#19 一行、砂漠に挑む。
アッサラームの街から南西に向かうと、広大な砂漠に到達する。 そこにイシスという国があるのは既に確認済みだ。 大体の方角と、過酷な砂漠に挑むための準備はした。 したのだが。 「あついーーあーーつーーいーー………俺もうアカンわ……」 「やかましい」 ざくざくと砂を踏みしめて歩きながらそう嘆く忍足の後ろ頭を、イライラした表情を 隠しもせずに跡部が思い切りぶん殴った。 「いったいなぁ……何すんねや!!」 「傍でひたすら暑いって連呼される身にもなってみろよ! 暑い暑いって、暑いのは分かりきってんだよ、バーカ!!」 「そんなコト言うたかて、暑いんやもん、暑い言うて何が悪いねん」 「だーかーらーなぁ〜〜」 「おい跡部、忍足」 ひたすら不毛な言い合いを続けている2人に、宍戸が声をかけた。 「お客さんだぜ?」 それにピタリと言い争いを止めて、宍戸の指差す方向を見遣る。 ザッと砂煙りを巻き上げて現われたのは、数匹のモンスター。 芋虫のような姿のそれは、この暑いのにさらに火炎攻撃をしてくる厄介者だ。 「……このクソ暑いのに暑苦しいのが出てきやがって……」 「ホンマやわ。やってられへん」 跡部が剣を抜き、忍足が呪文を唱え出す。 この場所に来て初めてヒャドを唱えても手が冷えないという経験をした。 忍足にとっては好都合なことこの上ない。 本当は火炎系の魔法より氷系の魔法の方が得意なのだ。 「ほなお先やで!」 そう仲間に告げて前に飛び出した忍足の掌から、氷の刃が迸る。 それは容易くモンスターを氷づけにし、その上から後を追った跡部が剣で 一閃すると、まるで硝子でも叩き割るかのように簡単に砕け散った。 「よっしゃ、まず一匹」 ナイスコンビネーションと跡部と2人手を打ち合って笑んで、宍戸達の方はと 見遣れば彼らも丁度一匹を仕留めたようだった。 だが、その背後を狙うように残ったもう一匹が。 ごうっ 「ぎゃーー!!火ィ吹いたーーー!!」 「あちちちッ、熱いっつーんだよ!!」 「ああもううぜぇ!!死ねテメェ!!」 「ああ……俺もうアカン、もうちょい涼しいところ行きた…かった……」 「ちょ、忍足、こんなトコロで倒れないでよッ!!」 「うわッ、てめぇ邪魔すんじゃねぇよ忍足、蹴っ飛ばすぞ!!」 「わぁ!!暴力反対や跡部!!」 「なぁオイ跡部、コイツ俺が止め刺すぜー?」 「ちょっと待て宍戸、それは俺のエモノだ!!」 モンスターの放った火炎の一吹きで、一気にその場は大騒ぎだ。 とにかく、熱さで発する汗が流れる前に蒸発する温度なのだから、そこへ更に 火なんて吹かれた時にはたまったものではない。 「……とりあえず、ちょっと休憩するか」 残りの一匹を仕留めて剣を鞘に収めてから、忍足を黙らせるために跡部は そう声をかけた。 「あ、ほな俺、ええもん用意したるな。 ちょお待ってて」 休憩という言葉を聞いて急に元気の出てきた忍足を現金な奴だと思いつつ、 その彼の行動を見守っていると、彼は先程倒したモンスターの死骸に もう一度ヒャドを唱えたのだ。 至近距離で放たれたそれは、骸を完全に氷の中に埋めてしまう。 「ほら、これの傍に居ったら涼しいで?」 「へぇ、なかなか便利じゃねーか」 やはり暑いものは暑かったのだろう、宍戸が嬉々としてその傍に腰を下ろした。 ヒヤリとした冷気が心地よい。 「あー…生き返るねー…」 滝も満足げだ。 そうやろ?と笑いながら答える忍足に、これでさっきまで煩かったのは許して やるかと跡部も氷の傍に座り込んだ。 「もうそろそろ、イシスに着きそうなのかな?」 「さぁな、どっかの誰かがすぐにヘバりやがるせいで、思ったより 進めてねぇからな」 「誰やねんそんな迷惑なヤツ」 「「「 お前だよ!! 」」」 さらっと言う忍足に3人から一斉にツッコミが入る。 それにウッと気まずそうに視線を逸らす忍足は放っておいて、跡部は 地図を開いた。 歩いてきた方向は合っている筈だ。 「本来なら3分の2ぐらい来てる予定だったんだがな、多分まだ 半分ぐらいだろ」 「うーん……それらしいモンも全然見えてこねーもんなー」 跡部の言葉に進行方向へと目を凝らしながら宍戸も頷く。 視線の先はユラリと熱気がうねるのみで、まだまだ影も形も見えてこない。 もう暫くこの過酷な旅は続きそうだ。 「ってコトは……あと2日ぐらいかな」 「そうだな、妥当なところだ」 「けどよー、そろそろ携帯食料も飽きてこねー?」 「あ、その気持ち判るぜ宍戸。 なんつーかよ、味気ねぇんだよな」 「そうそう、栄養はあるんだろうけどなー……なんか物足りないっつーか」 暑さを凌げたと思ったら、どうやら今度は食らしい。 跡部と宍戸が顔を見合わせてうんうんと頷き合う。 本当に文句が多いパーティーだなと滝が苦笑を見せ、忍足はただひたすら 傍にある冷気を味わうので精一杯のようだ。 ザザッ!! まったりしている中、唐突に周囲の砂が盛り上がった。 「え、うわッ、なにっ??」 「敵か!?」 瞬時に戦闘態勢を取ると、砂の中から現われようとしているモンスターに 全員が視線を凝らし、そしてあんぐりと口を開けた。 「………カニ??」 どこからどう見ても立派な蟹。 攻撃されればさぞかし痛そうなハサミを打ち鳴らしながら、それは8本の足で ゆっくりと立ち上がった。 「カニなぁ……硬そうやけど、物理攻撃効くんやろか?」 「さぁ…どうかな、やってみなきゃね」 「せやな」 とりあえず魔法でサポートするべく滝と忍足が各々魔法を唱え始める。 その傍らで、すっくと立ち上がった2人が居た。 跡部と宍戸だ。 その目はとてもとても輝いている。 「カニだぜ、なぁ跡部」 「カニだな、なぁ宍戸」 ふふふふふ…と気持ち悪い笑い方をしながら2人はすらりと剣を抜き放った。 「何がイイかなー、焼くか?」 「刺身もなかなかイケるんだぜ?」 「酢で和えるもヨシ!」 「ミソに酒落として食うのもたまんねぇんだよな…」 もはや食べることしか頭に無い様子。 「ちょお、どないしたんあの2人」 「……どうも、お腹空いてたみたいだね」 思わず詠唱を止めて唖然とした表情を見せる忍足に、滝が乾いた笑いを上げる。 「「 今夜は鍋だーーー!!! 」」 もはやカニが夕飯にしか見えていない跡部と宍戸は、いつもの3倍は強い。 そんな圧倒的な強さを見せる2人を眺めながら、 「水の無駄遣いはアカン」 「ていうか鍋が無いから無理や」 「そもそもそのカニ食えるんか?」 様々な思いを胸の中で巡らし、さてどうツッコミを入れるのが一番効果的かと 忍足は頭を悩ませるのだった。 イシスの国まで、あと少し。 <NEXT> |