#21 一行、ピラミッドに潜入する。【後編】

 

開いた扉の奥には、小さな台座があった。
その上に置かれていたのは、精巧な細工が施されている小さな箱。
それを傷つけないようにそっと開くと、中には1本の鍵が入っていた。
「……鍵?」
「見してもろてもええ?」
「ああうん、はい」
忍足に言われて滝が素直に鍵を手渡す。
じっと見つめていた忍足が、うんとひとつ頷いた。
「なんか……魔力が篭められとる。
 もしかしたら、上の扉はこれで開けられるかもしれんで?」
「おッ!幸先いいじゃんかよ」
「気楽な事言ってんじゃねぇよ宍戸。
 更に罠があるかもしれねぇんだぜ?」
その鍵を手に、一行は先に見つけてあった上の階へと続く階段へと向かった。
跡部と宍戸が上の階を見るのはこれが初めてになるのだが、ひとつ上の階は
大きめの部屋ぐらいの空間しかなく、城の謁見の間ぐらいといったところだ。
赤い絨毯が敷き詰められていて、その先には荘厳な面構えをした扉がひとつ。
「多分、この鍵で開く筈や。
 何が出て来るかはわからんけどな…」
カチリ、と手応えがあって、重そうな扉は軋みを上げながらゆっくりと開いていく。
中には過去の王家の人間が眠っているのだろう、いくつかの棺が並んでいて、
その中心に、いくつもの宝箱が置かれていた。
恐らく此処まで到達した者は居ないのだろう、整然とした雰囲気がある。
「ラッキー、きっとここのお宝は手付かずの筈だよ」
「やれやれ、少しはマシなモンがあるんだろうな?」
滝と跡部が意気揚揚と宝の山に近づいていくのを、呆れた表情で宍戸がついて行き、
最後に「ホトケの皆さんすんません」と手を合わせながら忍足が続く。
手にした針金で宝箱の鍵を器用に外すと、滝がその蓋をゆっくりと持ち上げた。
中に入っていたのは紙細工の金ではなく、本物の金貨。
「わぁー…本物入れるって、本当だったんだな…」
「よし、戴いちまうか」
「ラジャー」
頷き合って中の金貨を取り出していると、ふいに耳元に囁くような不気味な声が
聞こえてきて手が止まる。



我らの眠りを妨げるのは、誰だ…?

王の財宝を荒らすものは、誰だ…?



「ぅああぁッ!!」
叫びは後ろから聞こえてきて、慌てて2人が振り返る。
いつの間に現われたのか、数体のモンスターが襲い掛かってきていた。
包帯を身体中に巻きつけて今にも崩れ落ちそうな風体をしているアレは、この場所で
既に何度か出会っているミイラ男と呼ばれるものだ。
「ぐ…ッ」
後ろから包帯で首を締められているのは忍足。
2人が立ち上がる前に、近くにいた宍戸が剣を抜いていた。
「オラぁ!!テメーらは引っ込んでろッ!!」
剣で一閃、忍足を捕らえているミイラ男の首を飛ばすと、力を無くした包帯は
ダラリと垂れ下がって忍足の身体がその場に倒れ込む。
駆け寄ってその腕を取ると、力強く引き上げた。
「おい、大丈夫か忍足!?」
「げほ…ッ、あー……苦しかった。
 悪いな宍戸、助かったわ」
「なんの」
まだ残っているモンスターは3体。
加勢をしようとした跡部と滝に、宍戸と忍足が振り返って制した。
「お前らはさっさと戴くモン戴いちまえ!!」
「せや、早いこと済ませてオサラバするで」
「な、でも、キミ達2人じゃ…!!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!!」
油断さえしなければ勝てる敵とは言え、たった2人だけで相手をするには
些か分が悪い。
尚も言い募ろうとする2人に、宍戸がニヤリと笑みを見せた。
「お前ら、激ダサ」
「んだと宍戸!!」
「もう少し俺らの力も信用しろよ!!」
言って剣を振り翳し、じりじりと近づいてい来るモンスターに立ち向かっていく。
戸惑っている2人に忍足が柔らかい笑みを見せた。
「大丈夫やて、俺らもそれなりに強うなってんねんで?
 加勢してくるんやったら、さっさと貰うモン貰てからにせぇや。
 それまでぐらいの時間やったらどうとでもしてみせるわ」
「……忍足!!」
ぐいと肩を掴んで引き寄せる跡部に、やんわりとその手を外して忍足が
首を横に振った。
「あんまり、俺らの事ナメとったらアカンで?」
「そんなつもりじゃ、」
「同じや。心配されればされるだけ、俺の力はそんなモンなんかってプライドが
 ズタズタやねん。わかるやろ?」
「………。」
「15分で終わらせや、それ以上は保たんで」
そう告げて忍足も宍戸の加勢をするべく駆け出した。
声も無く立ち尽くしていた滝が、ぽつりと呟く。
「……なんか、悔しいな」
「あん?」
「あの2人だけ格好良いのは、悔しい」
「………そうかよ」
「15分だったね、さっさと済ませちゃおうか」
「そうだな、アイツらばかりイイ目を見せるのは気に食わねぇし」
此処まで来たのだから、貰うものは貰っておかないと意味が無い。
ズラリと並べられている宝箱に向き合うと、滝は針金を鍵穴に差し込んだ。










宍戸と忍足が背を預けあって、次から次へと現われるモンスターに
どう対処すべきか言葉を交わしあう。
「アカンな、宝箱荒らす度に出てきよる。
 増える一方や」
「ウジャウジャと鬱陶しくて仕方ねーよ」
「言えてるわ。とりあえずあの2人が合流するまで何とかしようや。
 とにかく斬り込んでいけ。後のサポートは俺が何とでもするし」
「信用してるぜ?」
「当ッたり前やん」
宍戸の言葉に力強く忍足は頷いた。
その意志に力づけられたように、宍戸は剣を手にモンスターの群れの中へと
突っ込んでいく。
一撃、二撃と相手の首だけを狙い、手際よく動きを止める。
止めは刺せなくても構わない。
動きを止めて、一ヶ所に纏めることができれば。
「よっしゃ宍戸、退きや!!
 いっぺんに燃やしたるわ!!」
「おうよッ!」
忍足の声に大きく横へと飛びのく。
視線だけを忍足に向ければ、丁度呪文が完成したところのようだった。
彼の掌から、火柱が伸びるように火炎が迸る。
「ちょお火力強いスペシャル版やで、喰らっとけ!!
 ………ベギラマ!!」
頭を無くして動くことのできなくなったモンスター達に、その炎は襲い掛かった。
それと同時に、忍足が。
「弾け!!」
パァン!と両手を叩くと同時に炎は大きく弾け飛び、周りに残っていた
モンスターにも飛び火していく。
危うく自分のところにも飛んできそうになって、宍戸は慌ててもう2,3歩
後ろへと避難した。
「ちょ、危ねぇだろ忍足!!」
「あはは、すまんすまん。
 ちょお勢い良すぎたみたいやな」
「ったく……しょうがねー奴」
「まぁええやん、結構減ったやろ?」
「まーな。やるじゃねーか」
今ので7〜8体はイケた筈だ。
ところが、扉の向こうから次から次へとゾロゾロとやってくるモンスター達に、
心底うんざりした表情で宍戸が嘆いた。
「……減ってねぇ……」
「ほんまや。
 たまらんなぁ……もうひと頑張りしよか」
「へーへー」
気の抜けた返事と共に宍戸は剣を構え直し、苦笑を浮かべたままで忍足が
再び呪文を唱え出したのだった。










2人では倒しても倒しても一向に減る気配を見せなかったモンスター達も、
きっかり15分後に合流してきた跡部と滝も加わると、あっという間に
殲滅させる事ができた。
やはり2人と4人では大きく違うようだ。
「ありがとうね、宍戸、忍足。
 とにかく宝は全部回収できたよ」
「これでまた当分は懐が温かい生活だぜ」
「へへ、頑張った甲斐はあったみてぇだな」
「もーぉ当分戦うんはええわ……早う帰ろ?」
「これで全部か?」
「うん、もうこの先は無さそうだし、帰ろうか」
「あー、宿屋でのんびり風呂に入りたいわ〜」
「忍足それジジくさいから」
「うっわ失礼や!!」
来た道を順に辿って戻っていって、時折現われるモンスターも軽く
あしらいながら、問題無く外に出られる…筈であった。



先頭を歩く宍戸が落とし穴にさえはまらなければ。










どたがしゃん!!
「ったたた……ぅわあっ!!」
固い土の上に散らばる何かがクッションになってくれたおかげで、
大事には至らなかった。
だがそのクッション代わりになったものが白骨なのを知り、思わず息を呑む。
それが獣のものなのか人のものなのかはわからないけれど。
「あービックリしたー……」
「宍戸……てめぇ……」
「んな怖い顔すんなよ跡部!
 しょうがねぇだろ判んなかったんだからよ」
「お前、街に戻ったら覚えてろ」
「やだね、忘れる」
身体中に纏わりつく土埃を払いながら立ち上がると、宍戸がまだ座り込んでいる
滝へと手を差し出した。
「大丈夫か?」
「あーうん、平気………あ、れ?」
「滝?」
「あ、ちょっと、ちょっと待って!!」
地上へと戻る階段を探しに行こうとする仲間を呼び止めて、滝がガラガラと
足元の骨やら瓦礫やらを除け始める。
何をしているんだと見守る中、滝が見つけたのは半分土に埋もれかかった
石板であった。
あからさまに怪しいそれを跡部と宍戸が持ち上げて横にずらすと、そこから
現われたのはさらに地下へと続く階段だった。
「隠し階段……何のためや?」
「そんなの決まってるじゃないか忍足!!
 お・た・か・ら……だろう?」
「行ってみる価値はありそうだな」
「よっしゃ、ついでだし覗いて行こうぜ!!」
またも好奇心勝ちした一行は、その階段が導く先へと足を進めるのだった。
「せやけど滝ちゃん……あんた、よう見つけたなぁ」
「うん、何か落ちた時の感触がおかしかったから、何かあるのかなぁって
 勘でね」
「………ほんま、盗賊向いてんのと違うか?」
ずっと胸の内の呟きだけで止めておいた言葉をついうっかり忍足が口に出して、
しまったと手を持っていく。
気を害してやいないかとチラリと視線を滝へと向ければ、思いの外彼は
上機嫌といった風な笑顔を見せていて。


「いいね!
 俺も実はそんな事考えてたんだよね!!」


そして階段を駆け下りていく滝の後姿を眺めながら、忍足は「かなわんなぁ」と
苦笑を零したのだった。






その先は細い通路が続いていて、またも小ぶりの扉に行き当たった。
忍足が確認すればそれはやはり魔力を帯びていて、先程手に入れた鍵が合うのでは
ないかと試したところ、すんなりとその扉は先を譲ってくれた。
「何があるんだろうね、楽しみだな」
「罠とかだったらシャレになんねーけど」
「ま、神のみぞ知る……ってトコロだろうな」
「あー……せや、何や言い忘れとるなぁって思っててんけど」
「どうしたよ忍足?」
のんびりと忍足がそう言葉を漏らすのに、跡部がその続きを促した。
特に緊迫感も見せず、のほほんと彼は。


「フロア全体に何かの魔力が滞留しとる」


そんな風に言うのだ。
その意味が理解できずに、跡部は首を捻った。
「どういう意味だ?」
「さっきのフロアもそうやってんけど……何やろか、何の魔法力かまでは
 ちゃんとは解らへんけど……あんまり、良くないカンジやな」
「具体的には?解るか?」
「うーん…………相殺?」
「アーン?」
曖昧に言う忍足に跡部が眉を顰めた。
もう少し解りやすく説明して欲しいところなのに。
「もうちょっとハッキリ言えねぇか?」
「見た方が早いんとちゃう?」
「あ?」
「よう見ときや。…………メラっ」
掌を上へ向け、忍足が一番簡単な炎の呪文を唱えた。
それは掌で朱い玉を生む筈だったのだが、瞬時にそれはまるで風に吹き消されるかの
ように消えてしまったのだ。
「………どういう事だ」
「つまりやな…簡単に言うと、魔法が使えへん」
「………なにッ!?」
さらっと核心を突いた忍足に、跡部が思わず額を押さえた。
そういう事はもう少し早く言え。
そうこうしている間に、さっさと先に進んでしまっていた滝と宍戸が、一抱えもある
黄金を手に戻って来た。
「ちょっと!!見てよこれ!!黄金だよ黄金!!
 しかもメッキじゃなくて全部本物!!」
武闘家用の武器として誂えてあるようだが、残念ながらこのメンバーの中で体術を
得意としている者は居ない。
ならばする事はひとつだろう。
持ち帰って金に替えるのだ。
「思ってもみない大収穫だったよ!
 早く帰ろう!!」
「今度こそ、こんな場所とはおさらばだな」


ざわりっ


空気が一瞬ざわめいた気がして、跡部がその場で足を止めた。
澱んだ流れの中に、殺気がひしめいている。
さっきまではこんな感覚は無かった。
原因は………黄金か?
「やべぇな……何か上での宝の時とはケタ違いの事が起こりそうだ」
視線は先程潜ってきた扉の向こう。
そこを通らなければ当然ながら地上へは戻れないのだが、その暗がりから
無数の気配と殺気が蠢いているのだ。
黄金を手にした自分達を逃すまいとするモンスター達か。
「げー…また戦うのかよー……」
「文句言てんじゃねぇよバーカ。
 持って帰りてぇんだったら切り抜けるしかねぇだろ」
「よし、今回は俺も頑張るよ!!」
「ほな俺、見てるわ。
 跡部にはさっき説明したやろ?
 俺今は役に立たへんから、頑張ってなー」
武器を手にする3人を眺めて、一歩後ろに下がったところで忍足が手を振った。
魔法を使えない魔法使いは役に立たないどころか足手まといだ。
精々彼らの邪魔にだけはならないようにしておこう、というぐらいで。
「ちっ…見てるのは良いが、怪我もすんじゃねぇぞ!!」
「善処するわ」
宍戸から黄金を預かった忍足が、跡部の言葉に苦笑を見せた。
魔法を使えないのは忍足だけでなく滝も同じ筈。
回復魔法も使えないので、下手に大怪我でもしようものならシャレにならない。
「あまり時間かけんなよ。一気に外まで走ったらルーラで飛ぶ。
 怪我はするな。致命傷は負うな。でも敵は倒せ。以上だ」
「お前それって無茶だろ……」
「無茶でも何でも、やるしかねぇんだよ。
 俺らの剣しか通用しねぇからな、てめぇが一番頑張れよ宍戸」
「うーわー……」
「信用してるぜぇ?宍戸よォ」
ニヤリと笑みを浮かべる跡部に、やっぱりコイツはヤな奴だとしかめっ面で
宍戸が口元を引き攣らせたのだった。




命からがらピラミッドから逃げ出した一行は、無事にイシスへと帰還する。
手にした黄金はさていくらの値になるのだろうかと、頭の中で値踏みした滝が
こそりと口元を緩ませるのだった。








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