#31 滝、決断する。

 

賢者になると決めた日から2週間、忍足は神殿へと通うようになった。
実際中で何をしているのかと気にはなったのだが、基本的に関係者以外立入禁止な
場所という事から、大人しく残った3人は宿屋で見守る事にしていた。
「とりあえず、回復系魔法の基本理論は理解できたわ」
こうやって少しずつ新しい事を知っていく事が楽しいのか、いつになく忍足は
明るい表情をしている。
ちょっとした傷なら治せるようになった、と言って笑う忍足を眺めていて、
内心とても複雑な気分になっていたのは実は滝である。
最初は自分のお株が取られた事にちょっとした嫉妬心でも持ってしまったの
だろうかと思いはしたが、それはすぐに違うと悟った。
別にそこまで自分の力に自信を持っていたわけではないし、以前跡部に
話をしたように、どちらかと言えば「使えはするけど本当は苦手」、
滝にとって回復魔法はそんな存在だ。
ならば何故と一人首を傾げている時に、ぽつりと何気なく言葉を漏らしたのは
宍戸だった。



「忍足の奴、ほんっと楽しそうだよな〜…」



その言葉が妙に引っ掛かった。
自分達神官が呼ぶ『奇跡』というものに対して、かなり冷めた視線で見ている己が
いる事は、随分前から気付いていた。
それでも神への祈りと信仰をやめなかったのは、やはり拾われたという恩を
多少なりとも感じていたからだろう。
羨ましいのだ、忍足が。
本当に自分のやりたい事ができるという楽しさを持ってしまった、彼の事が。
もうすぐ自分の力はこのパーティーの中で不要になってくるだろう。
むしろ忍足並の応用力があれば、自分などよりもっと幅広く色んな事をしてみせる
かもしれない。
「そろそろ……潮時なのかもね」
小さく呟いて滝の唇がゆるりと弧を描いた。
ここはひとつ、自分の本当にやってみたい事を目指してみるべきか。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







「………盗賊?」
「そういう言い方は好きじゃないなぁ」
「じゃあ何て言えば良いんだよ」
「うーん……トレジャーハンター、とか?」
「似たようなモンだろうが」
昼食を取りながら滝が話した事に、跡部と宍戸が揃って怪訝そうな表情を向ける。
彼は盗賊に転職したいと言うのだ。
元々あった素質に、以前忍足や跡部から言われた事もあって、滝としては前から
考えていたことではあった。
確かに、色んな仕掛けを見抜いてそれらを解体することも、宝の匂いを嗅ぎ分けて
見つけ出す事も、他のメンバーには無い素質を見せ付けてはいた。
ここへ来て、滝はもっと専門的な事を身につけていきたいと言うのだ。
「神官、辞めちまうのか?」
「そういうわけじゃないけど……今は、必要無い事だし。
 回復魔法も忍足が覚えていくなら問題ないし。
 俺は、俺のやりたい事をやっていきたいなぁって」
「けど…」
「……もう、恩とか義理とかでいるのはやめようって思ったんだ。
 それこそ神様や神父様に失礼だろう?」
「まぁ……イイんじゃねぇの?」
食後のお茶を啜りながら、跡部がそう言って頷いた。
どちらかといえば滝はそちら向きなのではという気は以前からしていたし、
本人がそうやってやる気を見せているのであれば、わざわざ止めてやる
理由も無い。
どうせ忍足の修行でこの地に足止めされているのだから、チャンスは今だ。
「やってみろよ。
 但し、挫折は許さねぇぜ」
「モチロンだよ」
リーダーのお許しにこくりと頷いて、滝は満面の笑顔を浮かべたのだった。










神殿の中で、偶然忍足に出会った。
広いとはいえ規模は知れているその中で、彼とばったり出くわすのは可能性として
無い話ではない。
「あれ、忍足だ」
「滝ちゃん?何しとんの??」
忍足の方も随分驚いたようで、目を丸くさせて自分を見つけるなり足早に
駆け寄った。
「俺も、忍足と一緒ってことさ」
「え?ちゅうことは……もしかして転職するん?」
「そ。ちゃんとした知識を身につけて、俺も忍足みたいにやりたい事をやるんだ」
「そうなんや……頑張りや?」
「うん。で、忍足は今どんな事してんのさ?」
「え?俺?」
きょとんとした表情を垣間見せた後、苦笑いを浮かべて忍足はこの間手に入れた
本を取り出した。
「ずっと図書室に篭って読書ばっかりや」
「うわ……なんだか肩凝ってきそう……。
 でもそれだけなら宿でだって…」
「あはは、アホ言いなや。
 あんな五月蝿いガキが2人も居んのに、集中できるわけあらへんやん?」
「あー…ナルホド」
指された相手が跡部と宍戸だということは安易に想像できたので、納得したように
頷くと、滝はまた夜にね、と言って立ち去ろうとした。
が、そういえばと足を止めて、くるりと忍足を振り返る。
「ねえ忍足!」
「うん?どうしたん?」
同じく足を止めてくるりと振り返って滝の方を向いた忍足に、腕に抱えられている
本を指で差して。
「気になってたんだけど、忍足その本読めるの?」
「……ん?読めるけど……なんで?」
「だって、俺も跡部も読めなかったんだ、その本。
 書いてある文字が、俺達が知っているのと全然違うからさ。
 なのにスラスラ読んじゃうもんだから、気になって」
「あぁ……そういう事なんか」
漸く腑に落ちたと忍足が手にしていた本に視線を向けた。
以前から持っていた謎も、少しずつ解けてきたような気がする。
「古い文字なのかなって考えたんだけど、それなら忍足は考古学でもやってなきゃ
 知らないだろうし……でもそんな感じじゃないだろ?」
「せやねぇ……俺もまだちゃんとした事は分かってないねんけど、もしかしたら
 此処では古代文字なんかもしれへんし、そうでないんかもしれへん」
「どういう意味?」
不思議そうに首を傾げる滝に、忍足は困ったような笑みを見せた。



「これは、俺の故郷では普通に使われている文字や」



だからこそ、このような場所で見つける事ができたのが不思議で仕方無かったのだ。
自分の国では普通に使われている文字を、仲間達は皆読めないという。
ならば……此処は何処なのだろう。
自分の故郷と、一体どれだけ離れてしまっているのだろう。
ひとつ疑問が解決したと思ったら、次にはまた違う疑問が生じてくる。
それに忍足は曖昧な表情で笑みを乗せると、もう行くわな、と言って滝に背を向け
立ち去っていった。
その背中を見送りながら、滝がぼんやりと佇む。
忍足侑士という仲間が前から不思議な存在だとは思っていたけれど、今この時に
それが一際強く感じられた。
一体何者なのだろうか。
何処から来て、そして何処へ向かう人なのだろうか。
「まぁいいや、とりあえず『仲間』だって分かってれば」
ふぅと吐息を零して仕方無さそうに肩を竦めると、滝も己の向かう場所へ進むべく
その場を後にした。


願わくば、いつかその謎が全て解ければ良いと、祈りながら。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







「滝も忍足も自分のやりてぇ事が見つかったからって、楽しそうでイイよなぁ〜」
「んだよ宍戸、羨ましいのか?」
「そんなんじゃねーけど……いや、案外そうなのかもしれねーな」
「そうか」
「あーあ、俺も転職しよっかなー」
「あ?」
「魔法使いとか、武闘家も面白そうだし」
「ムリだろ。お前不器用だからな」
「ハッキリ言うよなぁ跡部……ま、そういうお前もムリそうだけどな」
「は?馬鹿なコト言ってんじゃねぇよ」
「なーにが」



「俺様は伝説の勇者になる男だぜ?転職なんかするわけねぇだろ。
 まぁ、転職なんざしなくっても、俺様は完璧だけどな??」



「………あーハイハイ」
「ムカつくんだよてめぇ。」
「ってぇ!!殴んなよ!!」





勇者と戦士は宿屋で今日も待ちぼうけ。








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