#23 滝、宍戸に贈り物をする。

 

夜の闇に紛れて、足音も無く滝が真っ直ぐ向かった場所は、あろう事か
城であった。
水に囲まれた城は開放的なのか無用心なのかはさておき、夜でも門を
閉ざす事無く訪問者を受け入れる。
街中で聞いた話に寄ると、この城にはある宝が隠されているというのだ。
「さぁて……いっちょ行きますか!」
「おい滝」
「うわぁ!!」
気合いを入れて一歩を踏み出そうとしたそこへ、背後から肩を掴まれ思わず
声を上げてしまった滝は、慌ててその口を己の手で塞いだ。
そしてゆるりと首だけを背後に向けると、訝しげに眉を顰めた我らのリーダーが
佇んでいたのだ。
思わず、手の内側で重苦しい吐息が零れる。
「なんだ……跡部か、驚かせないでよ」
「そりゃこっちのセリフだっつーんだよ。
 こんな時間にてめぇ一人で一体どこに何しに行くつもりだ?アーン?」
「宝探しだよ。
 折角だから跡部も付き合わない?」
「………は?」
このイシスの城に隠されている宝は、ふたつとないとても貴重なもので、
それを身につけると著しく運動能力がアップするという。
「星降る腕輪、っていうんだって」
センス的には微妙な名前だけどね、と簡単に説明して滝が笑む。
そんなものを取ってきて一体滝はどうしようというのだろうか。
売るのだろうか?だが、そんな世界に2つとない宝に値打ちなどつけようもない。
「お前、そんなの盗ってどうするんだ?」
「知りたいんだ?」
「まぁ、それなりにな」
「人に…あげようと思って」
「人って……?」
きょとんとした表情で首を傾げる跡部に、小さく笑みを零すと滝は城門を潜る。
置いていかれるわけにはいかないので、跡部も慌ててその後を追った。
中に一歩踏み込んで、キョロキョロと辺りを見回したかと思うと滝は中に
踏み込むのではなく、城を取り囲むように植えられている植木を迂回するように
外を回り始めた。
「おい、どこ行くんだよ」
「こっちだよ跡部。
 大丈夫、もう場所は分かってるから」
いつの間にそんな調べがついていたのやら。
やはりこの滝という男、計り知れない部分がある。
「ここの、壁のところ…」
ぐるりと大きく城の壁を回って、角のところで足を止めると滝はぺたぺたと
壁を触り出した。
感触で分かったのだろう、仕掛けになっている部分を強く押し込むと壁は
重い音を立てて横に動いていく。
その中は光の入らない暗い通路が続いていた。
「さぁて跡部、行こうか?」
「お前な……こういうの何処から仕入れてくるんだよ」
「ん?ヒ・ミ・ツ」
「ったく……お前、ホントに僧侶より盗賊のが向いてんじゃねぇ?」
「あはは、それ忍足にも言われちゃったよ」
盗みに入っているというのに気を張った風も無く、滝と跡部は通路を奥へと
歩いていく。
そう短くない距離を進んだところで、通路が直角に曲がっていた。
隠し通路だからだろうか、警備の人間なども見当たらない。
それでも一応人の気配がしない事だけを確認すると、2人は更にその先へと進む。
最終的に現れたのは、地下へと降りる階段であった。
「この下…だろうね」
「解り易い造りしてやがるよな」
頷き合って下に降りると、そこは割と小さめに作られた一室で、台座の上に
置かれた宝箱だけがその存在を主張していた。
「これか…」
「実はダミーで人喰い箱だったなんてオチはねぇだろうな…?」
「どうしてこんな所にそんな物置く必要があるのさ、意味わかんないよ。
 ほら、鍵開けるから」
跡部の前に立って滝は針金を取り出すと、錠に差し込み何度か動かす。
カチリ、と音を立てて簡単にその錠は外れてしまった。
「実際さぁ、」
「あん?」
南京錠を取り外しながら、独り言のように何気なく滝がぽつりと零した。
「こっちの方が向いてるのかな、なんてちょっと思う時、あるんだよね」
「実は家系だったりしてな。
 代々盗賊の血だとか」
「あはは、そうかもしれないや。
 物心ついた時にはあの教会に居たからなぁ、俺」
「……拾われたんだったか?」
「そうだよ、浜辺に流れ着いてたんだって。
 それで神父様に教わって僧侶としての修行はしてたんだけど…、
 魔法も使えはするけど、ちょっとピンとこないってカンジ」
「………そうかよ」
滝とこんな話をした事は無かったような気がする。
拾われた子で、アリアハンに身寄りは居ないという事は知ってはいたが、
敢えてそれ以上を追求するつもりは無かった。
けれど何となくだが、今、滝の進む道が見えたような気がする。
「こんな事してるのバレたら、神父様に怒られちゃうかな」
「いいんじゃねぇ?
 世界平和を目指す人間に神は寛大だろ」
「あはははは、言うね〜」
和やかに会話をしながら、滝が宝箱の蓋を持ち上げた。
中には入っていたのは精巧な装飾が施された腕輪。
星のように至る所に散りばめられた小さな宝石が埋め込まれている。
「あった…」
「これなのか?お前が言ってるのは」
「そう…だと、思う」
「思うって何だよ」
「だって実物見たこと無いからさ、これが本物なのかどうか解らないし。
 これ自体に力が篭ってるかどうかだって、忍足じゃないから解んないし」
「……意外とアバウトだな、お前」
「まぁいいじゃないか、とりあえず貰って帰ろうってコトで」
手にした腕輪を腰に結わえていた袋に入れると、滝が立ち上がって
台座の傍から離れた。
と、そこに聞こえてきた声。



……… 待て。



「え?」
「アーン?」
滝が振り返り、跡部が視線を上げ、そして2人とも硬直する。
暗闇にぼんやりと浮かぶ白い影は人の形をしていた。



……… 我が国の財宝を奪ったのは、お主らか?



耳から聞こえてくるで無い皺枯れた声に、これがこの世のもので無い事を知った。
ぞくりと悪寒が全身を駆け抜け、滝が一歩後ろに後退さる。
暗がりでも解るほど、その表情は蒼白だ。
「……おい滝?」
「だ、だめ、俺、コレ系全然ダメ……」
震える声で意外な弱点を吐露すると、滝は自分の耳を両手で塞ぐと白い影に
背を向けてしゃがみ込んでしまった。
ぶつぶつと聞こえてくる言葉は、祈りの言葉なのだろう。
やれやれと肩を竦めると、跡部が再びその白い影に向き直った。
「さぁ、覚えがねぇな」
あっけらかんとそう言ってみせると。



……… そうか…すまぬ、人違いをしたな。



そう告げると、あっさりとその白い影は姿を消してしまった。
辺りを見回すがもう気配も何も感じない。
「滝、もう居なくなっちまったぜ?」
「………。」
「おい、滝」
「………。」
「聞けっての、てめぇ!!」
耳を塞いだままの滝の手を掴んで引っぺがすと、その耳元で大声を張り上げた。
「うわビックリした!!」
「ビックリしたじゃねぇだろ……ったく、もう居ねぇから、とっとと
 退散しちまおうぜ。
 警備の兵に見つかっちまっても面倒だしな」
「は〜……ほんと、ああいうのだけはダメなんだよね。
 まだミイラ男とか相手してた方がマシだよ」
「って、お前の居た教会って墓地の管理とかもしてなかったか?
 よく平気だったよな、そんなでよ」
「うー……基本的に昼間しか行かないからなぁ……」
「ああ、そう…」
しょんぼりしながら言う滝に、跡部が呆れた視線を向けたままで2人は
その場所を後にする。
特に他に用事があったわけでもないので真っ直ぐに宿屋に戻って、部屋の前で
別れる時に、滝が言った。
「あのさ、俺がこういうの苦手だったって、宍戸と忍足にはナイショにしておいて
 くれない?」
「………は?」
「あんまり、弱みは見せたく無いんだよね。
 俺って見栄っ張りだしさ」
「まぁ……いいけどよ」
「じゃ、おやすみ」
にこりと笑みを零すと、ひらりと片手を振って滝は部屋の中へと入っていった。
ドアが閉まるまでを見届けてから、零れたのは長い長いため息。
「………ったく、どいつもこいつもよ…」
まぁいいか、と開き直ると跡部も部屋の中へと引っ込んで行ったのだった。







◇ ◆ ◇ ◆ ◇







翌日、滝から貰ったのだとご満悦の様子で、星降る腕輪を身に付けた宍戸が
わざわざそれを見せびらかしにやってきたのに本気で殴ってやろうかと思ったが、
何とかそれは跡部の胸の内で穏便に済ませておいた。
そして、モンスターとの戦闘で初めてその腕輪の力を目の当たりにした。
重量のある剣を持ちつつも、誰よりも早く斬り込んでいくその姿を見て、
もしやこれは宍戸を斬り込み隊長にでもする思惑で贈ったのではと勘繰りさえして、
改めて滝という男の底知れぬ恐ろしさを知ったのだった。



「うおッ!なんだコレ、すっげー身体が軽いぜ!!」



そう嬉しそうに言って剣を振り回す宍戸を眺めながら、せいぜい長生きしてくれよな、と
跡部は祈る他に無かった。








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