#5 一行、行く手を阻まれる。
どこに魔王が何いるのか、その所在ははっきりとしていない。 だが、ひとつだけ分かっているのは、今いるこの地には少なくとも存在して いないという事だ。 だからまず初めの目的としては、この島を出なければならない…ということになる。 このアリアハンという城と、歩いて半日ほどの距離があるところにレーベという 小さな村があり、たったそれだけのこの小さな島国から出る方法は、船を持たない 人間にとってはひとつしかない。 離れた場所と場所を繋ぐもの。 それは『旅の扉』と呼ばれている。 最近は旅人もみんな船を利用するようになり、実物を目にする者は少ない。 「レーベからずっと東に行ったところにあるって聞いたコトがあるよ」 翌日の朝、レーベへと続く平原を歩きながらそう言ったのは滝。 「何で滝が知ってんだよ?」 時々ひょこりと姿を現す魔物達を軽く追い払いながら、宍戸がそう言って 首を傾げた。 「うん、前に道場の師範から教えてもらった事があるんだ」 「………あァ?あの耄碌ジジィがかよ。 ハッ、ありえねぇな」 「失礼だよ跡部!」 「やー…でもあのじーさんの言うコトだぜ? マユツバなんじゃねーかなー…」 苦虫を噛み潰したような表情で言う跡部を滝が嗜めるが、宍戸も苦笑を 見せたままで、悪く言うことは無いものの跡部と同じように疑ってかかっている。 「…どんなヒトなん? その師範さんって」 一人知らないでいる忍足が軽くそう疑問を口に乗せたところ、渋い表情で答えたのは 宍戸と跡部だった。 「俺らの剣の師匠なんだけどさ、なんていうか……むしろアレって人間?」 「妖怪でイイんじゃねぇの?」 「うっわ、ヒドッ!!」 「てことは、だいぶお歳のいったヒトなんやなぁ」 「多分、誰もあの人の歳なんて知らねぇと思う。 俺ら生まれた時から変わんねーみたいだしな」 「葵とか天根とかは……あぁ、道場の仲間なんだけどよ、 アイツらはどうも洗脳されたくせぇな」 「洗脳って…」 「ははは、そりゃ言えてる!かなり懐いてるもんなー。 俺らにとっちゃ妖怪変化だけどな」 「なんや……むちゃくちゃやん…」 「あーもういいよいいよこの2人は放っといて、行こう」 はぁ、と吐息を零して呟く忍足の腕を、呆れた顔をした滝が引いた。 「どうせ入門してから1回もオジイに勝ったコトないから僻んでるんだよ」 「ちょっと待て滝。 誰が僻んでるってんだ、アーン?」 「あれ違うのかい跡部? キミが勝ってるところなんて1回も見たこと無いんだけどね」 「あはは、言われてんぜ跡部」 「テメェもだろうが宍戸! テメェなんかジジィどころか俺にすら勝ったコトねぇだろうが、アーン!?」 「な、何でテメーはいつもそう一言余計なんだよ!」 「全く…五十歩百歩だってわかんないのかな、この2人は」 「あはははは」 「笑ってんじゃねぇよ忍足!」 「ああ全くだ。 この中じゃ剣の腕はテメーが一番激弱じゃねーか!」 「………。お前ら燃やしたろか今すぐ」 「「 すいませんでした。 」」 ぎゃあぎゃあと喚きながら、一行はレーベを抜けて東へと向かう。 未だ『オジイ』の妖怪っぷりについて話し合う跡部と宍戸に、とうとう滝は ツッコミを入れるコトすら放棄した。 そしてその2人の話を聞きながら、忍足は。 「ちょっと会うてみたかったなぁ……その人に」 ぽつりと呟いて、跡部と宍戸の2人から魔物と戦う時より真剣な表情で 「止めておけ」と言われたのだった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ レーベの東、険しい山道の麓。 鬱蒼と茂る森の中を進んでいく中で、あ、と宍戸が声を上げた。 「なぁおい、アレじゃねぇ?」 言われるままにその指差している方を見遣ると、その先に見えるのは洞窟だった。 けれどこのあたり、意外と洞窟は多い。 「……実はまた熊の巣やったりせぇへんやろうな…?」 げんなりした表情で言う忍足だったが、偵察だとばかりに走っていった宍戸が表情を 明るくさせて戻ってくるのを見て、どうやらそうでもなさそうだと悟る。 「今回は当たりかもな。 地下に下りる階段があるぜ」 「マジかよ……やっとか」 少しばかり疲れた様子で跡部が吐息を零し、洞窟へと近付いた。 洞窟は自然なもののように見えるのに、地下へと続く石造りの階段は明らかに 人工的なものだ。 だがそれも移動手段として用いられている旅の扉がこの場所にあるというのなら、 あまり不自然だとも思わない。 元より、その階段の先にあるだろう空間から明かりが零れていて、松明を使わなくとも 視界に不自由しないので、この先には必ず人工的な何かがあるのだと確信させられた。 階段を降りた先には、広い空間。 大理石の壁でできたその場所には、明かりをとるための松明が掲げられていた。 ぐるりと見回して、訝しげに宍戸が口を開く。 「何もねーなぁ……やっぱハズレなのか?」 「……そうでも無いと思うで?」 忍足の言葉に宍戸が彼を見遣るが、彼自身は別の違うものを見ている。 それは忍足だけでなく、跡部も、滝も、同じところに目を向けていた。 その視線を追って宍戸が首を巡らして、そして思わず唖然としてしまった。 「な、な、なんで……!?」 「ビックリしたー……全然気配が無かったから」 「え?誰?誰なんこの人?」 気がつけば、その広間には一人の老人が居た。 その人は、きっと固いのであろう床にしっかりと座布団を敷いて正座をしている。 年の頃は……正直、見当がつかない。 思わず「生きてますか?」と問いたくなるような無反応ぶりに、だが身体は 一定のリズムを刻んでゆらりゆらりとちゃんと動いている。 ギリ…と強く歯を食いしばった跡部が、禍々しい言葉を吐き出すかのように、 低く呟いた。 「…ジジィ……!!」 それに忍足が驚いて跡部に視線を投げた。 この人が、さっきまで延々と2人が喋っていた妖怪変化だというのだろうか。 見る限りではどう考えても普通の老人にしか見えないのだが。 「師範、どうしたんですか?こんな所で」 狼狽しまくっている跡部と宍戸を余所に、滝がにこやかな笑みを浮かべて 老人へと近付いた。 特に気にした風も無く、老人はアッサリと答える。 「……散歩。」 嘘つけーー!!という跡部と宍戸のツッコミは、結局胸の中でしか叫ばれなかった。 おおかた迷子にでもなったんだろうなんて思っているあたり、最初から2人は オジイの事を信用していない。 「この場所、以前に師範が仰っていた、旅の扉がある場所ですか?」 滝の問いにオジイはこくりと首を縦に振った。 正直なところ、問いに答えたのか単に揺れているだけなのか微妙なところなのだが。 「でもそれらしいモノなんて何も無いんですけど…」 困ったように滝が言うと、ゆらりゆらりと揺れていたオジイが、ついと指先を 一方の壁へと向けた。 「………壁?」 「向こう側」 「………そ、そんなのどうやって行くんだよ!! 抜け道でもあるってのか!?」 「いやぁ…それらしいモンも、仕掛けとかもあらへんで…?」 壁を調べてた忍足が、宍戸の言葉にそう答えて首を横に振る。 壁はただの壁だ。それは天井まで届いているから、乗り越えることもできない。 どうしたものかと考え込む4人を静かに見ていたオジイが、ぽつりと口を開いた。 「なんでぇ……壁ぇ……壊さないの?」 壊す、という言葉に違和感を覚えたのは滝だった。 「こんなのどうやって壊すんだよ…」 冷たい壁に手を添わせて、途方に暮れたように聳え立つ大理石を見上げる。 と、そこで我慢できないとばかりに声を荒げたのは、跡部だ。 「ジジィ!!テメェいちいちまどろっこしいんだよ!! 何か知ってるならとっとと言えっての!! 大体てめぇは昔から…ッ」 「わああ!!跡部、ストップストップ!!」 今にも殴りかからんばかりの勢いで捲くし立てる跡部を、宍戸が慌てて後ろから 羽交い絞めにして手で口を塞いだ。 いくら妖怪変化と恐れていても、オジイは自分達の師匠だ。 余りの態度の悪さはNGである。 普段の跡部ならそのぐらい言わなくても分かるだろうし、目上の人物にはちゃんと それなりの礼節をもって接している。 オジイに対してそうできないのは、恐らく彼自身がオジイの事を『妖怪変化』と 呼ぶぐらいに恐れているからだろう。 度を過ぎた恐怖は、一転して嫌悪感へと変わってしまう。 そういう事なのだろうと宍戸は思っている。 心底忌み嫌っている相手にも礼節を貫き通せるほど、まだ跡部は大人ではないと いう事だ。 「魔法の玉ぁ……持ってないの?」 「魔法の玉…?」 「何だよ、それ、」 落ち着きを取り戻した跡部が、口を塞ぐ宍戸の手を退かしてオジイに訊ねる。 「もしかして…それがあったら壁、壊せるんか…?」 忍足が静かに問うと、オジイはまたこくりと首を縦に振った。 ならばそれを見つけるしか無いだろう。 問題は、それが何処にあるかだ。 それでも何となくオジイなら知っていそうな気がして、おずおずと滝が訊ねる。 「それって、何処にあるんですか?」 「レーベ」 さらっと答えが返ってきて、がくりと4人は揃って肩を落とした。 どうやら来た道を戻らなければならないらしい。 「うげー…めんどくせーなぁ……」 「チッ……だったら最初から教えとけってんだよ」 「しょうがないね、一旦戻ろうか」 「今日はもう止めやな。 とりあえずレーベに戻って宿探そうや」 「賛成ー」 ぞろぞろと一行はまた階段を地上に向かって上っていく。 宍戸が、跡部が先に行き、最後に滝と忍足が揃ってオジイに向かってぺこりと 頭を下げた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 「なぁ、なんで跡部ってそんなにオジイが嫌いなん?」 「アーン?どうでもいいだろそんな事」 「あ、でも俺も知りてーな。 なんか、お前の嫌い方ハンパじゃねーからな」 「そうだねぇ、跡部がロコツにああまで嫌がるのって、そう無いんじゃない?」 忍足だけでなく宍戸と滝にまで言われて、跡部が小さく舌打ちを漏らした。 あの時の衝撃は、あまり思い出したくも無いのだけれど。 「昔……道場で稽古した後に、あのジジイに挨拶をして……、 俺はまっすぐ寄り道せずに帰ったんだ。何処にも寄らずにだぜ? なのにあのジジィ……何故か俺んちで祖父と呑気に茶ァなんか 啜ってやがってよ。 挙句の果てには『遅いんじゃない?』とまで言いやがったんだぜ!? ……ックソ!今思い出してもムカつくぜ……!!」 「………意外とくだらねーんだな」 「期待して損しちゃったかな。 もっと奇怪な現象期待したんだけどね」 「やー…まぁ、あのお爺さんなら、他にも色々伝説作ってそうやけどなー…」 忌々しげに吐き捨てた跡部だが、周りの反応は意外と冷ややかだったようだ。 <NEXT> |