#38 一行、嵐に襲われる。

 

無事に千石も仲間にすることができ、あとは順調に船旅を進めて目的の場所に
彼を連れて行く、それだけの筈だったのだが。
暗雲は、南の空から突然立ち込めてきた。
「うわー……雲行きがだいぶ怪しいなぁ……。
 これは嵐が来るで」
「てことは……波が大荒れになるってコトか。
 おい跡部どうするよ、この船今以上に揺れるぜ?」
「うるせぇ黙ってろ」
からかうような宍戸の言葉をピシャリと撥ね付けて、跡部は鬱陶しそうに南の空を
睨みつけた。
雨が降る直前の色をした雲は南の空を東西に包み、どこまでも続いている。
これはどちらかに船を進めて嵐を避けるという手も使えそうに無い。
ならば一直線に突っ切って、雷雲を突き抜けてしまうしか。
「ほな、嵐に備えて準備するで。
 甲板のものはなるべくロープでくくりつけて、帆も畳んでしまわな。
 千石、帆の方頼めるか?」
「オッケー!まっかせて!!」
これから大嵐がやってくるというのに、千石はまるで台風が来るのを楽しみに
待つ子供のように顔を輝かせてマストに登っていく。
相変わらず使い物にならない跡部はそのままにして、宍戸と滝も甲板にあるものを
片付け始めたのだった。










空は大荒れ、天候は嵐。
時折雷が鳴り響き、雲の合間を稲光が走って行く。
風は容赦無く船を叩き、高く上下する波も相まってまともに甲板に立っていられる
状態では無い。
舵は手放すわけにはいかないので、今は忍足だけが甲板に出ていて、他の仲間達は
みんな船室に入っている。
とはいえ部屋に入るわけではなく、その扉の窓から忍足の姿をはらはらと
見守っているのだが。
左から強く吹きつける風は思っている以上に強く、忍足の細い身体では簡単に
吹き飛ばされてしまいそうに見えた。
もちろん交替で舵を握るつもりはあるが、暴風雨に対しては滝でも同じだ。
「だ…大丈夫かな……」
「風、すげぇよな。
 海の上だから遮るモンもねーし…」
「…………。」
無言のまま忍足を見守る跡部の隣で、千石が船の揺れを敏感に捉えた。
左から盛り上がるように、ゆっくりと船体が持ち上がる。
それは一旦収まり、波に乗るようにまた沈む。
だが、これは。
「や、やばい、やばいよ」
「どうしたんだよ千石?」
「来る!来るんだよ!!」
「だから、何が?」
あたふたと騒ぎ出す千石を訝しげに見遣りながら問う宍戸と滝へ、千石が
必死な目で訴えるのと、気付いた跡部が反射的に船室を飛び出すのとは、
同時だった。




「来るんだよ、津波が!!」


「忍足ッ!!」




3人が慌てて跡部を止めようとしたものの、それは右に大きく傾いた船体に
遮られてしまう。
思わず近くの柱や壁に掴まってやり過ごして視線を甲板に向けると、2人の
背丈の倍はある大波が、忍足と跡部へ襲い掛かろうとしている瞬間が視界に
入った。
「跡部!忍足!!」
「ダメだ、中にも水が入る!!」
「一旦ドア閉めて、閉めて!!」
宍戸と千石が力を込めて水を押し返すようにドアを押すと、なんとか船内にまで
浸水してくるのは避けられたようだった。
だが。
「あッ!!」
ドアに張り付くようにして外を見ていた滝が、外の2人が波に飲まれたのを
見てしまって。
「ど、どうしよう!!
 跡部も忍足も流されちゃった!!」
「マジかよ!?」
「波はいった?俺達も甲板に出よう!!」
慌てて3人も甲板に飛び出し、忍足の代わりに滝が舵を握る。
千石と宍戸が右舷に寄って海面に目を凝らすが、跡部と忍足の姿は何処にも
見えなかった。
「まずいな……流されたか」
「どうする?宍戸くん」
「どうもこうも……この嵐じゃあ俺達も生き延びるのが精一杯だろ。
 とりあえず俺らは船を守って嵐を越えるしかねぇな……。
 それが過ぎてからじゃねぇと、捜すにしたってこっちが危ねぇ」
「そうだね……」
「跡部…忍足……生きてろよ……!!」
手摺を強く握り締めて、宍戸がぎゅっと唇を噛み締めた。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







嵐の過ぎ去った後はどこまでも青い空が広がっている。
雲ひとつない、文句無しの晴天。
嵐の後の凪いだ海でも眺めようかと家を出た男は、だが後を追うように
出てきたもう一人に呼び止められた。




「何処に行くのだ、蓮二?」


「ああ、弦一郎か……なに、少し散歩に行こうかと」




口元に僅かな笑みを乗せてそう答えると、付き合おうという一言だけが
返される。
特に拒む理由も無いので2人連れ立って浜辺へと向かった。
海が激しく荒れた後は、浜辺に色んな物が流されてくる。
流木だったり、誰かの持ち物であったり、単なるゴミだったり。
そして時には人間だって流れ着いてきたりするのだ。
「……弦一郎、人だ」
「ああ…昨日の嵐で流されてきたのだろう。
 生きてるか?」
「それは何とも言えないが……」
少し早足に駆け寄ると、日の当たる砂浜に倒れている2人の男の元に
膝をついた。
一人は蜂蜜色の髪をした整った顔立ちの男で、もう一人は長いローブに
身を纏った黒髪の男。
どちらも旅装束をしている風であるから、恐らく船旅の途中で昨夜の嵐に
遭遇してしまったのだろう。
そっと身体に手を触れると、それは冷え切っていたが落ち着いた呼吸を
していて、生きているのだと知れた。
すぐに家に連れ帰って温めてやらねばならないだろう。
「どうする?弦一郎」
「どうもこうも……生きているのなら助けねばならんだろう」
「言うと思ったよ。
 連れて帰ろう」
「ああ」
言葉を交わして頷き合うと、各々一人ずつ背負い、元来た道を急ぎ足で
戻っていったのだった。








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