#14 一行、懐かしい顔に再会する。
カザーブ辺りまでは、追っ手が来ないだろうかという心配もあったのだが、 そこからさらに北へ向かい山を越えてしまうと、恐らくもう此処までは 来やしまいと思い切ることができた。 その先にあるのは、ロマリアに居た時に見た地図によると「ノアニール」 という小さな村らしい。 恐らく、今辿り着いた場所がノアニールになる筈なのだけれど、残念ながら それを証明してくれる者は誰も居なかった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「………静か、だね」 ぐるりと辺りを見回して、滝がぽつりとそう言葉を漏らす。 まだ昼間だというのに、どこからも物音は聞こえてこない。 聞こえてくるのは、ただ風が鳴らす草の擦れる音だけだ。 「余りにも不自然やから、きっと何かあったんやろうけどなぁ…」 ぽりぽりと頬を掻いて見遣るそこでは、数人の男女が道端に倒れるようにして、 だが恐らくはただ眠っているだけのようだった。 一通り村の中を歩いてみて、色んなところでそれは見かけられたのだから、 恐らくこれは何か他所からの力が働いているのだろうと考えられる。 「どうなってやがんだ?」 「解らへん、けど…魔法とか、呪いとか、そういった類なんとちゃうやろか」 訝しげに呟く跡部に、忍足が首を捻りつつそう答える。 流行り病の類でこういった例は聞いたことがない。 だが、見る限り村中の人間がこうして倒れ、恐らくは突然襲い掛かって きたのだろう【眠り】に落ちているというのは、規模から考えても オーソドックスな魔法であるとは考え難かった。 恐らくはもっと、魔法なら強い言葉、呪いなら強い呪詛が関わってきている筈。 「ここは…スルーした方がいいんじゃねーか?」 忍足の説明を聞いていた宍戸が身震いをしつつそう嘆くと、忍足もそれに頷く。 「そうやな、ちょっとこれは俺らの手に負えるレベルとちゃうで。 関わり合いにならん方が賢明やわ」 「……それに異論はねぇが、まぁ、折角此処まで来たんだからよ、 起きてる奴が本当に1人も居ねぇのか、もう少し捜してみようぜ」 「了解」 さほど広くない村だから、手分けすれば調査はすぐに終われるだろう。 跡部の言葉に3人が頷くと、方々に散って探索が始まった。 その時は全員が、起きている者など1人も居やしないと思ってたのに。 居たのだ、たった1人だけ。 初老の男が1人、その部屋で静かに告げた。 「今すぐ此処を出なさい」 見るからに憔悴しきった表情の彼は、ただ悲しそうな目を向けたままで。 「この村、一体何があったんですか?」 「呪われているのだよ」 「……呪い?」 「エルフを知っているかね?」 「エルフ……?」 顔を見合わせて、跡部と宍戸がそういえば、と声を上げた。 小さい頃に何かの本で読んだ事がある。 尖った長い耳に不思議な色の瞳。 弓矢を使って狩りをして食物を得、人里離れた場所で隠れるように生きている。 そんな存在であると、その本には書いてあった。 「本当に居るのかよ、エルフって…」 「エルフっていえば……そうや、俺も聞いたコトあるで。 魔法力は人間なんかの比やないらしいわ。 そんなんに目ぇつけられとんのか……?」 「まだこの村はエルフに赦されていないのだよ。 だから君達にまで災いが降りかかってしまう前に、此処を出なさい」 そう言った男は、ただ、目元に優しい笑みだけを乗せていた。 「……どうするの」 「どうもこうもねぇだろ。 進んで厄介ごとに首を突っ込む事もねぇしな。 とっととこんな村出ちまおうぜ」 部屋を辞して、また通りを今度は村の入り口に向かってトボトボと歩く。 ちらりと目を向けた先では、道端にある木に凭れるようにして少年が 眠りこけているのが見えて、何を思ったか宍戸の表情に苦笑が浮かんだ。 「しっかしよー、この村、明らかにジロー向きじゃねぇ?」 「あははは、言えてるね。 ジローだったらこの村はパラダイスなんじゃない?」 「ジローって……ああ、アリアハンに居った、ジロちゃん?」 「そうそう、蒲公英色の頭した」 「ああ、思い出した思い出した! 確かあんなカンジの子ぉやったやんな?」 深く頷きながら、忍足がついさっき宍戸が視線を向けた方へと指を差す。 木に凭れて眠る少年の蒲公英色の髪が、ふわりと風に揺れて。 「「「 ジローーーー!? 」」」 跡部と宍戸と滝の驚愕が混じった叫びが見事にハモってみせた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 近付いて顔を覗き込んで、間違いないと確信する。 本当に、この少年は3人の幼馴染である芥川慈郎に間違いない。 「ど、どうしてジローがこんなトコロに居るんだよ…!」 「バカやろう、俺が知るわけねぇだろうが!!」 「ちょ、ちょっとジロー、起きてよ、ねぇ!!」 宍戸と跡部がぎゃあぎゃあ喚いている横で、滝がジローの肩を掴み 揺さぶってみるが、彼はう〜んと呻きを漏らしただけで一向に 目覚める気配が無い。 「ダメだ……起きないよ」 「ジロちゃんも呪いの餌食になってしもたんやろか…」 「けどよ、ジローじゃあ呪いかけられてるって実感湧かねーよ」 「全くだ。普段と何も変わり無ぇ」 「人騒がせにもホドがあるよね、まったく」 「コイツ、ほんとは周りに合わせて寝てるだけなんじゃねーの?」 「その可能性は否定できねぇ、ジローだからな」 「普段あれだけ寝てるのに、まだ眠れる要素あるんだね、ジローってさ」 「うわぁ、お前ら酷いコト言うなぁ……って、」 3人の身も蓋も無い物言いに顔を顰めていた忍足が、ふいにその表情を 苦笑に変えた。 「……そうでも、ないか」 くるりと踵を返して、3人が向かう先は今しがた自分達に村を出ろと 勧めてきた男の居る場所だ。 口ではなんだかんだ言っても、この事態を何とかしようとする気は あるのだろう。 多分きっと、それが彼らの友情の在り方なのだ。 「……羨ましいことやな、ほんま」 ふと自分の友人達の事を思い出して、忍足が小さく苦笑を浮かべた。 目的を持って一人で旅をして今はこんな事になっているけれど、自分にだって 故郷というものが存在するし、そこには幼馴染や友人達も居る。 なんとなく懐かしくなって忍足の口元が自然と緩んだ。 彼らは元気にしているだろうか? バン!と大きな音を上げて開かれたドアに、先刻の男が些か驚いたように 目を見開いた。 「君達、まだ居たのか…!」 「事情が変わったんだ」 男の非難混じりの言葉に、跡部が真っ直ぐに相手を見据えて告げる。 「さっきのエルフの話、もっと詳しく聞かせてくれ」 射るような視線にも動じた様子は無く、じっと見つめていた男はやがて 諦めたように吐息を零し、今度は前にある椅子に座ることを勧めてきた。 <NEXT> |