#16 一行、呪われし村を解放する。

 

忍足のラブロマンス好きはとりあえず横に置いておくとして、とにかく
駆け落ちした2人がどうなってしまったのかを推測する事にする。
それでも心中説を譲らないメガネに、跡部が訊ねた。
「じゃあ忍足の言うように心中したと仮定して、だ。
 それなら一体ドコでだよ。それが判んなきゃ話にならねぇだろ」
その問いに忍足が暫し迷うように、うーんと空を見上げて。
「せやねぇ…多分、この辺りやと思う。
 そない遠くまで行ったりせぇへんやろ」
「どうしてそう言えるんだ?」
「エルフっちゅうんのは希少価値も高いしなぁ…。
 どっか遠くの街に行っても見世物になってしまうんがオチやろ。
 そんな事になるぐらいやったら、行かん方がマシや。
 ……ほな、どうして2人は死を選んだか?答えは簡単やな」
「行き場が無かったから……か?」
「ご明察や、勇者さま」
「皮肉かよ?」
「そんなつもりはあらへんって。
 ほならどうしよか?骨でも捜しに行ってみよか?」
「この辺りつったよな……」
この隠れ里の周辺とはいえ、森自体は非常に広大だ。
そこを捜さねばならないのかと思うとうんざりする。
だが。
「正直言って、人様の恋愛事情なんか知ったこっちゃねぇけどよ……
 ジローは助けてやらねぇと、な」
「だよな。
 じゃ、それで決まり、だな」
「ああもう、面倒な事になっちゃったねぇ」
「ジローのバカのせいだろ?」
「起こしたら死ぬホド奢りだな」
しかめっ面のままでまだブツブツ言う仲間達を見遣りながら、忍足はただ
笑みを浮かべていた。










翌日、意外と簡単にその場所は見つかった。
それも忍足いわく『セオリー』らしい怪しい場所を重点的に捜した結果
だったりするのだが、見つけた洞窟の底で発見された遺留品に、どうやら
2人は水の中に身を投げたらしいことが知れた。
もう誰も居ない空間にただぽつんと残されていたのが、エルフの娘が持って
出て行ったと言われていたルビーだった。
「……忍足の勘は間違いなさそうだね。
 まぁ、これを持って行くだけでも充分な証拠になるだろうけど…」
「そうだなー……って、忍足?」
「んー?」
何やら真剣な表情で1枚の紙切れに目を通している忍足が、宍戸の声に
ぞんざいな返事をする。
何してんだ?と問う前に、忍足がその紙切れを小さく畳んで顔を上げた。
「滝ちゃん、これも一緒に持って行こ」
「何それ?」
「そこに落ちとってん」
言いながら渡された紙を受け取りながら、滝が小首を傾げる。
読む気は無いようで、滝は落とさないようルビーと一緒に袋の中へとそれを
しまい込んだ。
「まぁ……なんていうか、な」
「忍足?」
「母親としてはきっついやろなぁ、と思うわ」
「……そうかもね」
肩を竦めながら言う忍足に書かれている内容に大体の合点がいき、滝も頷いて
僅かに苦笑を浮かべた。







◇ ◆ ◇ ◆ ◇







ノアニールの村に戻って、跡部はエルフの隠れ里で女王に貰った呪いを
解く為のものが入った袋を取り出す。
忍足があの洞窟で拾ったものは、エルフの娘が遺した遺書で、それとルビーを
一緒に渡したところ、女王がくれたのだ。
白銀に輝く不思議な色合いの粉を風に乗せて振り撒けば、この村にかかった
呪いが解けるのだという。
言われた通りに粉を掌に乗せて取り出す跡部の隣で、忍足がぼんやりと
その光景を眺めながら口を開いた。
「なんや言うて……あの人も気の毒やな。
 一人娘やったんに」
その言葉に対する跡部の答えは、至極そっけないものだった。
「しょうがねぇだろ。
 …………済んだ事だ」
「なんや、跡部が言うと冷たいなぁ」
「……そうかよ」
肩を竦め「興醒めや」と呟く忍足に視線をやって、跡部が小さく苦笑を浮かべる。
その視線に気付いた忍足も彼へと視線を向け、くすりと笑った。
「せやけど…間違うてへんと思うよ、あの人は知らんかっただけやねん。
 こうなってまうて最初から解っとったら……きっとあの2人のこと、
 許しとったんとちゃうやろか。
 もう……済んでしもうたコトや」
「ああ、そうだな…」
ふわりと白銀の粉が吹き付ける風に乗り宙を舞った。










「……あれ?ちょっと……」
ジローを迎えに行くべく一行が向かうと、出発する時と全く同じ状態で眠る
蒲公英頭が見つかった。
それに不審そうに目を細めた滝が、軽い足取りでジローの元へと駆け寄る。
「呪い…解けてないとか言わないよね?」
「いや、でもホラ、ジロー以外は皆起き出してるぜ?」
宍戸が言いながら見遣る方では、重い瞼を擦りながら身を起こす村人の姿。
間違いなく、粉の効果はあったらしい。
「……じゃあ、どうしてなんだろ」
「あ……なんか俺、解ってしもうたかもしれん、跡部」
「ああ、俺も何となくそうじゃないかと思ったところだ」
忍足の言葉に頷いてみせ、跡部がジローの前に立つとその半身を容赦なく
蹴り飛ばした。
もちろんそんな事で起きる筈も無いジローの肩を掴んで、がくがくと
強く揺さぶる。
「おいジロー、いつまで寝てやがんだ!!
 とっとと起きねぇと、もう一発いくからな!!」
「……ぅあ、それは、やだぁ〜……」
目が覚める程ではなかったものの、あの強烈な蹴りを二度も喰らうのは御免だと、
ジローが漸くこじ開けるように瞼を上げる。
「ほら、ジロちゃん、起きやぁ?」
「あっれぇ〜……跡部に宍戸に滝じゃん?
 ………あッ、侑ちゃんッ!!」
視界に友人達の姿を入れて首を傾げていたジローが、忍足を見た途端ガバリと
身を起こした。
「どったの侑ちゃん!!
 めちゃめちゃ久し振り〜〜!!」
「あはは、相変わらず元気やなぁ、ジロちゃん」
「おいジロー」
「ナニナニ、どうしてこんなトコにいんの!?」
「そらコッチのセリフやわ。
 ジロちゃんがなんでこないなトコ居るん?」
「聞けっつーのジロー」
「ああ、それはね、ココが……」
「シカトしてんじゃねぇ!!」
友人そっちのけで忍足に飛びつくジローの後頭部に、跡部の拳が飛んだ。
「いってぇ……何だよもー!!」
「そりゃこっちのセリフなんだよ、ったく…面倒かけやがって」
「俺が何したって言うんだよー……あ、そうだ、それでどうして俺が
 ココに居るんだって話だったっけ?
 ココ、実は俺の田舎だったりするのですー!!
 へへへ、ビックリしたっしょ!?」
「………田舎?里帰りしとったってコト?」
「そうそう!なのに来てみたらどうしてか知んないけど皆寝てるC〜。
 つまんないから俺も寝てたんだよねー」



一行を包み込むのは一瞬の静寂。



「………待てジロー、お前もしかしてマジで……?」
ふるふると肩を震わせながら訊ねる宍戸に、きょとんとした目をジローは向ける。
「え?何??」
「もしかして、エルフの呪いとは無関係……?」
「呪い?ナニナニ、なんだよソレ!!」
「皆が寝てたから自分も寝ちゃったんだ、ジロー」
「うんそう、でもなんか皆起きたみたいだねー」
口元を引き攣らせて言う滝に、へらりとした笑みを見せて。
「……俺ら、かんっぺき骨折り損やんけ……」
「なんだよ侑ちゃん!
 俺置いてなに楽しいことしてきたのさぁ〜!」
ははは、と乾いた笑いを見せる忍足に、ぷうと頬を膨らませて見せて。
「ほな最初から普通に蹴り飛ばしたったら起きたんやんか。
 ………なんや、どっと疲れてきたわ………」
「俺も」
「同じく」
「え?なに?どったの皆??」
がくり、と肩を落とす面々にきょとんとした視線を向けるジローが、殺気を
そこら中に撒き散らして指をポキポキ鳴らす跡部の姿を見るとその場に
凍りついた。



顔は笑っているが、目がマジだ。



「よぉし、ジロー………歯ァ食い縛れ」







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