#20 一行、ピラミッドに潜入する。【前編】

 

女王が治めるというこのイシスという国は、思っていたよりもずっと
のどかに時間が過ぎている場所だった。
オアシスを中心に造られている街並みは和やかな雰囲気に彩られ、彼らが
水を大切にしながら静かに暮らしている事を知った。
男達は力仕事に精を出し、女達は家事育児に明け暮れ、子供達は歌を唄いながら
楽しげに通りを駆け回る。
そこで真新しい情報を得る事はできなかったが、ひとつだけ。
とても興味をそそられる話を聞いた。


「……ピラミッド?」


聞いたことの無い言葉に、興味津々といった具合に宍戸が身を乗り出す。
頷いて見せてから、滝が聞いてきた情報を整理しながら続きを話す。
「ここからずっと北に行ったところに、王家の墓があるらしいんだよね。
 今でも使われてはいるみたいなんだけど…もうかなり昔からあって、
 半分遺跡みたいな状態にっているらしいよ」
「へぇ…そんなのがあるのかよ」
宿屋にて食事を採りながらそんな話をしていると、ふいに思い出した忍足が
ぐっと声を潜めて仲間達に問い掛けた。
「なぁ、昔の人らの埋葬の仕方って、知っとるか?」
「いや……知らねー」
「俺もだ」
「あー…昔、神父様に教えてもらった事があるけど」
首を縦に振ったのはやはりというか神官職に就いている滝だけで、
跡部と宍戸は揃って首を横に振った。
「棺の中に遺体を入れる、それはまぁ今でも同じなんやけど、昔はそれと一緒に、
 色んな金銀財宝を埋葬したんやって」
「必要あんのか?そんな事がよ…」
「うんまぁ、今では紙細工とか作り物で誤魔化したりするやん?
 向こうに行っても使えるように、みたいな意味合いでやな。
 けど昔の人らはご丁寧で全部本物なんやわな。
 今考えると凄い話やで」
食後のお茶を啜りながら、忍足が感慨深げにしみじみと言うのに、余計な一言を
言ってしまったのはやっぱり宍戸だった。
「つーコトはよ、今でもあるんだろうなぁ……そのお宝」
「………そりゃあ、」
「………あるだろうね?」
ニヤリと笑みを深くさせながら顔を見合わせるのは跡部と滝だ。
慌てたのは忍足だった。
そんなつもりで話したわけではないのだ。
「え、ちょお待ってや、マジ?マジなんかお前ら!?」
「言ったろ忍足、旅にゃあ色々と入り用になるんだよ」
「うわ跡部目の色変わっとる!!
 滝ちゃん、あんた仮にも僧侶と違うんか!?」
「イイんじゃない?
 昔の人も、世界平和の為なら喜んで協力してくれるって」
「……有り得へんぐらいにポジティブやな……」
「忍足、諦めた方が良いぜ?」
眉を顰めて呟く忍足の肩を、宥めるように宍戸が叩いた。
「ああなっちまったら、もう誰にも止められねーよ」
「………そないに昔のモンやったら、罠とかきっと多いで?」
「望むところだよ、ねぇ跡部?」
「ハ!俺様に姑息な罠なんて通用するワケねぇだろうが」
もはやお宝しか目に入っていない滝はニコニコとしながらそう答え、
勇者の跡部様はそう告げると偉そうに椅子にふんぞり返ったのであった。







◇ ◆ ◇ ◆ ◇







古代の遺跡、ピラミッド。
そこにも当然モンスターは巣食っているし、忍足が言った通り罠なんかも
そこかしこに蔓延っていた。
跡部は通用しないとかそんな事を言ってはいたが、罠を察知する事のできる
シーフが仲間内に居るわけでもないので、結局のところそれらを切り抜けるのは
自分達の気力と根性のみという事になる。
「……たまらんわ」
まさか宝箱にもモンスターが仕込まれているなんて思ってもみなくて、
辟易した様子で忍足は呟いた。
開けた途端に鋭い歯(刃かもしれない)で喰い付かれたのには驚いた。
慌てて宍戸が叩き落してくれたけれど、ともすれば片腕を食い千切られるところ
だったのだ。
今は滝が魔法で癒してくれたので大事ない。
モンスターも罠も多いが、だが確かにその分宝箱もそれなりにあった。
とはいえ、1階のフロアは大半が奪われた後だったのだが。
「やっぱりね…これだけ大きな遺跡だと、世の盗賊達が黙ってないよ」
「ちっ、骨折り損か?」
「そうでも無いと信じたいけどね。
 あ、上にいけそうだ」
カンテラで先を照らしながら滝が言う。
やっぱり彼には盗賊の素質があったりとかするんじゃないかと、一瞬忍足は
そんな事を考えたが、やはり口には出さないでおいた。
2階の迷路のような通路もなんとか越え、一行は更に上へと進む。
「一体何階まであるんだ…?」
くたびれた声を漏らすのは宍戸。
思えば結構な高さの筈なのだが、今回は外が見えないからか平気そうだ。
やはり高所恐怖症は視覚的なものなのだろう。
巨大な四角錘であるピラミッドは上の階へ向かう毎に徐々に狭まってくる。
さほど広くない空間にになった3階で、滝があれ?と言葉を零して立ち止まった。
「…?扉だ」
「あの鍵で開くか?」
「いや……ちょお待って」
壁一面に取られた巨大な扉の前に立って、忍足がその扉にそっと掌を這わせた。
若干感じる魔力の流れ。
鍵が問題なのでなく、この魔力が開錠を邪魔している。
アッサラームの街にも、このような扉がいくつか見られた。
「あかん…多分どっかに仕掛けがある筈や。
 それを探さんとな」
「仕掛けったって……」
フロア自体が狭くなった事もあって、通路は単調な一本道だ。
更に上へ上がる階段を除けば、行き止まりになっている道が2本あるっきり。
ぐるりと見回して、困惑したように跡部が頭を掻いた。
「あんのかよ、この場所に?」
「さぁ…そこまではわからんけどな」
「探せってのか」
「この扉の先を知りたいんやったら、な」
「……ちっ」
忍足にそう言われて、小さく舌打ちを漏らした跡部は何か手掛かりはないものかと
辺りを捜索し始めた。
好奇心には勝てないのだから仕方が無い。
行き止まりの場所に何か無いかと見ていたら、ふいに壁に2つの突起が
ついているのが目に入った。
「………押せってのか…?」
丸いボタンは2つ並んでいる。
どちらかを選ばねばならないのか、両方押さねばならないのか。
万が一間違ったとして、罠が作動したりするのでは無いだろうか。
どうしたものかと悩んでいると、反対側の通路から呑気な宍戸の声が聞こえた。
「なぁ、こっちに何か変なボタンがあるぞー?」
適当に押してみて良いかー?というのんびりとした問い掛けに、慌てて跡部が
壁向こうの通路に向かって大声を上げた。
「ちょっと待て宍戸!!まだ押すんじゃねぇ!!」










さて、困った。
行き止まりだと思っていた2本の通路には、どちらにも仕掛けであろう
丸ボタンが2つずつ。
何をどう押して良いものやら見当もつかず、4人は一旦大扉の前に戻って来た。
「滝ちゃんとちらっと階段の上見てきたんやけどな。
 あかんわ、そこにもコレと同じ扉がありよった」
「て事は、どう考えてもこの仕掛けをどうにかするしかないってコトか…」
「一体どうすりゃイイんだ?」
「こういうのって、絶対どこかにヒントが隠されている筈なんだけどね…」
そもそも口頭ででも伝えていかなければ、此処を建てた人間達だって先へ
進めなくなってしまう。
だがどこかに記せばバレるのは時間の問題。
ならば、やはり一番良いのは口伝えだ。
それも解らないようにどこかに潜ませるようなやり方で。
「このピラミッド…管轄はイシスだよね?
 何かソレっぽいの、無かったっけ…」
「ソレっぽいのって、具体的には?」
「昔話だとか、歌だとか」
隠し事をするに一番好都合なのは、後にずっと継がれていくような言葉とか
音楽とか、そういうものに潜ませる事だ。
だが街で話を聞く限りでは、そんな伝承は耳に入らなかった。
「昔話…みたいなのは無いみたいだったから……そうなると、歌?」
「歌か……酒場で女が歌うようなのか?」
「バーカ、そんな事をしたら、頭のイイ奴はすぐ気付いちまうだろ」
「ほな……子供か」
「子供?」
「そ。俺らも小さい頃、そんなん無かった?
 数え歌とか、遊び歌とか、そんなん」
「あー……なるほど」
円陣を組みながら何かヒントは無かったかと思いあぐねていると、
忍足がふとそんな事を言い出した。
そういえば、イシスでも子供達は歌を唄いながら遊んでいるのを
あちこちで見かけた。
「問題はその歌なんやけど、覚えとる?」
「何か唄ってやがるなぁとは思ったが、いちいち耳に残るかよ、そんな歌。」
「うわ〜、じゃあまた調べに戻らないといけないワケ?」
「…………あ?
 あれ、俺、覚えてるかも」
ぽつりと零したのは宍戸で、首を傾げながらブツブツと思い返すように
メロディを口ずさんでいる。
「ウソやん、ホンマかいな宍戸!?」
「あー……うんうん、わかる。覚えてるわ俺。
 なぁんか印象深かったんだよなー……」
「で、どんな歌なのさ」
「丁度良いからよ、もう唄っちまえよ」
「あ、それええな」
「俺も聞きたいな〜」
「お前ら絶対遊んでんだろ。
 ……ま、いっか。それじゃ、1番・宍戸亮!!
 張り切って唄わせて頂きます!!」
したっと右手を上げて宍戸が立ち上がると、3人がパチパチと拍手をしてみせる。
大きく息を吸い込んで、街で聞いた歌を思い出しながら宍戸は唄い出した。



まんまるボタンは おひさまボタン
ちいさなボタンで とびらがひらく

はじめは ひがし
つぎは にし



「音痴」
「ヘタクソやな〜」
「あはははは」
「うっせぇ!!」
終わった途端に入ったブーイングの嵐に、顔を真っ赤にした宍戸が足を
踏み鳴らして怒鳴った。
「必要なのは歌詞なんだろ!?
 この際歌が上手いとか下手とか関係ねーじゃんかよ!!」
「そりゃ言えてるが?」
「まぁなぁ。けど次から唄わさんとこ」
「跡部も忍足も容赦無いねぇ」
「ああもう何とでも言えよ。
 それで?今ので何か解ったのかよ」
「………お前、歌ってて気付かなかったのか?」
「は…?」
呆れたような跡部の言葉に、再び座り込んだ宍戸はきょとんとした目を
彼に向けた。
どうやら深くは何も考えず、ただ唄っただけのようである。
「……まぁ、頭脳労働を宍戸に求める方が無駄なのかもな」
「跡部、お前いちいちムカつくんだけど」
「当然だろ?ムカつかせるように言ってんだからよ」
憮然とした表情で睨んでくる宍戸を鼻で笑って、跡部が立ち上がった。
「思ったより簡単だったな。
 ちょっと待ってろよ」
言い置いて跡部は先程の通路に戻る。
磁石で方向を確認して、やはり間違いないと頷いて。
「最初は東だから……」
向かって右の通路に進み、当然のように右のボタンを一押し。
そして戻ってくると、今度は左の通路に向かって、左のボタンを一押し。
そのまま様子を窺っていると、僅かな轟音の後、仲間達の声が上がった。


「跡部!!扉開いたで!!
 早う戻って来ぃや!!」


忍足の声が聞こえて、跡部の唇がやんわりと弧を描いた。
探索続行だ。








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