#6 跡部、盗賊の鍵を貰う。

 

レーベへ戻り、完全に日が落ちてしまうまでの間に行った情報収集で、
意外と簡単に魔法の玉の在処は聞くことができた。
魔法の玉と言えば聞こえが良いのだが、平たい話が『爆薬』である。
村の外れに住む人が所有しているのだという話なのだが。





「…鍵、かかってるんだよね」
「留守ってコトか」
「そうなるねぇ」
宿で遅めの食事を取りながら、手分けして集めた情報を話し合う。
通りついでにその所有者の宅を訪ねてみた滝だったが、ドアに鍵が
かかっている上に、ノックをしてみても応答無しではお手上げである。
「どうしよっか?
 あんまりこの件で時間を割くわけにもいかないしさ」
「こじ開けるか?」
「そんなん、まるっきり空き巣やん」
「じゃあどうすんだよ」
「……ああ、そうだ、」
フォークを動かす手を止めて、閃いたように声を上げたのは跡部だった。
確かに鍵のかかっている扉を無理矢理こじ開けて押し入るのは性に合わない。
それしか方法が無いとなれば最終的にそうするしかないのかもしれないが、
そうなればこの地域での自分達の評判はガタ落ちも良いところだろう。
ならば、鍵があれば良いか?
「聞いた話なんだがよ、ナジミの塔をアジトにしている盗賊が、簡単な鍵なら
 大抵開けちまうっている鍵を作りやがったらしいぜ?
 そいつを頂戴するってぇのは、どうだ?」
元々、窃盗を生業としている盗賊の持ち物なのだ、奪ったって構いやしないだろう。
結局は家主の居ない家に侵入するという事には変わりないのだが、その辺りはもう
目を瞑る以外に無い。
「他に方法が無きゃしょうがないだろうね。
 良いよね、忍足?」
「うーん……まぁ、しゃあないかー…」
滝が訊ねてくるのに少し渋い表情を見せつつも、忍足はその案に頷いてみせた。
どうやらまだこの島国から出ることは叶わないようである。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





ナジミの塔は、丁度アリアハン近郊の海岸から見える離れ小島に聳えている。
さほど高い塔ではなく、登る事も苦では無さそうだ。
どうやって渡るのかは辺りを探検して遊んでいた跡部や宍戸が良く知っていて、
近くにある洞窟から中へと侵入した。
「しっかし……魔王退治とか言う割には、実際やる事は盗賊退治かよ。
 なぁんか、しょーもねぇよなー」
「うるせぇぞ宍戸。
 何事も下積みってのが重要なんだよ」
「うわ、すごいね忍足!遠くまでよく見えるよ!!」
「ほんまや!あれ、昨日居った辺りとちゃうん?」


気分はもう遠足だ。


雑魚モンスターは剣で魔法で簡単に蹴散らして、一行は塔の頂上へと向かう。
何故なのかは簡単だ。
何とかと煙は高いところが好きだから、である。
「お約束やんなぁ。
 まぁ、高いところって見晴らしがええから好きやけど。
 ………あれ?宍戸??」
壁沿いに点在する小窓から外を眺めていた忍足が、ふと気付いて声を上げた。
一人だけ窓からちょっぴり離れたところに居るのが、なんだかとっても不自然だ。
「どないしたん、宍戸」
「い、いや、何でもねーけど?」
「何でも無いてお前、」
「ホントに何でもねーから!」
「………はは〜ん、」
やり取りを眺めていた跡部が、宍戸を見遣ってニヤニヤと笑みを浮かべる。
わかってしまったのだ。
「お前、実はアレだろ?」
「うるせー跡部!何でもねーつってんだろ!!」
「じゃあちょっとこっち来てみろよ。アーン?」
「ぎゃああああ!!!!!」
無理矢理腕を引っ張って窓に近づけると、情けなくも宍戸が絶叫を上げる。
どう考えても身体が通らないサイズなのは明確なのに、危ねー!落ちる!!とか
叫んでいるから筋金入りだ。
「………高いトコ、アカンかったんやねぇ…」
「コイツ、こんなでこれから先どうすんだよ」
やれやれと吐息を零す忍足に、呆れた表情で跡部が舌打ちを漏らす。
と、先を歩んでいた滝が角を曲がって、声を上げた。



「うわぁ〜!!すっごいよ!!ちょっと来てみなよ!!」



声に感嘆の色が混じっていて、興味を持った跡部が小走りに向かう。
そこで見たものは視界一杯に広がる、空だった。
要するに、外壁が無い。
「………宍戸のヤツ、ショック死するんじゃねぇか…?」
思わず苦笑いを浮かべて跡部が後ろを振り向けば、既に宍戸はへっぴり腰で
その場から動けずに居る。
背中をゆっくりと押してやる忍足が、本気で困っているのが見て取れた。
「ほら宍戸、ゆっくりでええからな、ゆっくり前に進んでみ?」
「い、イヤだ、ぜってー死ぬって、落ちるって」
「落ちへんって。
 俺が後ろから支えといたるし」
「うわ、イヤだ、押すなって、やめろって、俺ココで待ってるからパパっと
 行ってきてくれよ、な?」
「お前むちゃくちゃ言いなや。
 ホラ、シャキっとせんかい」
「ムリ、ぜってームリ!!」
ひたすら無理を連呼する宍戸に頭を抱えそうになりながら、忍足が
途方に暮れた声を出す。
「ちょお、助けたってー」
「助けるったってよ……」
「ねぇ?」
忍足の言葉に、跡部と滝が顔を見合わせて苦笑を浮かべる。



このまま見てる方が楽しいなんて、宍戸の前では口が裂けても言えないだろう?





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





なんとか宍戸にとっての難関をクリアした(最終的には跡部が無理矢理引っ張った)
一行は、上の階へと続く階段の前で立ち止まった。
そう広くない階段の先に、青空が見える。この先が頂上なのだろう。
という事は、そこに盗賊が居るという事だ。
「奇襲?」
「妥当だな」
「階段やし、剣やと分が悪いやろ?
 ほんなら俺が魔法で先制打とか」
「そりゃイイ。決まりだな」
こそこそと簡易作戦会議を開いて方向性を定めると、忍足がこそりと階段を登る。
上の階に出る手前で足を止めて、掌を上へ向けた。
口の中で小さく呪文を唱えるとそこに朱い光球が生まれる。
後に続くつもりで剣の柄に手をかけた跡部にそっと目配せをすると、こくりと頷く
蒼い瞳とぶつかって、忍足が口元に緩く笑みを浮かべた。
奇襲作戦の決行だ。
忍足が勢いをつけて上の階へと踊り出ると、掌を人影のある方へと狙いを定めて。



「悪う思わんといてな!喰らっと………うわわわわッ!!??」



大きく目を瞠った忍足が、掌から迸る炎の球を大慌てで真上に向けた。
何故か塔の中だというのに座布団を敷いて、ちょこりと正座をしているその人は、
昨日、旅の扉のところで会った、あの人に違いない。
「ちょちょちょちょお!じーちゃん!!
 そこで何やっとんやッ!?」
しかも呑気に茶など啜っている。
一体それは何処から持って来たというのか。
「チッ!また出やがったか妖怪変化ッ!!
 今日という今日こそ成敗してやるぜッ!!」
逆に戦う気満々で出てきた跡部の襟首を、宍戸が慌てて掴んだ。
「ちょ、師匠!!どうしてこんな所に……!!」
オジイは相変わらずゆらりゆらりと揺れたままで、ごそごそと胸元を漁ったかと思うと、
首に掛けていた細い紐を手繰り出した。
その先にぶら下がっているのは、太陽の光を浴びて鈍い輝きを放っている1本の鍵。
「師範!それ……もしかして、」
滝が近寄ってその鍵を間近に見る。
恐らくこれが、自分達の探しているものなのだろう。
それが何故、今オジイが所有しているのかという事は、この際置いておいて。
何気なく差し出されたそれを受け取って、困惑したままの滝がおずおずと訊ねた。
「頂いて構わないのですか?」
それにオジイがこくりと頷くのを見て、安心したように笑みを見せると滝が
仲間の元へと駆け戻ってきた。
「何だか簡単すぎて拍子抜けしちゃったね。
 ほら、レーベに戻ろう!」
「な、何やねんあのじーさん……めっちゃ謎や…」
「深く考えんなよ忍足、気が狂うぜ?」
「差し当たって、さっき通った壁の無い道をもう一回通らないといけない事の方が、
 宍戸にとっては試練だよねー」
「う………言うな、滝」
登ってきた階段とは別にある扉を手に入れた鍵で開け、一行はぞろぞろとそのフロアを
後にする。
最後に出た忍足が、どうしても気になった事があったので、足を止めてオジイに問うた。



「本来ココに居った筈の盗賊っちゅうのは……どうなったん?」



ゆらりゆらりと揺れているオジイの一挙手一投足を見逃すものかと見守っていると、
オジイはゆっくりと手を首元まで持ち上げる。
ついと指先で動脈辺りを掠める仕草を見て、ぞくりと忍足の背を寒いものが駆け抜けた。







<NEXT>