしい。 どこか硬派なイメージを与えてくるその男は、柳の説明に「よろしく」と頭を 下げるだけだった。 「乾は何処に居る?」 「ああ、貞治なら3階にいるよ」 「3階…?」 そんなものがあっただろうか。 自分達が寝かされていたのは2階にある一室で、更に上に上がる階段など 見当たらなかったように思えたが。 そう問えば、聞いていた真田の口元が僅かに笑みの形に歪んだ。 「蓮二、あそこを3階と言うのはどうかと思うが?」 「ならば屋根裏と言えば良いのか」 「そっちの方がしっくりくるな」 促されるままに2階の廊下の端にある細く段差の高い階段を上へと上がっていくと、 狭いはずの屋根裏の空間は、まるで見たことも無いような別世界が広がっていた。 「な、何だコレ……」 思わず呆然と呟かれた跡部の言葉で気がついたか、乾の毬栗頭がくるりと 振り返る。 分厚い眼鏡の縁を押し上げて、唇で笑みを表した。 「やあ、おかえり」 「な……なんなんや乾、これ……」 恐る恐る近付いて忍足がそれに手を伸ばした。 ぱっと見た感じでは白くて太めの筒のようなものが、そしてそれは屋根裏の 小窓を突き抜け更に空へと向かっていた。 「望遠鏡といってね、ずっとずっと遠くを見ることができるものだよ」 「…望遠鏡はそんなでかくはねぇだろ」 訝しげに眉を顰めて、跡部は自分が持っているサイズを手で表した。 海の上で重宝するそれは、当然だが掌に握れる大きさだ。 「大きい方が、より遠くを見ることができるのは、当然だと思わないか?」 「そ、そりゃそうだけどよ…」 「もしかして…乾がコレ作ったん…?」 「ああ」 「……相変わらず、めちゃめちゃな奴っちゃな……」 「これでも国では兵器開発担当だったんだが?」 「知っとるわ、アホ」 発明するという事柄において、恐らく故郷では乾の右に立てる者は居なかった。 それは誰もが知っている事実だし、自分だって分かっているつもりだ。 「っと、そんな事は後回しでいい。 おい乾、ひとつ訊きたい事があるんだが」 「…何かな?」 「お前が、此処に居る理由」 「…………いきなり核心を突くね」 「無駄は省きたい性分でな」 「なるほど、そういうのは嫌いじゃないな」 肩を竦めながら悪びれた風も無く告げる跡部に、少し楽しそうに乾が肩を 揺らして笑う。 「ここじゃ狭いからな、下でお茶でも飲みながらでどうだろう?」 「悪くねぇ」 そうして立ち上がると、乾は2人の肩を押して下りるように促した。 <NEXT> |