#8 一行、旅の扉を潜る。
怒り狂う跡部を宥めつつ、一行は再び旅の扉がある洞窟までやってきた。 今度は流石にこの場所にオジイの姿は見えず、漸くあの老人もお役御免 なのだろうと、そこに立つ誰もが思っただろう。 結局、最初から持っていたらしい鍵も魔法の玉も、最初この場で出会った時に 渡してくれていればもっと話は早く進んだのだろうが、とりあえずそれは 言わないようにしておこう。 どんな祟りがあるか解ったものではない。 景気の良い爆発音が洞窟内に響き渡り、『封印』と称されていた壁は崩れ落ちた。 「しっかし、ここまで来るまでにえらい時間がかかっちまったなー」 「何もかもあの妖怪の責任だ」 「まぁまぁ、良いじゃないの。 とりあえずこうやって前に進めるんだからさ、ね?」 「滝ちゃん……あんたってトコトンまで前向きやなぁ…」 口々に言葉を交わしつつ、先にある階段を更に地下へと下って行く。 誰も、思わなかったのだ。 この先に広がっているのが迷路のように大きな洞窟だった、なんて。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ とりあえず、迷路にはとことんまで迷っておいた。 落盤も少しぐらい遭遇した。 落とし穴にもちょっぴり落ちておいた。 何故か無意味極まりない分かれ道も、しっかりハズレを引いておいた。 「くっそ……もう恐いモンなんてねーな」 「どうして旅の扉がこんな洞窟の奥底の方にあるのさぁ〜…」 「……ひょっとして、だからこそ寂れちまったんじゃねぇのか…?」 「あー、なんか有り得るなぁ、それ」 辟易した表情を浮かべながら、時折現われるモンスターをしまいには眼力のみで 追い払い(そんな事ができるのは跡部ぐらいのものだが)、間違えた分かれ道を 引き返してもう一方へと歩みを進める。 鍵のかかっている大扉も、便利なもので盗賊の作ったと言われる鍵はすんなりと 開錠してしまった。 ふと、気流が変わった事に気付いた忍足が顔を上げる。 「ん…?近いみたいやで?」 「やっとかよ……」 「そういえば、旅の扉って初めて見るよー」 「ああ、俺達もだよな。な、跡部?」 「おう、そうだな」 「………てコトは、や」 訝しげに表情を歪めた忍足が、ぽつりと呟く。 「もしかして……潜った先は何処なんかって、誰も知らへんの…?」 沈黙が一同を包む。 そういえば考えた事も無かった。 「聞いた事あったっけか?」 宍戸が首を捻れば、 「ううん、俺が師範から聞いたのは、島の外に出られるってだけで…」 首を横に振りつつ滝が答える。 そして当の勇者様は。 「俺様が知るわけねぇだろ?」 ふんぞり返ってそうのたまったものだから、忍足は本気で頭痛がしてきた。 辿り着く先は何処なのか、どんな人が、敵が現われるのかも解らない。 「不安や……めっちゃ不安や…」 戦慄く忍足を余所に、3人は平然とした表情で先へ先へと歩いていく。 一人、眉を顰めてブツブツ言いつつついて来る忍足に、跡部が。 「何が起こるか解らねぇのって、ちょっと楽しくねぇか?」 ここで「楽しないわ!」なんて答えようものなら、勇者様のご機嫌メーターが 下がってしまうので、そこは当然「そうやね」という言葉と愛想笑いでお茶を 濁しておいて。 「この勇者、ほんまムチャクチャやわ……」 重い吐息と共に吐き出された言葉は、跡部に届かないようにこっそりと響いていた。 『旅の扉』と呼ばれているのだから、てっきりソレっぽく扉があるのかと、 特に宍戸なんかはそんな想像をしていたのだが、もっと異色なカタチでそれは 存在していた。 石造りの台座の上で、大量の気がゆっくりと渦を巻いている。 この場所の手前で忍足が感じた気流は全てこの場所に集まっていた。 「……何これ……吸い込まれそう…」 「これが旅の扉なのか…?」 気流は目に見えるものではないけれど、これだけ大量のものになってしまえば さすがに全員が理解できるようだった。 気流はゆっくりと中心へ向かって動いている。 本当にこれに飛び込めば良いのだろうか? 尻込みする仲間達を置いて、跡部の決断は早かった。 「行くしかねぇだろ?」 穴に落っこちながらここまで来たんだからよ、と呟きながら階段を上り、 台座の縁に立つ。 上から見下ろす渦の動きはもっと速く、深く昏く見える。 くるりと登ってきた方を見れば、困惑した表情のまま立ち尽くす仲間が目に入って、 思わず笑みが零れ出た。 「何やってんだよお前ら、先行くぜ?」 「え、ちょ、跡部!!おま…ッ」 「じゃあな」 宍戸が何か言おうとするその前に、跡部は迷う事無く渦の中へと飛び込んでいった。 「アイツ……マジで行きやがった……!!」 「やるねー」 宍戸がしかめっ面で言い、滝は口笛を吹いてみせ、忍足はガシガシと髪を掻きながら 小さく舌打ちを零す。 「……全く、怖いもの知らずやんなぁ」 ひょいひょいと軽い足取りで石段を上り、巨大な渦を見下ろすと、ゴクリ…と 喉が鳴った。 「ほんま……肝っ玉だけは据わっとるみたいやんか。……けど、」 勝気な笑みを、表情に乗せて。 「それでこそ、跡部や。」 ふっと2人の視界から忍足の姿が消え、彼も渦に身を任せたことを知る。 残った宍戸と滝も顔を見合わせるとうんと頷き合い、台座に向かった。 旅に出る時に、色んな覚悟はした筈だ。 跡部に振り回される事も、危険な目に合う事も。 必要なのは、勇気と根性。 「じゃ、行ってみようか、宍戸?」 「おー。あんまり遅れてっと、後で跡部や忍足に何言われるかわかんねーし」 並んで台座の縁に立ち、発する2人の声は同時だった。 「「せぇの、」」 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 遠心力で強く身体を振り回される感覚がするのを堪えて、足場がしっかり 馴染むのを待つ。 気を抜けば酔いそうになるソレを目を閉じてやり過ごしていたら、聞き慣れた声が 思ったよりも近くでした。 「忍足」 「………んぁ? なに、もう着いたん…?」 うっすらと目を開けると前にはこれまた見慣れた顔があって、同じ場所に 来れたという安堵感が、忍足の表情に僅かな笑みを宿らせた。 一歩足を前に踏み出すと、くらりと目の前が歪んで前のめりにつんのめる。 「ぉわッ、」 「危ね…っ!!」 「うわー……アカン、俺、これめっちゃ苦手や……」 寸でのところで跡部に支えられた忍足が、そのままその場にしゃがみ込む。 頭の芯がぐらぐらと揺れ、うっかりすれば吐き気も伴う不快感に、忍足が 膝を抱えて蹲ったまま大きく嘆いた。 「何だよ、酔ったのか?」 「ああー……うん、そんな感じやな。 まぁ、ちょっとゆっくりしとったら、じきに治ると思うけどな」 自分に目線を合わせるように膝をついた跡部に弱々しく笑みを返すと、くしゃりと 大きめの掌が黒髪を掻き混ぜてきた。 自分に気遣うようにされるそれが少し居心地悪く、何か話題が無いかと考えて 忍足がぽつりと口を開いた。 「せやけど、ビックリしたわ」 「アーン?何がだよ」 「お前がわき目も振らずに真っ直ぐ飛び込んでいきよったから」 「問題あったか?」 「問題は無いねんけど…なんや、もうちょっと怪しんでみるとかせぇへんもん なんかな、普通は?」 「んだよ、俺は普通じゃねぇって言いたいのか?」 「そんなコト言うてへんがな。ほんま性格曲がってんなぁ」 「るせぇよ」 呆れたような忍足の言葉に、跡部の拳骨がゴツリと頭へぶつかってきた。 そうじゃなくて、言いたいのは。 「……忌み嫌っとるヒトの言葉と違たんか?」 だから、ちょっとぐらい疑ってみたりするものでは無いのだろうか? 実際、洞窟の入り口に向かうまでは散々疑いの言葉を宍戸と投げ合っていた というのに。 跡部も見た事の無いという旅の扉の姿に、彼自身は少しの疑問も抱かなかった というのだろうか。 けれど、跡部から返ってきた言葉は、忍足の想像とは少し違うものだった。 「あのジジィは、嘘を言わねぇ」 思わずきょとんとした目で、上目遣いに忍足が彼を見上げる。 「……嘘を言わんて、俺ら散々あっちこっち振り回されたやん?」 「単に必要な事すら言わねぇんだよ、あのジジィ。 だから俺らが勝手に想像して動いて、結局カラ回りするんだ。 あのクソジジィは、それを見て楽しんでるから嫌いなんだよ」 俺よりも性格悪いんじゃねぇの?と不機嫌色を濃くした表情で呟く跡部が、 くすくすと笑いを零す忍足に怪訝そうな目を向けた。 「…どうしたよ?」 「んん?いやー……なんちゅーか、一応、信用したってんねんなーと」 「でなきゃ、あの滝がジジィを尊敬してるワケねぇだろ?」 「あ、それも一理あんな」 言って笑い合っていると、噂が呼んだか滝と宍戸の姿が現われる。 彼らも覚悟を決めて飛び込んできたようだ。 それを見止めた跡部が立ち上がって、2人の傍へと歩み寄った。 「てめぇら、随分時間かかってたじゃねぇのよ。 ビビってたんじゃねぇのか?アーン?」 「うるせーよ跡部!! てめーが考えナシにさくさく先に進むからだろーが!!」 「はいはい、跡部は喧嘩を売らないの、宍戸はいちいち買わないの!!」 仲裁に入る滝に、唸りあう2匹の犬がフンッとお互いそっぽ向いた。 それを少し離れたところで座り込んだまま眺めていた忍足の顔が、ほろりと綻んで。 「……ま、少しは見直した、やろか?」 聞こえないように、小さく囁いたのだった。 <NEXT> |