#15 忍足、意外な好みが判明する。

 

「ここか……」


ノアニールの村から更に西へ向かうと、広大な森が現れる。
その中に踏み入って、磁石の向きだけを頼りに延々と歩き続けること
半日ほどの距離に、その里はあった。
女王が治めると言われるエルフの隠れ里である。
中に踏み込んでまず最初に感じたのが、周囲の視線。
種族の違いもあるので珍しいものを見る目とかいうのであれば、
まだ納得もできただろう。
だがそこに浮かぶ感情は決してそれだけではない。
拒絶と、否定と、禁忌。


「なんか……すごい居心地悪いんだけど……」
「同感だな」


その視線を流しながらも辟易した表情で漏らすのは滝。
それに同意しながらも、宍戸が跡部に判断を求めた。
「どうすんだよ?
 ジローを助けるってもよー、これじゃあ…」
「……話してどうにかなる感じじゃねぇよな」
「だったら、」
「…あれ?」
2人の会話を聞きながらも周囲に目をやっていた忍足が、ある一点を見て
声を上げた。
何かと3人が忍足に視線を向けると、彼は見ていた方向を指差して。
「人間が居る」
話聞いてくるわ、と言って小走りに向かう忍足を眺めながら、跡部が
軽く肩を竦めた。
「まさか、俺達以外にも人間が居たとはな」
「何しに来たんだろうな?」
「さぁ、知らねぇしどうでも良いけどよ、そんな事。
 …だがこのエルフ共の視線に耐えてよく居やがるぜ。
 全く…ジローの件が無きゃ、こんな所来ねぇのによ」
「あはは、跡部はどうもエルフとは合わないみたいだね」
「冗談じゃねぇよ。
 こんな閉鎖的で陰気臭ぇ場所、誰が好き好んで居たいと思うよ?」
「…お前、よくこの場所でそんな事言えるよなぁ…」
「さすが跡部ってカンジだね」
跡部の歯に衣着せぬ物言いに、宍戸と滝が顔を見合わせて苦笑を見せた。
確かに彼の言う事は間違っては居ないのだが、TPOを考えなさすぎる
というのと、余りにもストレートすぎるというのが難点だ。
そんな会話をしていると、話を終えたのか忍足がまた小走りに戻って来た。
「どうだったよ、忍足」
「うーん…なんていうか……またベタな話なんやけどな、」
眉を寄せたままで苦い吐息を零す忍足に、続けろと跡部が促した。





ノアニールの村が眠らされたのは、女王の娘と人間の男の駆け落ちが
原因だった。
直接的には他にもまだ何かあるらしいのだが、つまりは、そのエルフの娘が
男と行方不明になってしまった事が女王の逆鱗に触れたという。
そして、エルフ達の視線と言葉に苛まれながらも留まっている人間は、
駆け落ちした人間の男の父親だというのだ。
謝罪に来ているのだが、一向に許される気配は無い。





「……どうすんのや?」
「つまんねぇゴタゴタが原因なんだなー…」
「なんか、村の人達にしてみれば、たまったモンじゃないだろうね。
 自分達には何の関係も無いのにさ」
言わばジローだってそうだろう。
この一件とは何の関わりも持っていないのに、運悪くその瞬間に居合わせて
しまったから、こんな事になっているのだ。
こんな馬鹿な話があるだろうか。
「女王の所へ行ってみるしかねぇよな…」
「会うてくれるやろか?俺ら人間やけど…」
「ま、そこまで頑なじゃねぇだろ。多分な」
忍足の言葉に吐息を零しつつ、跡部の足は女王が居ると思われる居城へと
向かった。
さすがに女王ともなると無下に拒否するわけにもいかないのだろう、面会を
要求すると、意外とすんなり謁見の間に通された。
現われた女王はさすがエルフ、と言うべきなのだろうか、透き通るような
白い肌に亜麻色の髪、紫水晶の色をした瞳がよく映える。
これほどの造形は御伽噺の中ぐらいでしか見られないだろうと思うような、
非常に整った顔立ちをしていた。
きっと笑うとさぞ美しいだろうに、だがそれに反して表情はただただ
無を表している。
紫水晶の瞳に宿る温度はとても冷え切ったもので、それだけが自分達人間に
対する感情をありありと表していた。


それは、拒絶でも否定でも禁忌でもなく………軽蔑だ。





「もうずいぶん昔の話になりますが、私の一人娘は一人の人間の男を
 愛してしまいました。
 そしてこの里にあった宝石、『夢見るルビー』を持って男のところに
 行ったまま帰りません。
 所詮はエルフと人間…相容れる筈はありません、きっと娘は騙されたに
 決まっています。
 ……人間など見たくもありません。立ち去りなさい」





何か言い返そうとした跡部が、口を噤むと仲間達を促して部屋を出た。
話しても無駄だ、と思ったのが本当のところである。
最後のそれは強要ではなく『命令』だ。
そのことは自分だけでなく他の仲間にも伝わってきていたようで、
特に何の反論も無く黙って皆跡部に従った。
城を後にして、さっきまで居た広場まで一旦戻ってきて、漸く口を開く。
「……おっかねー……」
「あれはどうにもならないカンジだよね。
 本当に俺達だけでどうにかしなきゃならないのかぁ…」
「やっぱり捜すしかねぇのか?」
「捜すって…誰をやな」
「アーン?決まってんだろうが、駆け落ちした2人だ」
「あぁ……それなぁ、」
忍足が首を傾げるのに跡部がそう言うと、何かを思案するように忍足が
目を閉じる。
「どこ行ったんだろうね?」
「捜すだけなら、エルフの奴らだってとっくにやってるだろ」
「つーか……本当に生きてんのかよソイツら。
 実はどっかでくたばってんじゃねーの?」
あははと笑いながら言う宍戸の言葉に、カッと忍足の両目が見開かれた。
「それやッ!!」
「………あ?」
「きっとそうや!悲観した2人はきっと悲しみの末に心中したんやって!!
 これぞバッドエンディング的ラブロマンスのセオリーやで!!」
「お、忍足…?」
「やってそうやん、どう考えたって祝福なんてされとらへんやんか。
 そら『もうアカンのやったらいっそこのまま2人で…!』とか思ってしもても
 不思議は無いんじゃうん!?」
「つーか、お前……」
面食らった表情で見る宍戸の隣で、唖然とした滝も忍足へと視線を向ける。
なんだか頭痛がしてきてこめかみを軽く押さえながら、跡部が忍足の言葉に
待ったをかけた。
「……落ち着け、忍足」
「や、めっちゃ落ち着いとるて」
「いやそうじゃなくてな、忍足の考えはまぁ考慮に入れるとして」
「絶対コレやって!間違いあらへんて!!」
「いいから聞けっつぅんだよ、馬鹿」
「馬鹿って何やねんな、ムカつくわー」
「いやそういう事が言いてぇんじゃねぇ」
「せやし何やっちゅうねん?」
「いや、だからだな……」

つまり。





「………ラブロマンスとか言ったか?」





忍足のきょとんとした視線と、跡部のどこか困惑したような視線がぶつかる。
「……言うた、けど?」
「好きなのか」
「好きやなぁ」
「………そうか」
はぁ、と吐息を零して跡部がくるりと忍足に背を向けた。
ますますわけの分からないといった目で見る忍足に、いち早くその混乱と
胸中の葛藤から脱する事のできた滝が、忍足の肩をポンと叩いた。
「滝ちゃん……何やのコイツら」
「ああ、うん、ちょっとカルチャーショック受けてるみたいだから。
 そっとしておいてやって?」
「……うん? まぁ、ええねんけど……」
滝の言葉にやっぱり首を捻りながら、忍足は戸惑ったような声を漏らした。



どうやら忍足本人は、忍足侑士という人間とラブロマンスとのギャップが
如何ほどのものなのかという自覚は、微塵も持っていないようだ。







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