#13 一行、ロマリアから逃亡する。
ベッドに転がって一人、天井を見上げていた。 彼らの言われるままに承諾してしまったけれど、この一日が何か意味を為す とは思えない。 宍戸は絶対に連れ戻してくるとは言っていたが、正直あの跡部が彼の言葉一つで 動くとはとてもではないが思えなかった。 「俺も……甘いなぁ……」 そんなに長い旅では無かったけれど、彼らと行動を共にするのはとても 楽しかったと思う。 宍戸と滝の言葉を振り切れなかったのは、心のどこかではもう少し彼らと 一緒に居たいと思っている自分がいたからだ。 もちろん、このまま旅を続けていられればとは、今でも思っている。 けれど……もしも、跡部が戻ってこなかったら。 自分は一人でも前へ進まなければならないだろう。 それぐらいの覚悟は既にしてある。 そしてもしも跡部が戻ってきてこのまま旅を進められたとしても、行く先で 跡部以上の『本物の勇者』になり得る素質ある者を見つけた場合、何を置いても 彼らを裏切ってでも、自分はそちらに付かねばならないだろう。 それだけ重いのだ、自分の背に圧し掛かっているものは。 真夜中をとっくに過ぎているというのに、他愛も無いことを延々と考えて しまうだけで、一向に眠気は訪れない。 隣の部屋では、2人もまだ待っているのだろうか。 カツン、と何かが窓に当たったような音がして、閉じていただけの瞼を薄く開く。 ベッドに寝転んだままで視線をちらりと窓の方へ向けるが、しんと静まり返った 窓の外は夜の闇が見えるだけで何も変わりは無い。 気のせいかと思ってもう一度瞼を下ろしかけた時、再びコン、と何かが窓に ぶつかってきた。 「………何や?」 起き上がって、窓の方へと向かう。 宿屋にしては珍しく大きく取られている窓から下を眺めるが、誰の姿も 認められない。 訝しげに眉を顰めていると、もう一度、音。 投げつけられているものは小粒の石で、それが前方から投じられているという事が、 今度は自分にも理解できた。 窓の鍵を外して外開きのそれを大きく開く。 顔を上げるのと、それが飛び込んでくるのとは、同時だった。 「ッ!? ……うわッ!!」 まともに正面からぶつかって、忍足は堪らず飛び込んできたものごと後ろに ひっくり返る。 尻餅を付いた痛みに顔を顰めつつ、感触で人だということだけを知った忍足が 視線をその方へ向けた。 「ってぇ……チッ、さっきから踏んだり蹴ったりだな……」 「…………あと、べ…?」 こんな時間に戻ってくるのも不思議であれば、こんなところから入ってくるのも 不自然だ。 衣服は既に別れる前に着ていた旅装束に戻っている。 唖然として跡部を眺めていると、起き上がった彼が自分を見た。 「滝と宍戸は?」 「え?あ、と、隣の部屋に……」 「そうか。じゃあ外で待ってるから、今すぐ準備をして此処を出て来い。 できるだけ急げ。それだけだ」 「は!?ちょ、跡部!!何を……」 「今すぐロマリアを出るぜ。 話は全部それからだ」 言い置いて窓からひらりと飛び降りていく跡部を、半ば呆然としたままで 忍足が見送る。 何もかもが唐突な上に強引だ。 だが、それでこそ跡部だとも思う。 「………行くか」 椅子に掛けていたマントを羽織って荷物を手にすると、忍足は隣の部屋へ 向かうべく今居る部屋を飛び出した。 頭で考えるより、今は動かなければ。 隣の部屋のドアをノックしながら、自然と口元が笑んでくるのを感じた。 それが何故なのかは分からなかったけれど。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 宿屋を大急ぎで飛び出すと、近くの家屋の壁に凭れるようにして跡部が 待っていた。 滝が手を振ると、跡部が無言のまま城門の方を顎で指す。 なるべく足音を忍ばせるようにして、4人は城門を駆け抜けた。 虫の音が響く草原を駆けて北へ。 そうしてある程度ロマリアから離れたところで、漸く跡部が足を止めた。 「……此処まで来れば、大丈夫だろう」 「あーあ、此処まで逃げてきたってコトは、キミ、黙って辞めて来たでしょ」 ぜえぜえと肩で息をしながら滝が言うのに、跡部が眉を顰めて苦々しく答える。 「しょうがねぇだろ、慌てて来たんだからよ。 ったく……時間が無さ過ぎて焦ったっつーんだよ」 言いながら跡部が懐を漁って小さな皮の袋を取り出すと、滝に投げて渡す。 それをにこりと笑みを浮かべて受け取ると、滝は中を覗いて感嘆の声を上げた。 「やるねー、さすが跡部。 イイとこ突いてきたじゃないか」 「当然だろ。 もっと時間があれば、もう少し稼げたんだがな」 「ちょ、ちょっと待てよ。 俺らにも解るように説明しろよ!」 何の話をしているのか理解できない宍戸が2人に詰め寄る。 百聞は一見に如かずとばかりに滝は宍戸へとその皮の袋を手渡した。 中を覗き込んで、ひとつ取り出して、呟く。 「………宝、石?」 跡部が国王として城に留まっている間、彼は見回りの兵士の目を掻い潜って、 主に自身が身に付けるような装飾品になってしまったのだが、それなりに価値の ありそうな宝石類を盗んでいた。 宝物庫にも一度だけ忍び込めたが、やはり見回りの来る時間を考えると余り 長居はできなくて、なるべく質の良いものを…と選別していると数は 盗れなかったようだ。 本来ならば一週間ぐらいを考えていたのだが、宍戸の来訪により結局は 3日間しか時間は取れなかったのだが、最終的にはまずまずの戦果といった ところだろう。 大きな街でこの宝石を売り捌けば、結構な額になる筈だ。 「マジで焦ったっつぅの。 忍足が抜けるとか言いやがるからよ、何とかして戻んねぇとってな」 「………王になることを引き受けたのも、最初から…?」 「ああ。コレが目的だよ」 宍戸の言葉に滝が頷いて肯定する。 「なんや跡部、引き止めてくれる気あったんや…」 「だからこうやって戻って来たんじゃねぇか、バーカ」 「けどよ、なんで俺らには何も言わなかったんだよ!?」 「だって」 滝が跡部に目配せをして、苦笑を浮かべた。 「宍戸はすぐに顔に出るだろう? それに勇者辞めて王になりますって言う跡部を、笑顔でどうぞーって 送り出すのも変だしね。 本気で怒ってくれる人も必要だったってわけ」 「………じゃあ、忍足はどうなんだよ」 「うーん…俺達の勝手な意見で悪いんだけどね、魔法の玉を手に入れるために 不法侵入するのも嫌がった忍足だからさ、話せば絶対に反対すると思ったんだ」 ごめんね、と言って手を合わせる滝の隣で跡部が大仰に肩を竦めて見せる。 「全く、綺麗事だけで旅はできねぇよな。 長旅になるなら何かと入り用にもなっちまう。 時には汚ぇ事だってしなきゃならねぇんだよ。 ま、冠を取り戻してやった礼金ってトコロで良いじゃねぇの。 ……けど、まぁ、国王なんて体験もなかなかできるモンじゃねぇからな、 それなりに有意義だったぜ?」 悪びれも無く言う跡部に忍足が思わず苦笑を浮かべる。 しでかした事は決して褒められることではないけれど、今回は目を瞑ってやろう。 「で、どうやったん?国王やった感想は?」 「アーン?俺様は一国の主なんかで収まる人間じゃねぇんだよ。 もっと大きな事を成し遂げる為に、今こうやってんだろ? 小せぇ事なんかにゃ興味ねぇよ」 「………国王になる事を小せぇって言うか………?」 思わず笑ってしまった忍足とは対照的に、宍戸は呆れ顔だ。 なのに跡部は至極当然のように小せぇだろ?ともう一度言う。 「で、世界を救おうって事は、それなんかよりずっと大きい事だ。違うか?」 強く言い切る跡部の視線は忍足に向いている。 まるで彼にそう言い聞かせるかのように。 「俺は、他にもあちこちに存在する『国王』なんかより、たった一人の 『本物の勇者』になるんだよ。 ……文句あるか?」 そう言われて、忍足はくすりと小さく笑みを零した。 跡部の意志はとても強い。 今はまだ、彼と共に前へ進んで行くのが良いだろう、と判断する。 いや、本当はそうではなくて。 彼と一緒に行きたいと、不覚にもそう思ってしまったのだ。 「文句なんか……あるわけないやん。 ほな先に進もうや、勇者さま?」 「ああ………と、その前に、」 「どないしたん?」 ふと思い出したように跡部は宍戸の元へ歩み寄ると、その肩をポン、と叩いた。 「いや、この俺様の顔に景気良く一発くれやがった奴が居てな。 結構キいたぜ?なぁ………宍戸?」 「う…ッ」 表情には笑み。だが目はこれっぽっちも笑ってなんかいない。 「解ってんだろうなぁ、3倍返しだぜ?……覚悟しろよ?」 グッと握り拳を作ってそう言う跡部に、宍戸の頬から冷たい汗が一筋流れ落ちた。 合掌。 <NEXT> |