#10 一行、シャンパーニの塔に乗り込む。

 

ロマリアから北上し、山間にひっそりと在るカザーブの村にてまず一泊。
翌日、西へ向かい海まで出て、海岸沿いに歩いていくと出てきたのは。
「………灯台なん?」
「どう見ても違うだろ」
「まぁ、どっちみち高いのには変わりないけどね、宍戸?」
「そこで俺に話を振るのって酷くねぇ?」
げんなりとした様子で見上げた宍戸が重い吐息を零すが、もちろん誰も
気にしちゃいない。
いいさ、どーせ俺なんて…といじける約一名を余所に、一行は塔の中に
乗り込んだ。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





場所は変わって、塔の最上階では。
「フフン、苦労して手に入れた甲斐があったってモンだよなー」
手にしていたものを頭の上に乗せ、鏡の前でポーズなんぞ取ってみたり
している男が一人。
その、頭上で燦々と輝くのは黄金に輝く冠。
何を隠そうロマリア王が盗まれたと嘆いていたモノだ。
となれば、彼が犯人であるのは歴然としている。
そのフロアは赤い絨毯が敷かれ、玉座なんかあっちゃったりするのだから、
彼は現在擬似王様ライフを満喫中なのだろうという事は、本人に尋ねなくても
簡単に分かってしまった。
「さーすが俺!よく似合ってんじゃねーの?ん??」
「……やるじゃねぇのよ、よくもまぁこれだけこのフロアをコーディネート
 しやがったじゃねぇか」
「いやぁ、それほどでも〜」
「おおー感心しちまうなー、俺」
「だろ?だしょ??
 もー、もっと褒めちゃって下さいよ〜

 ………って、誰ッッ!!??」

ノせられて散々ノった挙げくに飛び上がらんばかりに驚きを表す男に、
そこにいた勇者様御一行が素敵リアクションだと拍手を贈る。
「うわ!マジでビビったっつーんだよッ!!
 なんだよテメーら不法侵入じゃねーか!!」
「ココはお前の家とちゃうやろが」
「誰も居なかった塔に俺らが最初に住んだんだ!!
 先住権を主張させていただきますッ!!」
「アーン?先住権だぁ?
 てめぇ、そんなモンがこの俺様に通用するとでも思ってんのか?」
「うっわ、すっごい俺様な方がいらっしゃる!今ドキ貴重!!」


  ガン!!


「……殴るぞ、てめぇ」
「殴ってから言わないで下さい……」
「あァん?もう一回殴られてぇか?」
「すいませんごめんなさいもう言いません」
泣きながら謝る男をさすがに不憫と思ったか、忍足がまぁまぁと跡部を押さえた。
「まぁええやん。
 せやけどおかしいな、この塔には確か盗賊が住み着いとるて
 話やったんやけどなぁ」
「ああ、それ俺!俺!!」


「「「「 ウソつけ。 」」」」


「ちょっと!!
 全員で力一杯否定するってどういう事なんだよッ!!」
「だって、どう考えてもオカシイだろ。
 冠被って鏡の前で悦ってる奴が盗賊ですーなんて言われても、
 ちょっと信用できねーよな」
肩を竦めて宍戸が「なぁ?」と周囲に同意を求めていると、少し離れたところから
のんびりした滝の声が聞こえてきた。
「ねぇ宍戸ー、ちょっとこっち来てみてよー」
「……俺?」
聞こえた声にどこに居るかと見回すが、不思議と滝の姿が見えない。
「ドコにいんだよ?」
「こっちこっちー、」
言いつつ滝が、玉座の後ろからひょこりと顔を覗かせる。
あ、と声を上げたのは男だった。
「こっちだよ」
「ったくー、何だってんだよ」
「あーー!!ダメ!!そっちダメーー!!!」
男が叫ぶがもちろん誰も聞き入れちゃくれない。
跡部と忍足も何事かとついて行って。



「ギャーーーーーーー!!!!!」



先を歩いていた宍戸が、絶叫を上げた。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「おー、絶景かな絶景かな」

玉座の向こうはまだ改装されていない『元のまま』の姿が晒されていて、
過去何かの折に崩れてしまったのだろうか、壁の一部がごっそりと落ちて
しまっている。
そこから見える景色に忍足が声を上げる横で、ずりずりと尻餅をついたままの
宍戸が、ゆっくりとそこから離れていった。
「た、滝、お前って、ひでー…」
「あはははは。
 宍戸も充分素敵リアクションだよね」
「笑うトコじゃねーんだよ、そこは!!」
「うわぁ…見てみぃや跡部、この玉座ハリボテやで?」
「中途半端なコトしやがって」
コンコンとベニヤ板造りのそれを指先で叩きながら言う忍足に、跡部が小さく
舌打ちをしてその玉座を蹴り飛ばした。
簡単にバランスを崩したその玉座は前のめりに倒れて、その向こうには
言わずもがな盗っ人の彼が。
「ぎゃあああああ!!
 こっちに倒すなバカーーーー!!!」
「「 あ。 」」


  めり。


「……潰れたかな」
「別に潰してもいいけどよ、冠は壊すとマズイかもしれねーなぁ」
眺めていた滝と宍戸が、顔を見合わせて揃ってご愁傷様と手を合わせた。










と、そこへ。
「テメーら!!そこで何してやがる!!」
怒声を上げて3人の男が駆け込んできた。
倒れたベニヤ板の上に仁王立ちをしていた跡部がそこから降りると、もう一度
元玉座のつもりだったらしいものを蹴り飛ばして、その下で目を回している
男を指差した。
「コイツ、てめぇらの仲間かよ?」
「ああッ!!ミチル!!」
「へぇ、コイツ、ミチルってのか。
 ……まぁ名前なんかどうだっていいけどよ、」
仲間達に助け起こされている彼へと近付いて跡部がじと、と睨みつけた。
「さて、その冠を渡してもらおうか」
「………なんだ、アンタも同業者かよ」
「一緒にするんじゃねぇ!!」
ぼそりと呟かれた言葉に青筋立てて怒りを表した跡部がミチルを足蹴に
している様は、ハッキリ言って盗賊よりもタチが悪い。
「ロマリアの国王に頼まれたんだよ。
 どっかのバカに冠を盗まれたから、取り返して来てくれってよ。
 ……ったく、どうしてこの俺様がこんなくだらねぇ事に付き合ってやらなきゃ
 ならねぇんだ?あァ!?」
「あ、跡部、跡部、コイツらホンマにビビっとるから、もうちょっと優しゅう
 言うたりや、なぁ?」
苛つきを隠さない表情の跡部に、盗賊達が手を取り合ってぷるぷる震えている姿は、
見ていて情けないがちょっと可哀想にも思う。
なので思わず口を挟んだ忍足だが、その直後にそれを後悔する事となる。
跡部がギロッと鋭い目つきで睨んできたかと思えば、ずいと忍足に詰め寄って。


「忍足、てめぇ考えてもみろよ。
 国王に随分偉そうな態度で頼み事されてよ、わざわざ遠回りしてこんな辺鄙な
 場所まで来さされたかと思ったら、乗り込んでみりゃ何だよコレ。
 王様ゴッコに付き合ってやるヒマなんてねぇんだよ、俺は!!」


「わ、わかった。わかったから落ち着け!!」
詰め寄られてマシンガンのように文句を並べ立てられ、慣れていない忍足が
為す術も無くあわあわとしていると、漸く腰を抜かしていた宍戸が復活して
仲裁に入ってくれた。
どうやら跡部は跡部で、今回のこの任務については不満が大いにあったらしい。
言うだけ言ってスッキリしたのか、宍戸の言葉にフンと鼻を鳴らしてそこから
離れると、抜き身の剣をミチルに突きつけて言った。
「さて、コントみてぇなくだらない展開はここまでだ。
 大人しくその冠を渡してもらおうじゃねぇの」
一連の事の間に体勢を立て直したミチル及びその仲間3名は、各々剣を
手に構えている。
「渡せと言われてハイそうですか〜なんて渡せるかよ!!
 答えは否!!断固戦ってやるぜ俺達は!!」
「……なら、力ずくしかねぇってわけだな…?」
ニヤリと笑みを浮かべる跡部に、ミチルが剣を振り上げ突っ込んでいく。
「堂本、鈴木、田代!!
 俺達の銀華魂、見せてやろうぜ!!」


「「「 おうッ!! 」」」


ミチルの上げた声に、意気揚揚と答えるその仲間達。
余裕の笑みを見せたまま挑発的な視線を投げる跡部に、すっかり傍観者と
なってしまっている勇者の仲間3名。
「やっぱりどう見たって跡部のが悪役くさいやんな……」
「シッ!!忍足聞こえるだろ!!」
「せやけど、銀華魂って何やねんな」
「ああ、カザーブの村で聞いたんだけど、ここに住み着いてる盗賊団、
 『銀華団』って名乗ってるんだって」
「……詳しいな、滝」
「街や村での聞き込みは基本だからね」



勝負は一瞬で終わった。










「お前ら弱いなー…」
「…あの人が強すぎるんでしょっ」
「口答えするんはこの口なんか?あァ?」
「ふ、ふいまふぇん……」
「ほな、お前らはロマリアの役人に引き渡させてもらうわな」
にっこり笑みながら忍足が懐からロープを取り出す。
もちろん逃げ出さないようにこれで縛るのだ。
ちなみにミチルの被っていた冠は、今は跡部が取り上げている。
「ほなミチルちゃんやったっけ?
 これも運の尽きやしな。悪う思わんとってや」
今まさに縛り上げようとしていたところに、何を思ったかミチルが
大声を張り上げた。
「ちょ、ちょーっとタイムーー!!!」
「な、何やの、」
「ちょっと腹痛いんで……トイレ行ってきてイイっすか!?」
へへへ、と笑いながら立ち上がって、ミチルはフロアの階段を指差した。
「ココ、トイレ1階にしかないのが不便なんスよねー。
 すぐ戻ってきますんで!!」
したっと手を挙げてそう言うと、そそくさとミチルは階段を降りていく。
それに仲間達も「俺も…」「あ、実は俺も」と言いながら次々と彼の後を
追っていく。
「………何やアレ」
「さぁ……」
「集団食中毒か?」
「っていうかさぁ、」
訝しげに見送る3人に、にこにこと笑みを浮かべながら滝が、まるで止めを
刺すかのように口を開いた。



「…………逃げたんじゃない?」



呆然とすること、暫し。



「「「 しまったーーーーーー!!! 」」」



相変わらずツメの甘い勇者様御一行の絶叫が塔内に響き渡ったのだった。







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