#35 一行、新大陸へ乗り込む。

 

浅瀬の近くに渇きの壺を浮かべれば、それはぐんぐんと海水を吸い込んでいき、
そしてそこに現われたのはひとつの小さな祠だった。
こうなればもう海の中を潜る必要もないので、中を覗くのも簡単だ。
マスターキーを手に船へと戻り壺を拾い上げると、祠はまた元のように
海の底へと沈んでいった。
「はぁ……なんかお前らと一緒に居ると、
 貴重なモンばっか見れるわ」
壺を抱えてまた元の浅瀬に戻ったその場所を眺めながら、忍足がそう
言葉を漏らす。
さて、問題はこの壺をどうするか。
「……返しに行くん?」
これ以上持っていても仕方のないものではあるし、返せるなら返した方が
良いのだろうけれど、あのエジンベアという場所にもう一度訪れようという
気が無い。
「まぁ……先のある旅だ、全部終わってからでも良いんじゃねぇの?」
忍足の隣に並んで海を眺めていた跡部が、そうぽつりと口にした。
ということは、進路は先刻も望遠鏡で確認した、あの陸だ。
「ほな、気ィ引き締めてかかろな。
 どんなモンスターが居るんかも分からへんし」
「ああ」
望遠鏡で見えたぐらいなのだ、半日もあれば辿り着くだろう。
東の水平線から顔を出した朝日に眩しそうに目を細めながら、跡部が
穏やかに揺れる波間へと視線を落としたのだった。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







見えてきた陸沿いに船を進ませると、途中で川を見つけた。
その付近に街か村でも無いだろうかと船は上流へと登っていく。
いくつもに枝分かれしている川を上ると、小さな村が見えた。
聞くところによると、スーという名らしい。
まだ開拓途中なのだろうか、村自体はさほど発展していない、のどかな
空気の流れる温かい場所だった。
「なぁんか、レーベとか思い出すよね」
「あー……なんか色々あったよなぁ」
「やめろ、クソジジイが出て来るかもしれねぇだろ」
「………あとべ、笑えへんから。」
口々にそんな事を言いながらとりあえず村を一通り見て回った。
特に変わったことなどもなく、目立った話を聞けたわけでもない。
ただ、どこか興味を引かれる話を耳にする事はできた。
この村の男が一人、この大陸の東に町を創るのだと言って村を出たらしい。
「すごいやんなぁ…町なんてそうそう簡単に創れるモンとちゃうで」
「人も必要だし、モノも、お金だってバカになんないのにさ。
 どんなバカが考えたんだろ、そんなコト」
「でも夢があって面白そうじゃねぇ?
 ちょっと見に行ってみようぜ、跡部」
「そうだな……ま、いいけどよ」
どこまでも好奇心で動く彼らは、満場一致で寄り道することに決定したようだ。
この村で旅に必要なものを手に入れて、一行はまた来た道を船で戻っていった。



ところが、である。



「やっぱり……そうだよね、普通は……」
「こりゃまた……まだまだこれからってカンジやなぁ……」
町を創れそうな場所、つまり土地が平らで比較的均衡の取れている場所、
そしてそれだけの広さを有しているとくれば、その場所は簡単に
見つけることができた。
どこまでも続く平原、そしてその場所はまだ、町どころか村とも呼べるような
シロモノではなかったのだ。
高台の上に上がって、せっせと一人で作業をしている男を見ていると、
なんとも途方の無いことなのだと思い知る。
町なんて、一人で創れるものじゃないのだ。
「やっぱり、一人じゃできることなんて知れてるよな。
 せめて何人か仲間が居れば別なんだけど……、」
やれやれと肩を竦めて言う宍戸が、ふと、何かを思い出したように口を噤んだ。
それを不思議に思った滝が、こくりと首を傾げる。
「どうしたんだい、宍戸?」
「いや……そういやアリアハンによ、こういう珍しいコトが大好きな奴が
 居たなーと思ってさ」
「あー……ああ、アイツか……」
「確かに……こういうコト好きそうだよね……」
「?? 誰の話??」
同郷の3人が揃って頷くのに、一人知らない忍足が眉を顰める。
その疑問に答えたのは跡部だ。
「アリアハンにいる俺達の……まぁ、友人なんだが……、こういうのが
 好きそうな奴が居るんだよ」
「ジロちゃんじゃなくて?」
「じゃなくて。
 道具屋の息子で『将来は俺のラッキーで全世界に進出してやるさ!』
 なんてほざいてる正真正銘の馬鹿だ」
「馬鹿って……しかも正真正銘って…」
「面白そうだから連れて来てみたら?」
「ははは!世界に轟く第一歩、ってか!!」
滝が言うのに宍戸が可笑しそうに笑って答えて、最終的な決定権のある跡部へと
視線を向けた。
「どうすんだよ」
「………アリアハン…か。
 ま、久々に顔出ししてみるのも悪くは無ぇが……どうするよ、忍足?」
「え……俺?」
話を振られて目を瞬かせた忍足が、己を指差して声を上げた。
確かに同郷の3人はともかく、彼は寄り道はしたくても足踏みはしたくないだろう。
むしろ、できる限り早く前へと進みたいだろうに。
「手間を取るつもりはねぇ。
 ルーラで行けるからな、居てもせいぜい一泊ってところだ」
「そぉか……別に、ええんとちゃうかな。
 ジロちゃんにも顔出ししてあげぇや」
「そうだな」
にこりと笑んで忍足が頷くのに、跡部がどこか安堵の表情を浮かべる。
そうと決まれば善は急げ。
ルーラの練習も兼ねてという事で、忍足が呪文の詠唱を始めた。
発動を待ちながら、そういえば…と声を上げたのは滝だった。
「師範もきっと、元気なんだろうね」



ぴっし。



一瞬にして凍りついた跡部と宍戸を見て、滝は面白そうにくすくすと
笑いを零すのだった。








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