#26 一行、誘拐事件に遭遇する。
遠く見えた明かりを頼りに辿り着いた街は『バハラタ』といい、 目立った特徴があるわけでもなく、ゆったりとした時間の流れる 静かな街だった。 日が落ちてしまった事もあって、その日は宿を取るだけで終わり、 一眠りして体力も戻ったところの朝、街が俄かに騒然としている事に 気がついた。 「……何かあったのかなぁ?」 窓から外を眺めていた滝がぽつりとそう零すのに、着替えを終えた忍足が 同じように窓から外を覗く。 「んー……どうやろなぁ、別に何か大きな事が起こってるカンジは せぇへんねんけど」 「そうなんだ?」 「街自体に、っていうイミでな。 感覚的なモンやし、細かくは言えへんのやけど」 「……なんか、忍足って謎だなぁ」 「あはははは何言うてんの滝ちゃん、アンタの方がよっぽど謎やで?」 「そうかなぁ」 それはさておき朝食でも、と滝が忍足の背を押したところで、バタンと 勢いよく部屋の扉が開かれた。 僅かに滝の眉間に皺が入る。 「ちょっと! ノックもしないのはデリカシー無いよ!!」 「それどころじゃねぇんだよ!!」 慌てた風に入ってきたのは宍戸、そして跡部。 その様子がただ事では無い雰囲気だったので、何かあったのかと 滝と忍足が顔を見合わせる。 「……どうしたんや?」 「やられた…」 忍足の静かな問いに、忌々しげに跡部が舌打ちを零した。 「黒胡椒扱ってる店の奴が、昨夜誘拐されたらしい」 黒胡椒はこのバハラタで手に入る。 だがあくまでそれは交易品として扱われているものであるから、一般の店で 簡単に買えるというものでは無いようだった。 専門の交易品ばかりを扱っている店でしか、手に入らないのだ。 それなのによりにもよって、その店の人間が。 「どうするよ……ったく、次から次へと……俺様を試してんのか?」 誘拐の話は、今朝方宿屋の裏で組手と剣の手合わせをしていた跡部と宍戸の 耳にも入ってきたのだ。 ちらりと店の様子を見れば、親なのだろう年老いた人間が一人、途方に暮れた 様子で座り込んでいるのみであった。 こんな状態で流石に「黒胡椒を売ってくれ」なんて言えたものでもない。 「助けに行くしかねーんじゃねーかな」 「なんや、そういう話になるような気がしとったわ…」 朝食を食べながら言う宍戸に、忍足が苦笑を見せた。 「せやけど…何処に連れてかれたんかなんて解るん?」 「あ、それ、俺昨日の夜この宿屋の人に聞いたんだけどね、」 パンを口に運びながら、滝がひとつ頷いて答える。 「この街の北の方に山があるじゃない? その麓にある洞窟にさ、最近盗賊団が住み着いたらしいんだって。 たぶんそこなんじゃないかな?」 盗賊団自体は無事に黒胡椒が手に入るなら関係ないだろうと思って 話さなかったのだが、こうなってしまったなら話は別だ。 誘拐されてしまった人は恐らく、その場所に居るのだろう。 「あーあ……面倒なコトになっちまったなー…」 「ま、それも仕方ねぇ。 助けてやってよ、礼に黒胡椒貰って帰ろうぜ」 「うわ跡部下心丸出し!!」 「ったりめぇだろ!! そうでもなきゃ、こんな事件に首突っ込んだりなんか面倒臭くて するわけねぇだろうが」 「あー……うん、そうだね、跡部ってそういう人間だったね…」 「正義感のカケラもねぇ男だよな、跡部ってよ」 「おい宍戸に滝、てめぇら俺に喧嘩売ってんのか!?」 わあわあとテーブルを挟んで言い合う3人を眺めて、お茶を飲みながら忍足は ただ面白そうに瞳を細めたのだった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 街を出て、近くに架かっていた橋を渡って川の向こう側に渡り、ぐるりと 迂回するようにして、噂の盗賊の根城にまでやってきた。 山岳地帯にある洞窟など簡単に見つかるものかと思っていたのだが、 それは滝が簡単に見つけ出した。 「最近住み着いた盗賊団なんだろ? マトモに活動してる盗賊だったら、痕跡が残ってる筈だよ」 そう言われて探し、程なくして見つけたのは馬の蹄の跡。 これを辿っていけばという滝の言葉は正しく、一行はひとつの洞窟の前に 立っていたのだった。 「……よし、準備はいいな?」 「いつでも来いってカンジだぜ!」 「俺も、大丈夫だよ」 「問題あらへんな、ほな、行こか」 「ああ」 松明に火を点そうとした跡部を止めると、忍足は先に立って掌を上に翳した。 口から零れる呪文は今まで聞いたことの無いもの。 何事かと眺めていると、掌に浮かんだのは明るく輝く光の塊だった。 熱くも無く冷たくも無く、ただ明るさだけを周囲に放ち続けるそれは、 忍足の念じるままに宙を浮かび、歩く自分達の先を照らし出す。 「……新技かよ」 「ピンポーン、経済的やろ? 松明も要らんってな」 へらりと笑って自慢げに胸を張る忍足に、知らず跡部からも苦笑が零れていた。 こと魔法に関していえば、この男には底が見えない。 次から次へと新しい魔法や見たことも無い力を見せ続ける忍足に、何とはなしに 更なる可能性を見出しているのもまた、事実。 昨夜、酒場で酒を飲んでいた時に小耳に挟んだ話を、何気なく跡部は口にした。 「なぁ忍足、ダーマって知ってるか?」 「ダーマ……何やそれ?」 「ここからまだ更に北へ行ったら、ダーマって名前の神殿があるらしい」 「神殿?」 「あ、それ俺も聞いたよ!」 2人の話を耳に入れた滝が声を上げる。 「神殿っていってもそれは通称がそうなだけであって……そうだね、 敢えて言うなれば、職業を転職する為の『養成所』みたいな所らしいよ」 例えば戦士から魔法使いに転職したり、僧侶から武闘家になってみたり。 その為に必要な知識やスキルを与えてくれる、その場所がダーマだという。 「へぇ……そんなんがあるんやなぁ……。 でも、なんで俺にそんな話振るねん?」 「今すぐじゃねぇから、考えててくれればそれで良いんだが…」 「うん?」 「お前、魔法そのもののエキスパートになる気はねぇか?」 それはどういう意味なのだろうかと、頭を捻って考えてひとつの結論に辿り着いた。 もしかしてこの男は。 「俺に……『賢者』になれとか言うてるん?」 「まぁ、そうとも言うな。 実際俺も賢者って呼ばれるヤツを見た事がねぇから、どんななのか サッパリ見当もつかねぇが……少なくとも、魔法に関してはソイツらに 適うモンはねぇらしいぞ」 「うわ。それを俺に求めるか…」 「強制ってわけじゃねぇ。 ま、考えとけよ。これからのコト考えても、悪い話じゃねぇと思うんだがな」 「……んー、ま、とりあえず今は話だけって事でええな?」 「ああ」 この地に辿り着いた時には見た事も無く苦戦したモンスター達も、そろそろ 慣れてきたか簡単に追い払えてしまう。 そうやって洞窟の奥の方へと進んでいって、ぴたりと足を止めたのは滝だった。 「待って」 「ん?どうしたんだ、滝」 「……近いよ、誰かの話し声がする」 「お、いよいよか」 口元に指を当ててそう言う滝に、口元に笑みを乗せた宍戸が頷く。 滝の視線の先にあるのはひとつの木の扉。 この先に、恐らく盗賊達が居る筈だ。 そっと扉に耳を寄せて確認すると、間違いないと滝は3人に頷いてみせた。 「行く?」 「…当然だろ」 剣の柄に手をかけて、跡部がニヤリと笑みを浮かべる。 それを見て、この男の方がよっぽど悪人くさいなと思ってしまった忍足が 苦笑を見せるのだった。 素材は良過ぎるぐらい良いのに、人相が最悪なまでに悪いのだ。 特に目つき。 これもダーマとかいう養成所で直せへんやろか?と思い、そんな事を 考えている自分にまだ余裕があるのだと知って、尚のこと笑みは 収まらなかったけれど。 <NEXT> |