#34 跡部、激怒する。
ポルトガよりもずっと北の方にあるエジンベアという国は、地図で見た時にも 小さな島国だという印象を受けたが、実際に行ってみると小さなというより 小さすぎると言った方が良いような気がした。 城があるにはあるが、例えばロマリアやイシス、ポルトガのような 城下町がない。 船から下りた一行は余りにも何も見当たらない、まさしく『田舎』と呼ぶに 相応しいこの場所で、暫し途方に暮れた。 「……どうするよ」 「どうするって……行ってみるしかねぇだろ?」 「それにしても、ほんまに田舎なトコロやねぇ…」 「ホント、ここにそんな重要なお宝があるのかなぁ」 城門を潜りまずは中の様子をちょっと覗いてみる。 入ってすぐのところに門兵の詰め所があり、どうやら常時番をしているようだ。 「ふぅん、一応いるんだね、門番」 「ま、田舎でも一応警戒を怠ってはいねぇってこったな」 滝の言葉に宍戸がうんうんと頷いてみせる。 そして門番をしている兵士に断りを入れて入城を許可してもらおうとしたところ。 「田舎者が、このエジンベアに何用だ?」 言われてしまった。 まさかこんな田舎の僻地にすむ方々に、よりにもよって『田舎者』と。 カチンときてしまったのは跡部だ。 「アーン?それは聞き捨てならねぇな。 誰が田舎者だよ誰が!」 「ふん、貴様らに決まっているだろう。他に誰が居ると言うのだ? この場所はな、貴様ら田舎者が簡単に入れる所では無いのだ」 「ふざけんな! こんな辺鄙な場所に居るような連中に田舎者呼ばわりされる 謂れはねぇんだよ!!」 「うわ、跡部がキレた」 あちゃあと額に手を当てて吐息を零すのは滝。 忍足はただどうしたものかとオロオロしている。 「大体な、この宍戸ならともかく!!」 「をい。」 「この俺様が田舎者だってのはどういう事だ!?」 指を差されて断言された宍戸のツッコミはさらりと無視して、跡部が門兵に 詰め寄る。 兵士はやや剣幕に圧倒された様子を見せたものの、やはり先を通そうとは しなかった。 「何を言われても通さんものは通さん。 田舎者はさっさと帰れ!!」 「この野郎…」 「あかんって跡部!ちょお、一旦出るで!!」 本気で頭にきたのか思わず剣の柄に跡部の手がかかったのを見て、忍足が慌てて その首根っこを捕まえた。 「ちょ、てめ、何しやがる忍足!!」 「ええからお前は黙ってちょおこっち来たらええねん。 滝ちゃんも宍戸も、行くで」 「あ、うん」 「おーよ」 ずるずると忍足に引き摺られるようにして跡部が、そしてその後を追うように 滝と宍戸がエジンベアの城門を潜って再び外に戻る。 城門から少し離れた木陰で襟首を掴んでいた手を離すと、忍足がやれやれと 肩を竦めた。 「あんなぁ跡部、お前あそこでソレは無いやろ?」 「アーン?何がだよ」 「せやからな、いきなり門番と喧嘩しようとしなや」 「それはアイツらが…!」 「やかましい。別に喧嘩してもええけど、永遠に中に入れてはもらえへんやろな。 そんなコトがしとうて此処に来たんとちゃうやろが。 目先の事で目的忘れたらアカン。せやろ?」 「…………悪かった」 「うん、ほなこれからどうするか、やけど…」 反省の色を見せた跡部に頷いてみせると、忍足は辟易した様子で エジンベアの城を眺める。 正直あの門番ともう一度やりあうつもりは無い。 「でも、どうしても必要なんだよね、壺がさ」 「まぁ…そうなるんやろうけど……」 「けどよ、門番がアレだろ? 王が素直にこっちのハナシを聞いてくれて、それを渡してくれるかどうかも 結構アヤしい話なんじゃねぇ?」 「それもそうだね…」 門番があの状態なら、上の人間も大体どんなものか知れている。 あまり会いたいとも思わない。 そうなると、また盗るしか無いという事か。 「滝、自信は?」 「あるよ。任せといて」 隠し扉だろうが秘密の地下室だろうが、見つけ出してみせる自信はある。 あとはどうやって中に入るかだ。 「見つからずに入る方法があれば良いんだけどね、あの門番にさ」 「んな都合の良いテが……」 「あ、あるで」 ポンと手を打った忍足が、滝の言葉にうんうんと大きく頷いた。 そうだ、顔を会わせたくないのだから、会わせなければ良いのだ。 「見つからへんようにしたらええんやろ?」 言うと忍足はブツブツと何か唱え始める。 そして最後に合図の言葉を口にした。 「レムオル」 印を結び淡く光が燈った指先をそれぞれの額にトンと一突きして、最後は 自分の額にちょいと触れる。 「はい消えた」 「……何が?」 「俺らの姿がや」 「嘘だろッ!?だって見えてんじゃねぇか」 「あー、すまん、言い方がまずかったな。 消したんは俺らの『存在感』や」 「どういう事だ?」 眉を顰めて尋ねてくる跡部ににこりと笑うと、忍足は自分の傍の木に軽く 手をついた。 「此処に、木があるやんな?」 「あるな」 「なんで木って解ったん?」 「どうしてって………そこにあるから」 滝の返答に気を良くして、忍足がこくりと首を縦に振った。 「ご名答、それが『存在感』や。 ほんで今俺がしたんは、その存在感ってヤツを消してしまうってコト。 此処に居るのに認知されへん。そういうコトや」 「そういうって……」 いまいちよく分かっていないのだろう首を傾げている宍戸に笑いを堪えながら、 行ってみれば分かるからと言って、忍足がまた城門へ向かって歩き出した。 城に入るための扉をもう一度潜る。 するとその物音には気付いたのか、門兵が詰め所から出てきた。 だが、誰もいないことを確認すると気のせいだったのかとまた戻って行って しまった。 目の前に跡部達が立っていたにも関わらず、である。 これが存在感を消す、ということ。 「すげぇ…」 「しー、声はあかんで。 静かに通り過ぎような」 思わず感嘆の声を漏らす宍戸へ、唇に人差し指を当てて忍足が注意すると、 一行はそのまま城の奥へと入っていく。 広い城内に人はまばらで、此処まで来てしまえばもう大丈夫だろう。 「それじゃ、さっさと探して出ようか」 「ああ、忍足、もう魔法解いても良いぜ?」 「いや……このまま行ってしまおうや。 盗るにしたってこの方が確実やん」 「ま…それもそうだけどよ」 いつになく協力的な忍足の態度に、跡部が僅かに首を捻った。 何をするにせよ、あまり後ろめたい事はしたくないというタイプだったろうに。 「どうしたんだよ忍足」 「別に……どうもせんよ」 跡部の問い掛けに、滝の後ろをついて歩きながら忍足が素っ気無く答えた。 「言うとくけどな、怒ってんのは跡部だけとちゃうねんで」 忍足は忍足で、あの門兵の態度には随分癇に障っていたらしい。 答える彼の声音は今までになく憤っていて、思わず跡部は苦笑を漏らしたのだった。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 思ったよりも簡単に目的のものは手に入れる事ができた。 茶色っぽい、古びた壺を手に一行はまた船へと戻って来た。 「ふぅん…こんな壺が水を干上がらせるのかよ…」 まじまじと見つめる跡部を余所に、着々と出航の準備は整っていく。 目指す場所はここから西。 「海のど真ん中に不自然な浅瀬が見えたら言うてや?」 宍戸が錨を上げ、動き出した船の舵を取りながら忍足がそう告げた。 「とにかくもう、此処には来たくねーな」 「あはは、同感だね。 それじゃちゃっちゃと次に行っちゃおう」 そんな一行を乗せた船は西へと進む。 そうして2晩ほどを船上で明かした頃だろうか、お目当ての浅瀬が見えたと 夜の見張りをしていた滝が、他の3人を叩き起こしに来た。 だが、どうも彼がメインで言いたかった事はそれでは無かったようで。 「あのさ、浅瀬は多分アレで合ってるよね」 望遠鏡を忍足に手渡しながら滝が言い、それを覗き込んだ忍足が頷いて答えた。 すると滝は、そのまま更に向こうの方を見ろと言ってきたのだ。 その通りに視線を前へと動かすと、そこにうっすらと見えている黒い影。 それは南北にずっと続いていて、途切れる事が無い。 と、いうことは。 「陸があるんか…?」 「そう、俺もびっくりしたよ。 あそこには一体何があるんだろうね?」 望遠鏡を跡部に手渡すと、彼もそれを目に当て確認する。 陸だな、と短く呟くと望遠鏡を宍戸に回し、さてどうしたものかと顎に手を当て 暫し思案した。 どうしたいか、なんて尋ねたところで返ってくる答えなど決まりきっているだろう。 自分も含め、何よりも好奇心で動く仲間達なのだから。 「……まずは目的の鍵を手に入れる。 それからあの陸へ向かう。異存は?」 「ねぇな」 「そうこなくっちゃ」 「何が出るかは分からんけどな、面白いんとちゃう?」 こくりと首を縦に振る仲間達を満足そうに見遣って。 「決まりだ」 口元に笑みを乗せ、跡部が肉眼では見る事のできない視線の先にある筈の大陸を望んだ。 <NEXT> |