#4 忍足、仲間になる。
日も西に傾いてきた頃、跡部、宍戸、滝の3人は酒場へとやってきた。 昼間は酒場自体が営業時間外であるから、当たり前といえばそうなる時間である。 早い者は既に酒を、そうでなくても食事はできるので、酒場はそれなりに賑わいを 見せていた。 店に足を踏み入れた宍戸が、あ、と声を上げる。 この場所で姿を見るのは珍しい、3人の友人が居たのだ。 「ジロー!」 宍戸が声を上げると、蒲公英色の頭がくるりと入り口を振り返る。 その顔がにへらとだらしない笑みを見せた。 「あれー?宍戸じゃんか。 跡部も滝もいるんじゃん、どうしたの?」 「そりゃこっちのセリフだよ。 お前こそこんな場所に居るなんて珍しいじゃねーか」 宍戸がジローの言葉にそう返事をしながら、彼が居る一番奥の席まで歩く。 彼は、見たことのない者と一緒だった。 肩あたりまで無造作に伸ばされた漆黒の髪に、掛けている眼鏡が知的な イメージを見せる。 彼の方は旅人なのだろうかと思いつつも、とりあえずジローへと声をかけた。 「ジローの知り合いか?」 「ううん、違うよ〜。 知り合いっていうか…いや知り合い、かな??」 「どっちなんだよ」 「今日知り合ったトコロだからね。 ね?侑ちゃん?」 「そうやな、でもまぁ、知り合いちゃう?」 「うん、じゃあ知り合い」 「なんだよそれ」 呆れ顔で言う宍戸の隣で、跡部はただ言葉も無く立ち尽くす。 視線はずっと、見知らぬ彼に向けられていた。 「お昼前に、宿屋の入り口で寝てた俺を起こしてくれたんだよ。 優しいよね〜」 「いやそれは単に入り口で寝てたんが邪魔やっただけで…」 見当違いな方向で話をしているジローに、苦笑を見せながら彼が答える。 それに滝がペコリと頭を下げた。 「ジローは何処でも寝ちゃうから。 ごめん、迷惑かけたみたいだね」 「気にせんといてや。 なかなか貴重なモン見せてもろたしなぁ」 「貴重?」 「なかなか居らへんで? 宿屋の入り口んトコロに大の字に寝転がってる奴なんてな。 ちなみに俺、ドア開けた時にジロちゃんにぶつけてしもたんやけど、 それでも全然起きへんかったもんなぁ。アレは筋金入りやで」 「うわー……相変わらず恥ずかしい奴だなー…」 「恥ずかしいって何だよ宍戸!失礼だなぁ」 ぷうと頬を膨らませてみせるジローは、その後色々と彼と言葉を交わしている内に、 彼の巧みな話術に嵌ってしまったのだと言った。 もっと彼と話をしていたかったから、今こんな時間に酒場に居たらしい。 「……それで、ちょお聞きたいねんけどな?」 「どうしたの侑ちゃん?」 「さっきから、そっちのキレイなお兄さんが自分にガンくれてきはるんやけど… 一体どないしたんや?」 「あ、」 言われて彼の視線が自分を見て、漸く跡部が気付いたように声を上げた。 ニコリと笑みを見せながら言う彼を見ていて、漸く気が付いた。 どうも、これは。 「テメェ……名前は?」 一目惚れ、というやつらしい。 一瞬キョトンとした視線を向けた彼は、次には肩を震わせて笑い出した。 どうやらツボに入ってしまったようで、テーブルに突っ伏してヒーヒーと 声を上げている。 よっぽどウケたらしい。 とはいえ跡部的には至極真面目に言ったのだから、彼がどうして笑うのか 分からなかった。 一頻り笑った後に、目尻に溜まった涙を指先で拭いながら、ゆっくりと身体を 起こして答える。 「…ほな、月並みやけど言わせてもらうわ。 人に名前を訊ねる時は、まず自分から名乗るモンやで?」 その言葉に、ああそうか、という意味合いで跡部が舌打ちを漏らす。 「俺様は跡部だ。跡部景吾」 「ふぅん……ああ、そうやその名前、勇者様のお子さんやったっけ? 俺は忍足侑士。宜しく」 「へぇ、俺の事を知ってんのか?」 「ここのお姉さんが教えてくれたんや。 跡部っていう勇者の家系がこの街には住んどる、いうてな」 笑んだままで差し出してきた忍足の手を握り返しながら、跡部が問うた。 「お前、旅人なんだよな?」 「せやな。ここに着いたんは一昨日ぐらいの話や」 「魔法は使うのか?」 「一応な。攻撃魔法専門なんやけど、どつき回すより魔法の方が得意やな」 「じゃあよ、俺様の仲間になる気はねぇか?」 「仲間?何すんねん。目的は?」 「世界を救う」 途端、忍足の目に鋭いものが走った。 跡部はすぐに気付いてしまう、それが『嫌悪』であるものだと。 「………アホやろ」 はぁ、と盛大なため息を零して、忍足がガタンと音を立てて椅子を立った。 さっきまでとはうって変わって冷え切った瞳をしていて。 言葉も無く酒場を出ようとしたその背中に、跡部が声をかける。 「信じてねぇってワケか」 「信じる…?ああそうやな、信じられるわけあらへんわな。 アンタらの勇者様ごっこに付き合うてられる程暇とちゃうんよ、俺は」 「な…遊びか何かだと思ってんのかよ!!」 思わず声を荒げて言う宍戸を手で制して、跡部が落ち着きを見せた声で告げる。 「勇者が嫌いなのか」 「違う。軽々しくそんな事口にするお前らの神経疑っとるだけや」 「そんなコトってのは?」 「……お前らに、」 戸口に立った忍足が、口元に薄く笑みを見せる。 どことなくそれが悲しいものに見えたのは、何故だろうか。 「お前らに、『世界』なんて救えへん」 言って、ジローに「またな」とだけ告げると、彼は踵を返して 出て行ってしまった。 憤ったのは宍戸だ。 「何だよアイツ! そんなコト、やってみねーとわかんねーだろ!! ムカつく奴だなー」 「あらら、俺達嫌われちゃったのかなぁ」 「………バーカ。アレはそんなんじゃねぇよ」 困ったように肩を竦めて言う滝に、跡部は今朝国王から受け取った革の袋を 押し付けるようにして、旅に必要だと思われるものを準備しておけと告げると、 忍足の後を追って酒場を出た。 「あーあー、跡部、忍足を仲間にする気まんまんだねー…。 ま、いいや。とりあえず道具屋が閉まっちゃう前に買い物済ませてしまおうか。 行こう宍戸。またね、ジロー」 ジローに手を振って滝が言うと、テーブルに頭を乗せて眠りの体勢を取ったジローが またねぇ〜とやる気の無い声を上げながら緩く手を振り返した。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ この街の地理を、忍足はまだちゃんと理解していなかったようだった。 逃げるように足を進める彼も、さすがに袋小路に入ってしまってはどうにも ならないようで、諦めたようなため息とともにくるりと自分を振り返った。 「…で?勇者の跡部様は、まだ俺に何か用なん?」 「実はひとつ、聞き忘れた事があってよ」 「何?」 「お前の旅の目的だよ。 目的があって旅してるのに、それを引き止めて仲間になれっつうのは、 確かにこっちが失礼だったよな。 それに関しては謝るが、正直それでお前を仲間にする事を諦めたわけでも 無いがな」 「………根性悪いで」 「何とでも言えよ」 忍足の嫌味も笑みで躱して、跡部が一歩、忍足の方へと歩みを進める。 逃がす気は無い、暗にそう視線で訴えかければ、彼は盛大なしかめっ面を 見せてくれた。 「探しものを、しとる」 「何だ?」 「………本物の勇者」 「あン?」 忍足の呟くように返された言葉に、跡部が怪訝そうな視線を向けた。 「本物の勇者…?」 「お前の言うのとはニュアンスが違うで。 俺が捜しとんのは、世界を救えるの力を持つ人間や。 最初から肩書きで持っとるお前のんとは、根本的にモノが違う」 「………なるほどな。 けどそりゃあ、定義の問題だろ? じゃあ俺が本当に世界を救っちまったらどうなんだよ。 肩書きで持ってるモンが、本物になるって事だよな?」 「それは…」 う、と言葉に詰まって忍足が黙る。 彼が言う意味での『勇者』は、一体今世界にどれだけ居ると言うのだろう。 確かに彼の言う通り、肩書きだけの勇者なんて言葉は必要無い。 血統なんかで決まるモノなんかじゃない。 魔王は1人しか居ないけれど、それを倒して世界を平和に導こうと奮起する人間は、 きっと大勢いる事だろう。 その、魔王を倒した人間だけが本物の『勇者』の称号を得られるとするのならば、 これは『勇者』というタイトルの争奪戦だ。 「忍足、もう一回言うぜ?お前は俺様の仲間になれ」 「せやからな、」 尚も己を誘おうとする跡部に、眉を顰めた忍足が反論しようと顔を上げる。 その先でぶつかった、強い瞳。 真っ直ぐ射抜くように見る彼の目が、自信をこめて言った。 「俺が、勇者になってやるよ」 知らない人々も含めた全世界の人間のために世界を救うのは気が進まなかったが、 けれど今目の前に立つ、彼のためならば挑戦してみたって構わない。 世界中の人間の中で一人しか得られないタイトルならば、絶対に奪い取ってみせる。 そう思う事の方が、自分らしいと思えた。 「だから、お前は俺と一緒に来い」 じっと探るように見てくる忍足に、跡部は緩く笑んでみせる。 ふとその視線が和らいで、小さく忍足が苦笑を零した。 「ほんま……なんやそう、強気で出られると敵わんわ……」 この男で諦めるしか無さそうだ。 結果的に自分の捜しているものに繋がってしまうかもしれない。 跡部の言う通り、その可能性は否定できないから。 「わかった、暫く付き合わせてもらうわ。よろしくな」 今度は口元だけでなく目元にも笑みを見せて、忍足がそう告げた。 <NEXT> |