#29 一行、ダーマに辿り着く。

 

バハラタから山を越えて更に北、船で海を回った方が早いのにという
忍足の言葉は跡部の「酔う」の一言で結局徒歩にされてしまった。
深い山脈に囲まれたそこに、『ダーマ』と呼ばれる神殿はひっそりと
存在していた。
それでも転職を考える者は意外と多く、神殿に滞在している人間は多い。
ひとしきり見て回った後に、隣接してあった宿屋でとりあえず部屋を取った。










「さて、この間の話なんだけどよ…忍足」
「ん?賢者になれとか言うとったアレ?」
今は跡部と忍足の2人だけだ。
滝と宍戸はもう少し見て回ってくると言っていたので、先に少し早めの夕食をと
2人は食堂へと向かった。
食事を取りながら何気なく口を開いた跡部に、顔を上げて忍足が首を傾げた。
それにこくりと跡部が首を縦に振る。
「お前にその気があるなら、ちょうど此処に居る今がチャンスだと思うが」
「せやねぇ……」
スプーンを咥えたままで忍足が僅かに眉根を寄せた。
正直、自分が賢者になったところでメリットが無いというのが本音だ。
確かに魔法そのものに精通した特別な存在であるという事は知っている。
あくまで自分は『攻撃魔法』に関して強く、例えば滝ならば『回復魔法』に関して
強いと言えるわけで、魔法そのものに詳しいのかと言われれば意外とそうでも無い。
つまり、それは自分が滝の扱う魔法を使えないということ、滝が自分の扱う魔法を
使えないということに繋がる。
魔法というものは基本はみな同じで、要は構成と組み立て方だ。
呪文の力は後からついてくるもので、それは攻撃魔法も回復魔法も基本的には
同じだろう。
簡単に言ってしまえば、『理解できない』から『使えない』のだ。
僧侶の繰り出す奇跡という名の回復魔法は、魔法使いと呼ばれる理論だけで
構成された人間には到底理解できるものではなく、逆に回復魔法を使う
僧侶にしてみれば、魔法使いの放つ攻撃魔法というものの構成理論を
理解することが難しい、ちょっと小難しいものに映っているだろう。


その垣根を取っ払ってしまえる人間が、賢者となる。


故郷に居た時、自分の講師でもあった上官からはそう教えを受けていた。
どう考えても理論づくめの自分にとって、その垣根を払うことは
できないだろうと、それが上官の、そして自分の出した答えだったけれど。
それを今、跡部が取り払ってしまえと言うのだ。
これは難題。
「なんで跡部は俺を賢者にしたいわけなん?」
「………上手く言えねぇんだけどよ、」
「うん?」
「お前にはまだ、限界が見えてこねぇ。
 まだまだ……お前ならできる事ってのがありそうな気がすんだよ」
「俺ならできること……なぁ、あんの?ホンマに」
「勝手に自分で限界を引っ張ってしまう事ほど愚かな事はねぇぜ、忍足」
なんだか跡部に言われると、本当にそんな気になってしまうのが不思議で
仕方が無い。
それだけ彼の言葉に力があるということなのだろうか。
「賢者になるんが嫌やって言うわけやないんやで?
 ただ……まだちょっと、ふんぎりがつかへん。そんな感じ」
「……そうかよ」
賢者になるために必要なものを、自分は持っているだろうか。
それだけの素質を、力を、経験を、自分は蓄えてこられただろうか。
迷いははどうしても思考を消極的にさせてしまう。
小さく吐息を零して忍足がそう呟けば、跡部は何も言わず
ただ頷いただけだった。










「おー、こんなトコロに居たのかよお前ら!!
 つーか先食ってやがるしよ!!」
「アーン?バカな事言ってんじゃねぇ宍戸。
 誰が待ってやるなんて言ったよ、あァ?」
「あははは、跡部らしいなぁ」
遅れてやってきた宍戸と滝の登場で、とりあえず話はそこで中断された。
注文を取りにきた店員に簡単な食事を頼むと、2人は跡部と忍足の
隣の席に腰掛ける。
落ち着くのを待って、跡部が口を開いた。
「で、何か面白い話はあったのか?」
「いやー……別に無かったよな、滝」
「そうだね。
 あ、でもダーマの北に何だったか塔があるって聞いたよ」
「塔?」
「うん、何でも己の力を試すための試練の塔でもあり、更なる力を蓄えるための
 修行の塔でもあるんだって。
 面白そうだと思わない?」
「ふーん…?」
滝の話を聞きながら、跡部はニヤニヤと宍戸の方へと視線を向けた。
また塔だ、さて宍戸はどう出るか。
「登ってみるか?なぁ宍戸?」
「跡部…お前絶対俺に喧嘩売ってんだろ?」
「いやいや滅相もねぇよ。
 ただ…修行の塔らしいからな?
 此処はひとつ宍戸のためによ、高いところを克服するための修行に
 出るってぇのはどうよ?」
「俺のためだと思うなら、高いところに登らねぇでくれたら
 それが一番なんですが跡部さん?」
「アーン?やっぱり俺様のチームにそういう弱点を持ってるような奴が
 いられると困るんでね」
「だったら俺ココでイチ抜けさせてくれてもイイんだぜ?」
お互い気持ち悪い笑みを顔面に貼り付けての言葉の応酬に、忍足と滝が
顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
「どうする滝ちゃん?」
「俺はどっちでもイイんだけど」
「その話やのうて、この2人のこと」
「ああ……面白いからもうちょっと見てようかな」
「あ、ほな俺もそうしよ」
こっちはこっちで何とはなしに黒いオーラが滲み出ている。
所詮傍観者な2人は、この状況を眺めて愉しむことに決めたらしい。
「じゃあイイじゃねぇかよ、お前もこれで高いトコロにビビらねぇように
 なるなら、それに越したことはねぇんだろ?」
「無理だって。
 どんだけ頑張ってもアレは平気にはなれねぇよ」
「ならなくても良いじゃねぇか。
 怖くなくなりゃあそれで」
「同じじゃねぇかよソレ!!。
 つーかお前はなんでそんなに登りてぇんだよ。
 ああそうか、何とかと煙は高いところが好きって言うもんなぁ…」
「あァ?それはどういう意味だ宍戸」
「どうもこうも、そのままの意味に取ってくれて構わねぇぜ」
「ほう、いい度胸してんじゃねぇのよ……やるか?」
「やらいでか!!」
「ふっ…度胸だけは認めてやるぜ。表出ろ」
「おーよ」
ガタンと荒々しく立ち上がると、2人はそのまま食堂から出て行った。
それを眺めたままで取り残された忍足と滝が、ちらりと視線を交し合う。
「……どうなんの?」
「そうだね、大体は拳と拳のガチンコ勝負かな。
 それで大抵宍戸がボコボコにされて終わってるよ。
 でも…」
「ん?」
「最近、宍戸も大分鍛えられてきたからね、今回はどうだろうね」
「ええ!?
 そんなん言われたら見に行きたくなるやん!!」
「あはは、気になるなら見てきたらイイじゃん」
「滝ちゃんは?」
「俺?」
ちょうどタイミング良く店員が追加の食事を持ってきた。
ほくほくと上がってくる湯気と美味しそうな香りに、滝が傍にあった
フォークを手に取って。



「俺は、ごはん食べてるよ。」



その答えに、忍足はもう苦笑を浮かべるしか無いのだった。








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