#25 一行、王様にまた頼まれる。

 

翌日、一行はポルトガ王の元を訪れた。
特に名目は無く、街で王が冒険者を募っているという噂を耳にしたから、とだけ
伝えて謁見を願うと、簡単に通された。
「ふぅん、何言われるんやろなぁ」
「また冠盗まれたとかは嫌だよねぇ」
「それは無ぇだろ、ロマリアじゃあるまいし」
「全くだ。
 どんなうっかりさんだよ」
暫しの間を置いて現われた白い髭を蓄えた初老の王は、謁見室の椅子に座ると
単刀直入に切り出した。
「実はだな、今此処では広く東の見聞を集めておるところなのだ」
「東…?ロマリアやアッサラームなどですか?」
「無論、それもある。
 だがアッサラームより東の地の報告が無いのだよ」
「アッサラームよりも東…」
「そうだ、検問所があるだろう?」
「……あの山岳地帯の向こう…ですか」
「その通りだ」
こくりと頷くと、ポルトガ王は通行手形を差し出してきた。
「これを使い、山の向こうへと渡ってはくれぬか?」
「あの、山の向こうは何があるのですか?」
「それは分からん。
 分からんというのも……戻って来た者が居らんのだ」
「うげっ」
何だかまた余り良い予感がしない。
手形を受け取りはしたものの、気が進まない様子で宍戸が僅かに眉を寄せた。
「東には……そうだな、黒胡椒があるらしい。
 辿り着けた証拠にそれを手に入れ持ち帰ってくれんか?」
「黒胡椒……」
初めて聞く名前だ。
恐らく東に渡ったとしても、それが何処にあるのか探すところから始めないと
ならないのだろう。
ひたすら面倒なだけなのだが、それを見越してかポルトガ王がにんまりと
笑みを見せた。
「もちろん、持ち帰ったその時には褒美を与えようと思っておる。
 例えば……そうだな、船なんかどうだ?」
「船!?」
さらっと出てきた単語に、驚いて滝が声を上げた。
それに頷いて、王は4人を窓際へと呼び寄せる。
「港にほら、見えるだろう?
 あれを褒美に取らせようと思うが……どうだ?」
桟橋につけられている、客船などと比べれば僅かに小ぶりだが、それなりの
しっかりした船だ。
もちろん4人の旅には充分すぎる。
「…どうするねん、跡部?」
「んなの決まってんだろうがよ、上手く行けば船がタダで手に入るんだぜ?」
「オイシイよね、確かに」
「東の情報は少ねーけど、元々俺ら東に行きたかったんだもんな、丁度イイぜ」
「よし、決まりだな」
こそこそと小声で言葉を交わしあうと、跡部は手形を握り締め王に向かって
頷いて見せた。
「解りました、東へ行ってみます」







◇ ◆ ◇ ◆ ◇







そこからの行動は早かった。
手形を見せ、それまで行けなかったアッサラームの山道に入る。
とはいえ、山越えではなく掘られたトンネルを進んで行くだけだったので、
然程苦労は感じなかった。
むしろ困ったのは、山の向こうへと抜けてからだ。









「なぁ……ここ、ドコ?」
途方に暮れた表情で忍足がぐるりと周囲を見回す。
よく考えれば地図も何も無い状態で、街の場所など解るはずも無い。
文字通り1からの手探り状態なのだ。
「もうちょっと簡単にいくと思ってたんだけど…甘かったかな?」
360度見渡す限り鬱蒼と続く森の中、目を凝らしても見えるのは木と山だけだ。
出て来るモンスター達も今まで見たことの無いようなものばかり。
何も無い状態から始めるというのはこういう事かと思い知らされてしまう。
「やれやれだぜ……ったく」
いい加減に歩くのも飽きたのか、顔を覗かせていたモンスターを蹴散らすと
跡部はその場に座り込んだ。
「とりあえず、森を抜けないとどうしようもねぇな」
「その抜けるいうんがまた難しいねんて。
 大体、終わりが見えてこぉへん」
「言えてる。
 もう木を見んのも飽きたぜ俺は」
同じように腰を下ろした宍戸も辟易した様子で、鬱陶しそうに周囲に
視線を投げた。
「こういう時、どうすれば良いんだろうねぇ」
「ん〜……まぁとりあえず、休憩しようや。
 そんで、とにかく諦めんと歩くこっちゃな」
言いながら忍足がぐるりと辺りを見回して、おもむろに歩き出した。
言ってるそばから何処に行く気だと突っ込む気力も持てなくて、3人はただ
忍足の行動を視線だけで追う。
暫く姿が消えたかと思うと、またひょこりと戻って来た忍足は手に
水を持っていた。
「川、見つけたわ。
 飲めそうやし持ってきた」
「わお!忍足気がきくね〜」
「後で川の方に出て、下流に向かって行ってみよか。
 森も抜けられるかもしれんしな」
「おー」
イマイチやる気に欠ける返事を宍戸が返す。
水を受け取って、跡部が忍足に視線を向けた。
「えらくサバイバル慣れしてんじゃねぇかよ」
「まぁ、なんていうの?
 跡部サンとはこなしてきた場数が違うんです〜」
「………あっそ」
少し不機嫌そうにそう答える跡部に苦笑を見せて、忍足はその隣に
腰を下ろした。
「まぁ、そうは言うても俺一人やないから頑張れるんであってやな、
 俺だけやったらとうの昔に色々と諦めとるよ」
「…?」
「言うたやろ?
 お前さえ諦めんかったら、俺はお前と一緒に頑張ったるさかいにな」
「あぁ……ありがとよ」
にこりと笑んで言う忍足に、素直に礼を言うと跡部が立ち上がった。
そうは言っても余りのんびりはしていられないだろう。
日が暮れる前に森から抜けてしまいたい。
「おらテメェらも何時までヘバってやがんだ。
 そろそろ行くぞ」
「…そうだね、まだ日が高い内に行けるだけ行ってしまおうか」
「おう、そうだな」
跡部の声に応えて立ち上がる宍戸と滝を見遣って、忍足が僅かに目を細めた。
諦めてない彼らは、大丈夫だ。
「よっしゃ、ほなとりあえず川に出てみよか」
先導して忍足が森の中を歩んでいく。
さっきまで居た場所から然程離れていないところにその川は存在した。
「このまま川沿いに下流へ行くで。
 運が良ければ街のひとつでも見えてくるやろ」







忍足の言葉どおり、下流へ行くと遠目ながらも街の明かりが夕暮れの空に
混ざるようにぽつぽつと見え始めてきた。
名前も知らない街だが、これで一安心だ。
「おっしゃ、ビンゴやな。
 幸先ええで」
「黒胡椒あるかな?」
「さぁな、行ってみるっきゃねぇだろ」
ゴールが見えた事に安心したのだろう、途端に元気の出てきた彼らに、
更にもう一波乱やってくるなんて、この時の彼らは微塵も感じてなど
いなかったのだった。








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