#39 忍足、同郷の仲間と再会する。
パチ、と火の爆ぜる音で目が覚めた。 ぼやけた視界に映るのは空ではなかったので、それで漸く室内に居るのだと 気が付く。 重くだるさの残った身体を無理矢理起こして跡部は周囲に視線を向けた。 見たことのない室内。 壁際の暖炉には火が入れられ、充分過ぎる程の暖が取られている。 「此処は……?」 確か自分達は嵐にあって、忍足と2人海に放り出された。 という事は、誰かに助けられたという事だろうか。 ここが船の上で無い以上、仲間に救われたという感じはしない。 ふと、ミニテーブルを間に挟んだ向こうに、もうひとつベッドがあることに 気が付いた。 そこに寝かされているのは忍足だ。 はぐれずに済んだだけでも御の字だろうか。 「……気がついたのか」 部屋の扉が開けられ、誰かが入ってくるのに気が付いて跡部が目を向ける。 そこに立っていたのは痩身の男。 伏せがちな瞳で、その周囲には穏やかな空気が纏っていた。 「俺達は……どうなったんだ?」 「今朝方、島の浜辺に流れ着いているのを見つけたんだ。 随分と衰弱していたから心配したが、気が付いたのなら一安心だ」 「……あんたに助けられたのか」 「そういう事になるな」 静かに問えば、答えも静かに返される。 ベッドに入ったまま上体だけを起こしていた跡部は、膝の上で己の手を組み そこに視線を落とした。 「……他にも仲間が居たんだが」 「そうなのか。 だが倒れていたのは君と、隣で寝ているもう一人だけだった。 心配するな……大丈夫だ、きっと無事で居る」 跡部のベッドの傍へと椅子を持って来ると、痩身の男はそこに腰掛ける。 他にも訊きたいことがあるのだろう、と言うような視線を向けてきたので 逆に問い掛けやすかった。 「あんたは一体何者で……そして、此処は何処なんだ?」 「ああ、自己紹介が遅れたな。 俺は柳蓮二。人からは占い師とも預言者とも言われているが」 「預言者……?」 「そして、この島の名前はルザミ」 「……聞いたことのねぇ名前だな」 「人からは、『忘れられた島』とも呼ばれている……そんな辺鄙な場所だがな」 眉を顰めて呟く跡部に柳と名乗った男はそう答え、小さく笑みを零したのだった。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 忍足が目を覚ましたのは、それから幾ばくかの時間が過ぎた頃だった。 眠たげな瞼を擦ってゆっくりと身体を起こす。 「よぉ、漸くお目覚めかよ?」 「ん……ああ、跡部、俺らどうなったん…?」 ぼさぼさになった黒髪を掻きながら問う忍足に苦笑を向けて、跡部が柳から 聞いたことそのままを教えてやる。 すると困ったように首を傾げた後に、柳へ向かってぺこりと頭を下げた。 「ほんまに、えらい面倒かけてもうたな。 助けてくれてありがとうな」 「いや、当然の事をしたまでだ。 それに…こうやってこの島に誰かが来るのは久々なんだ」 「そうなん?」 「半年ほど前だっただろうか、新しく住み着いた者はいるが…それ以来だな。 良くも悪くも変わり映えが無い」 肩を竦めて柳が答える。 続けて言葉を繋げようとしたその時、遠慮がちにドアがノックされた。 「貞治か」 「ああ、頼まれた薬草を持ってきたんだが…」 「丁度客人も目を覚ましたところだ。 入って来ると良い」 「それじゃ遠慮なく」 そう言い置いてドアが開かれ、そこからひょいと顔を覗かせたのは分厚い眼鏡で 目を覆った、長身の男だった。 「これで良いかい?」 「ああ、合っている。 さすがだな貞治、飲み込みが早い」 「蓮二の説明が上手いからだよ。 でも気が付いたのなら必要無いかもしれないな」 「ああ……そうだ、紹介しておこうか。 こっちが半年前に住み着いた者で、乾貞治という」 「跡部景吾だ」 「よろしく」 跡部が言うのに口元で笑んで答えると、乾は隣のベッドへと目を向ける。 もしも彼の眼鏡が無かったなら、もう少しハッキリと分かったかもしれない。 その乾の双眸が、驚愕に見開かれたことに。 「……い、ぬい……?」 ベッドの上で強くシーツを握り締めたまま、忍足は呆然とその名前を口にした。 その表情は蒼白で、口元が僅かに戦慄く。 「もしかして……忍足……なのか?」 「ほんまに、乾なん……」 「? 知り合いか、貞治?」 こくりと首を傾げて問う柳に頷くだけで答えて、乾が一歩、忍足のベッドへと 歩み寄った。 「……忍足、」 「なんで………」 「久し振りだな」 「………。」 「どれぐらいだ……もう、3年は経つのか。 あの戦い以来だな。 お前が居なくなって…、」 「なんでお前がココに居るんやッ!?」 指先が白くなるぐらいの強さで拳を握り締めた忍足が、乾の言葉を遮って 強く叫ぶ。 それは跡部ですら聞いたことの無い、悲痛な声音だった。 「ありえへん! お前がこんなトコロに居んのは、ありえへんやろ!!」 「………そうだな」 「手塚は知っとるんか、お前が此処に居ること」 「………それは、」 「分かっとんのか!? 此処は俺らの……」 「分かっているんだ、忍足」 強く訴えてくる忍足を遮って、乾が困ったように笑みを零した。 分かっているのだ、此処に居るということが自分達にとってどれだけ 不自然かという事は。 「太陽が教えてくれた。 お前も……そうなんだろう?」 「……ッ、俺は、」 諦めたように穏やかに告げる乾に、忍足が強く唇を噛み締める。 自分にだって分かっている、此処は…この場所は、自分達が生きていて良い場所 なんかじゃ無いことを。 「俺は認めへんからな」 ベッドから抜け出して立ち上がると、忍足は乾を睨むように見据え、 だが逃げるように部屋を出て行ってしまった。 「………やれやれ」 「おい、乾って言ったか」 「うん?」 激しく閉じられたドアを見遣って肩を竦めると、跡部に呼ばれて乾が 視線を向けた。 真っ直ぐな蒼い目が、射抜くように見据えてくる。 「何かな」 「お前……何を知っている?」 「君は、『アレフガルド』という大陸を知っているか?」 「あ?……聞いた事がねぇな」 「それが答えだよ。 あとは忍足に聞いてくれ」 「……そうする」 もとより忍足をこのまま放っておくつもりは無い。 跡部もベッドから抜け出すと、忍足を追って部屋を出て行った。 「アレフガルド…か」 「知っているのかい、蓮二?」 「いや、初めて聞く名だが……」 「蓮二が知らないのならば、間違いは無いだろう。 俺達の故郷は、もはやこの世界の何処にも存在しない」 部屋に残された2人は、そう言葉を交わしあう。 疲れたような表情で乾は空いたベッドへと腰を下ろした。 「例えあったとしても、俺はもう戻ることを許されていないのだが……な」 <NEXT> |