#18 忍足、尾行される。

 

夜になると、この街は変貌する。
酒場では綺麗に着飾った踊り子達が舞を披露し始め、街の片隅では意味深な
言葉で男達を呼び込む女性の姿がちらほらと目に入った。
そんな中を、歩みを進める男が1人。
目的地は決まっているようで、あちこちから声がかかるも綺麗な笑顔で
あっさりと切り返し、足だけを前に進めていく。
かけられている丸眼鏡をくいと押し上げながら、彼はキョロキョロと
辺りを見回した。
「ええと……前はこの辺に居ったんやけどなぁ……」
実のところ、彼にとってこの街は2度目である。
その時に体験した甘美な時間が忘れられず、今またこのような場所に居るのだ。
どうやってあの人を捜そうか?
そう考えて首を傾げていたら、トントン、と後ろから背中を突付かれた。
「……あ、」
「お久し振りね、あなたのこと、覚えてるわよ?」
「あん時のお姉さん……やったな?」
「あら、覚えててくれたの?嬉しいわ」
振り返って視界に入った女性に、彼はホッと息を零した。
この女性の事は忘れた事など一度も無い。
以前この街であの時間をくれたのは、間違いなく彼女だった。
大きく開いた胸と、腰元までスリットの入った赤いドレスは相変わらずだ。
「また、この街に来てくれたのね?」
「ちょっと寄る用があってなぁ、んな長居はせぇへんねんけど。
 せやけど折角来たんやもん、俺ももういっぺん会いたいなぁって
 思うててんよ?」
「……嬉しい事言ってくれるわね。
 そんなに気に入ってくれたの?」
「そりゃあもう、あんな体験初めてやったわ」
「フフ…それじゃあ、今夜も一杯サービスさせて貰うわね」
妖艶に笑むと、彼女は手招きをして一軒の店に案内した。
それに黙ってついて歩きながら、彼…忍足はこれから訪れる時間に胸の内で
こっそりとほくそ笑むのだった。







そしてその一連を通りすがりに見てしまったのは、滝だったりする。
特に何て事は無い、買い忘れたものを思い出して道具屋が閉まる前に
行ってしまおうと近道がてらにこの裏道を通ったに過ぎない。
こう見えて意外とワイドショー的ネタが好きだったりする滝は、忍足が
綺麗な女性と一軒の店に入っていくのを見てしまい、暫し呆然とその場に
佇んでしまった。
「………うそ」
いや、でも、あの姿はどう見ても忍足だ。
「こうしちゃいられないよ、跡部に知らせなきゃ…!!」
こんなおいしいネタを一人でなんて勿体無さ過ぎる。
跡部と宍戸はまだ酒場で酒でも飲んでいるだろうと、滝は踵を返して
走り出した。







◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「……で、此処なのかよ」
「そう、間違いないよ」
「へぇ〜…見るからにってなぁ………やるじゃねーか、忍足」
跡部と宍戸を問答無用で酒場から引っ張り出して、さっきの場所まで
戻りがてらに滝は自分の見たものを簡単に説明しておいた。
辿り着いた店を見遣って宍戸がヒュゥっと口笛を鳴らす。
小さく舌打ちを零すと、跡部は店の中へと一歩踏み出した。
立て付けの悪い木のドアをゆっくりと押し開ける。
「………アーン?」
薄暗い店内には誰の姿も無い。
かといって、バーのようにカウンターやテーブルなどがあるわけでもなく、
一体この場所は何だろうと不審げに辺りを見回した。
「飲み屋ってワケでもねぇのか」
「これは…いよいよ、ア・タ・リ…かもね」
「は?」
「バッカ跡部、コレで気付けよ!!
 ココはいわゆるアレ、だな。
 えーと……なんつーの?」


「「 連れ込み宿?? 」」


いかにも鈍そうな宍戸がどうしてそんな知識を持っているんだという
ツッコミは後回しだ。
滝と宍戸が顔を見合わせて答えるのを聞いて、跡部がもう一度ざっと
店内を見回した。
薄暗がりで気付き難いが、よく見れば奥にさらに階段がある。
「……上か」
ぽつりと呟くと、跡部が真っ直ぐ階段に向かって歩き出した。
慌てたのは2人である。
「ちょちょちょちょっと跡部!!
 何するつもりなのさ!!」
「何って決まってんだろうが、連れて帰るんだよ」
「わぁ!待て待て!!お前ンな野暮なコト……!!」
「るせぇ!!アレは俺のだ!!」


「「 いつからそうなったんだーー!! 」」


慌てて引き止めるも、跡部が止まる気配は無い。
さてどうやってこの場を静めようか、精一杯思考を巡らせて滝は
そう考えるのだった。










妥協案。
とりあえず様子見でいって、跡部自身が我慢ならない展開ならもういっそ
好きにして良し。
彼曰くこんな場所に入った時点で充分我慢ならないらしいのだが、とりあえず
それには目を瞑れと言い含めた。
渋々といった具合で頷く跡部にホッと吐息を零して、ゆっくりと滝は階段を
上に向かう。
その先はもう真っ暗闇。
だが、奥の方から弱々しい明かりが漏れてきている。
さてはあの部屋に。
「……あそこだね」
足音を立てないように一番奥の部屋に向かって、気付かれないようにそのドアの
近くに身を潜めた。
部屋の中からは明かりの他に、小さく声が零れてきている。
唇に人差し指を当てて静寂を求めると、滝はその声に耳を凝らした。



「…………ッア、」
「ふふふ、どう?久々だったんでしょう…?」
「ッ、めっちゃ…ええわ……ッ」
「随分溜まってたみたいね、全部出して行くとイイわ」
「相変わらず……っく、上手いやん……」
「褒め言葉ね、ありがとう。
 それじゃあもっとサービスしなきゃね…」


会話の合間に聞こえるのは、ベッドの上げる軋みと。


「………ココかしら?」
「ぅあっ! ちょ、お、待っ……、あ…ッ」







ぷちん。


ぼちぼちキレる頃だろうかと滝が踏んだ通り、どうやら跡部の堪忍袋が切れて
しまったようだ。
ものも言わずにずかずかとドアに近寄ると、それを勢い良く蹴り開ける。
驚いたのは中に居た2人だ。
「キャッ!?」
「うわッ!なん、あ、跡部ッ!?」
ベッドにうつ伏せていた上体を起こしながら、忍足が怪訝そうに眉を顰める。
が、実のところもっと不可解そうな表情を見せていたのは跡部だ。
ベッドにうつ伏せていた忍足の背中を押すような状態で、一人の女性も
キョトンとした目を向けている。
明らかに、自分の想像と何かが違う。
「………何してんだ?」
「え…何って……」
女性に促されるままにベッドに再びうつ伏せた忍足が、のほほんと口を開いた。



「マッサージやけど?」



それにはドアの外で聞いていた滝と宍戸もあんぐりと口を開くほかは無く。
「このお姉さんなぁ、めっちゃ腕ええねんで。
 お昼は別の仕事したはるから、夜しか開いてへんのが難点やけどな」
「うふふ、ありがとう。
 アナタは肩甲骨の辺りが特に酷いわね」
「あッ、そこ、そこめっちゃヒットや、きくぅ…ッ」
思わず眉を顰めて眺めていたら、女性の方がふいに跡部に視線を送った。
「悪いけれど、順番……ね?」
「おーせやで跡部、俺がすんでか……ッた!!」
「紛らわしいコトするんじゃねえ!!」
枕に伏せて逆に露になっている後頭部を思い切りぶん殴って、跡部は気が済んだと
ばかりに踵を返した。
マッサージ屋の世話になるほど身体にガタはきていない。
好きなだけヤられてろ、と言い捨てて跡部はさっさと部屋を後にする。
バン!と些か乱暴にドアを閉めると、人騒がせな滝も一発小突いておいた。








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