#12 一行、解散の危機が迫る。
1日目は、新しい国王の就任を祝った凱旋が街で行われ、それを宿屋の窓から 眺めていた宍戸が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 2日目は、政務でも行っているのだろうか、彼の姿を見ることは結局一度も 無かった。 そして、3日目。 「ちょ…ちょっと待てよ忍足、……冗談、だろ?」 宿屋の1階で朝食を取っていた時の事。 何気ない口調で忍足は「俺、このパーティーから抜けるわ」と言ったのだ。 先の言葉はそれに対する宍戸の返事だ。 滝もフォークを咥えたままで、眉間に皺を寄せている。 にこりと笑んだ忍足は、冗談で言っているのではないと首を横に振ってみせた。 「冗談なんかやないよ。 やって、いつまでも此処に居ったってしゃあないやん。 跡部も今んトコ戻って来るカンジはせぇへんし…俺は俺で、やるべき事が あるからなぁ」 「やるべき事って……魔王を倒すじゃなくて?」 首を傾げる滝に、そういえば跡部以外には言った事が無かったな、と忍足が こくりと頷いて。 「俺な、探しものをしとるねん。 本物の勇者…なんて言うたらアレなんやけどな、 つまり『魔王を倒すだけの力を持つ者』を捜しとるわけよ。 アリアハンで跡部に誘われて此処に居るけど…結局、このままこの位置で アイツが満足しよるんやったら、所詮その俺が捜しとる相手いうんは 跡部やなかった…ってコトになるしな」 「そんな人間見つけて……どうすんだよ?」 訝しげに訊ねてくる宍戸に、それ以上は秘密だと忍足は唇に人差し指を 持っていった。 「ここから先は、お前らが本当に俺の捜しとる人物やったら、な」 忍足としては、いつまでも此処で時間を潰しているわけにもいかなかった。 彼にとってそれだけ重要なのだ、この『本物の勇者』を捜す事は。 「……いつだよ」 「え?」 「いつ、此処を出るんだ?」 物言いたげな目で見てくる宍戸は、本当に言いたい事を我慢しているように 見て取れた。 少なくとも視線だけで、忍足には伝わってくる。 だからこの2人には申し訳ないなと思う気持ちだってあるのだ。 「……可能なら、今日の昼にでも」 そして、宍戸と滝はもう少し跡部を待ってみてやってくれと言って、忍足は笑む。 自分達が思うのと少し違う、この距離感を滝はほんの少し寂しいなと感じた。 どこかやはり、自分達と忍足の間には、壁がまだ存在しているのだろう。 聞き入れてくれるとは思えないけど、それでも止めてみるか…と滝が口を 開きかけた時。 「もう一日待てねぇか?明日までよ」 先にそう忍足に問い掛けたのは宍戸だった。 行くな、ではなくて、待て、という宍戸を不思議に思ったのだろう、忍足が首を捻る。 もちろん「行くな」と言われれば拒否するつもりでいたのだから。 「…どういう事や?」 「俺が跡部の首に縄つけてでも、絶対に引っ張ってくるからよ」 「そんなん……」 「絶対に連れてくる!だから時間をくれよ……な?」 「………魔法使いなんて、捜せば他にいくらでも居るで? 別に俺以外の奴やったかて……」 眉を下げて困ったように言う忍足に、滝はまだ迷いがあるのだと見て取る。 ならば、もう一押しすれば。 「ね、俺からも頼むよ、忍足」 「滝…」 「忍足はそう言うけどさ、此処まで一緒に来たんじゃないか。 例えキミが何て言ったって、このパーティーの魔法使いは忍足じゃないと、 俺達は嫌だよ。ねぇ宍戸?」 「おーよ!だから頼む忍足、この通り!!」 滝の言葉に強く頷いて拝んでくる宍戸を見遣り、忍足が困ったような吐息を零した。 けれど、彼らがそこまで言うのなら。 「……しゃあないなぁ、あと一日だけ、やで?」 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 夜になると、ロマリアの城門は閉じられる。 そして外からの訪問は一切受け付けられない。 そんな中を、宍戸は果敢にも裏口から侵入という形での訪問を試みた。 本当は普通に昼間訪れようかと考えたのだが、跡部の本心と意志を訊ねるには 第三者の誰か、が居てはまずいと思ったからだ。 叶うならばサシで話をつけたいところ。 だが。 「そこで何をしている!!怪しい奴め!!」 「ってーな!!離せってんだよ!!」 思ったよりも城内の見回りをする兵士が多く、宍戸はあっさりと捕まってしまった。 1対1では自分が素手でも負けはしない自身があったので抵抗を見せていたが、 一人では不都合だなと思った相手が声を上げて仲間の兵士達を呼び集め、全員で 寄って集って宍戸を押さえつけたのだ。 さすがに大の男3人に床へ押さえつけられれば、もう宍戸は身動き一つ取れない。 諦めるものかと声を荒げてそれでも必死に抵抗していると。 「何の騒ぎだ」 ふと、聞き慣れた声音に宍戸が抵抗を止めて顔をそちらに向ける。 自分を押さえていた兵士達にも動揺が走る。 まさかこんな場所に現れるとは思っていなかったからだ。 「こ、国王様…ッ」 「………跡部……!!」 普段と変わらない涼しげな瞳で、跡部は自分を面白そうに眺めている。 今までの旅装束ではなく、高価な装飾品で飾り立てた衣服を完璧に着こなしている その姿が心底気に食わない。 強く歯を食い縛ると、ギリ…と音が鳴った。 「よぉ、庶民の宍戸君。 こんな夜更けに一体何の用だ?」 「…テメーがいつまでもグズグズしてっからよ、迎えに来てやったんだ」 「余計なお世話だ」 「てめぇ…ッ!!」 苛つきが最高潮に達したのか、宍戸が怒りの形相のままで自分を押さえていた 兵士達を振り切る。 一瞬の動揺が隙に繋がったようで、簡単に跡部の懐まで飛び込めた。 その襟元を左手で掴むと、渾身の力を篭めて右の拳でその頬を殴りつける。 さすがに倒れることはなかったが、よろめいた跡部が打たれた頬を押さえ鋭い視線を 宍戸へと向けた。 「……ってぇ……てめぇ、何しやがる」 「いい加減にしろよお前!どこまで俺らを振り回しゃ気が済むんだ!! 何のつもりで、何がしたくてこんなコトやってんのかは知らねーし、 知りたくもねーけどな!! ……もう、忍足は抜けるって言ってるぜ。今は俺らが止めてるけどよ、 ありゃもう時間の問題だ」 「………あァ?」 「いいか、今晩中に戻って来い。リミットは明日だ。 来なけりゃ、本気で俺はテメーを見限るからな!!」 そう言い捨てると、宍戸は裏口を飛び出して行った。 それに慌てて追いかけようとした兵士達を、跡部が手で制する。 「良い。………追わなくて、良い」 宍戸の姿をこの場所で自分の視界に入れた時点で、彼が何をしに来たかは 大体予測がついていた。 そして自分に何を言いに来たのかも。 だが、たったひとつだけ予想外だったのは。 「…………あいつ…ッ」 ギリ、と強く拳を握り締める。 殴られた頬がちりちりと熱く痛んだ。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「どう、宍戸?跡部に会えた?」 宿屋に戻ってきた宍戸を迎えたのは滝だった。 忍足は隣の部屋に居る。 自分達の言うとおり、忍足はもう一日此処に留まってくれる事になったけれど、 どうも一人で居たいようで、夕食が済むと彼は一人で部屋に引っ込んでしまっていた。 「ああ。言うだけは言ってきた。 後はなるようになれ、だな」 「そう……戻って来ると良いんだけど……ね」 開け放たれた大き目の窓に頬杖をつきながら、そう言って滝はぼんやりと夜空を 見上げる。 「3日か……意外と短かったな」 「……?何か言ったか、滝?」 後ろからの宍戸の声にしまったと口を噤む。 運良く彼には聞こえなかったらしい。 不思議そうな表情を見せている宍戸を振り返って、滝がにこりと微笑んだ。 「ううん、何も言ってないよ」 <NEXT> |