#7 一行、オジイの恐ろしさを思い知る。
レーベの村の外れにある、小ぢんまりとした建物。 そこが、魔法の玉を所有している者の住居だった。 ドアの前に立って、滝がそれを指差した。 「此処なんだよね、魔法の玉を持ってる人が住んでる家」 「やっぱりまだ留守なんだろーな」 「まぁ、その為に鍵を手に入れたんだから、イイんじゃねぇ?」 「おとん、おかん、俺は今日から窃盗団の一味や……堪忍してなぁ」 「ちょっと忍足!人聞きの悪いコト言わないでくれる?」 「やってほんまのコトやんか」 念の為にドアをもう一度ノックしてみたが、反応は無い。 という事は、この家の主はまだ戻っていないというコトだ。 「うるせぇよ忍足、これから世界を救ってやろうっていうヤツが、 こんなみみっちい事で嘆いてんじゃねぇ」 「何やて!? そんなみみっちい事をこれからしようっちゅうんはドコのどいつやねん!?」 「わかった、わかったからそうケンカ腰になんなよ、お前らは…」 慌てて仲介に入る宍戸をチラリと見遣って苦笑すると、滝は持っていた鍵を ドアノブに差し込んだ。 それはカチリと可愛らしい音を立てて錠を外す。 「へぇ、ホントに開くんだな」 「やるねー」 感心したように声を上げる跡部と滝は、「失礼しまーす」と一応声をかけつつ その扉を開いた。 中は明かりがついていないが、今は昼間、窓から太陽の日差しが差し込んでいて、 視界に困る事は無い。 1階はキッチンとダイニング、それから部屋の端の方に2階へと上がる 階段が見えた。 「うーん、どこにあるか解らないから、1階と2階で別れて探そうよ。 その方が手っ取り早いでしょ?」 「そうだな」 言いながらテキパキと家捜しを始める滝はもう、どこからどう見ても盗賊の ようにしか見えない。 もしかして実はそうなんじゃ…なんてちょっぴり忍足は思ってしまったが、言えば 怒られそうなので黙っておくことにする。 さてどうしたものかと考えていると、後ろから腕を引っ張られた。 「な、何?」 「てめぇと俺は2階だ、さっさと済ませるぞ」 跡部がそう言って忍足の腕を取り真っ直ぐ階段を上がる。 まるで自分の家のように動く様に反して跡部の表情はどこか苦いものが 混じっているあたり、多少の後ろめたさは感じているようだ。 思わず苦笑を見せた忍足も、漸く気持ちを切り替える。 とにかくココは必要なものを早く見つけてさっさと逃げるに限るだろう。 できるだけ足音を忍ばせて階段を上り、だが2階に人が居ないとも限らないので 気配に全神経を研ぎ澄ませながら、2階の部屋のドアの前に立った。 「……だ、誰も居らへんよなぁ……?」 「多分な。 気配は感じねぇが油断はするなよ?」 「いや、せぇへんけど……なんやまるで、敵でも居るような言い方やん?」 「………チッ、あまりイイ予感がしねぇんだよ」 苦々しく呟く跡部に笑みを零して、忍足がドアのノブにそっと手をかけた。 そこに鍵は無いらしく、簡単にノブが回る。 そっとドアを手前に引いて隙間を開けるようにして、まず中に人が居ないかを 確認して。 バンッ!!! 忍足が勢い良くドアを叩き閉めた。 驚いたのは跡部だ。 「な、何だよ忍足、イキナリ…」 「う、ウソや。ありえへん。なんで?」 内側から開けられないように強くドアを押さえながら、怯えた声を忍足が絞り出す。 「誰か居んのかよ?」 開けようとした跡部の腕を、忍足が強く掴んで止めた。 「い、イヤや!!ちょお待って!! 開けんといてッ!!」 「落ち着けよ忍足、お前何を…」 「なぁ……あん時俺ら、あの人より先に塔出たやんなぁ? それからどこにも寄り道せぇへんと、此処まで来たやんなぁ…?」 「……まさか、」 「その、まさか言うたら……どないする?」 「冗談だろ!?大体ココはあの妖怪の家じゃねぇし、この場所も鍵がちゃんと かかってたじゃねぇか!?」 「せやけど居んねんもん!!ほんまにそこに居んねんもん!!」 もう半分泣きそうになりながら訴えてくる忍足に、盛大に表情を顰めたまま その事実を確認するべく跡部がドアを開けば。 「………遅いんじゃない?」 「ぎゃあああああ!!!!!」 すぐ間近に立っていた妖怪変化に、跡部と忍足が堪らず叫び声を上げた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 本格的に機嫌を損ねている跡部と、何故か心底怯えきっている忍足と、それから 相変わらず座布団に座って揺れているオジイを見て、さすがの滝も閉口した ようだった。 2人の叫びを聞いて駆けつけてきた宍戸も、神妙な顔で無言のまま 立ち尽くしている。 もう、この際オジイが何故この場所にいるのかとか、どうやって鍵のかかっている 部屋の中に入って来れたのかとかいうのは、思考を割くだけ無駄なので考えない ことにする。 「ええと……もしかして師範、魔法の玉って……」 いい加減頭痛を覚えてきた頭をどうにか静めて、ただ落ち着いた様子で滝は オジイに問う。 するとオジイは懐をごそごそと漁ると、両手にすっぽりと収まる程度の 大きさの玉をひとつ取り出してきた。 恐らくはこれが『魔法の玉』なのだろう。 ずいと無言のまま差し出されるそれを受け取ったのは、跡部だ。 「……ジジィ、どうしてコレをアンタが持ってんだ……あァん?」 「預かったのよ」 「誰からだよ」 「………。」 「嘘吐いてんじゃねぇよ」 跡部の問いについと視線を逸らしたオジイに、今にも怒りが爆発しそうな自分を 必死で抑えながら跡部が苛々した口調でツッコミを入れる。 遠巻きながらに眺めている3人も、思い思いにぽつりと漏らしていた。 「…持ってんねやったら、最初から出してくれたらええのんに…」 「ていうかよ、なんで師匠がやたらとモノ持ってんだよ」 「ああ…なんだか、だんだん師範に操られてる気分になってきた」 そんな中、まだ跡部とオジイのバトルは続く。 「本当は、頼まれたんだけどねぇ…」 「この一連のコト全部かよ?」 こくりと首を縦に振るオジイに、もしやと思って跡部が問う。 「…誰にだよ?」 「……王様。」 「てめ…ッ、」 しれっと答えるオジイに、とうとう跡部がキレた。 「てめぇ!!だったら最初から全部知ってやがったんじゃねぇか!! それなのにいちいちこの俺様をあっちへ行かせこっちへ行かせ しやがったのかよ!!」 ゆらりゆらりと揺れていたオジイが、それにふと気付いたように顔を上げ、 「……おもしろかった……?」 なんて言うものだから。 漸く3人は理解した。 跡部が火なら、オジイは油だ。 それは注げば注ぐだけ、燃え上がって周囲にまで火の粉を撒き散らすだろう。 これ以上関わらせてはいけないと判断したのは3人同時だった。 「あああ跡部!!いいから!!もういいから!! 早いとこズラかろうぜ!なぁ!!」 「そ、そうやんなぁ、じゃあじーちゃん、俺らはこれで。ほな!!」 「じゃ、師範、色々ありがとうございました!!」 今にも剣を抜いて飛び掛りそうなイキオイで何かを怒鳴り散らしている 跡部の襟首を掴むと、宍戸が大慌てで階段を飛び降りるように駆け下り、 その家を飛び出した。 後に忍足が続き、最後に滝がそれでも一礼を忘れずに3人を追った。 「……元気だねぇ〜……」 残されたのは、ゆらりゆらりと揺れながらのんびりと呟くオジイだけ。 「クソ!あの妖怪変化!! 今度会ったら絶対にブッ殺してやるーーー!!!」 ある昼下がり、レーベの村ではそんな勇者の怒鳴り声が聞こえたとか。 <NEXT> |