#3 滝、仲間になる。

 

さて、旅に出ることにしたは良いものの、仲間の候補は誰にしたものか。



跡部自身は剣も魔法も素質はあるが、如何せん実力主義の彼は素質云々で
勝負する魔法よりも、修行を積めば積んだだけ己の力になる剣の方が
気に入っていた。
なので結局のところ、魔法の素質はあるもののろくすっぽ覚えようともせず、
宍戸と張り合うように剣の腕ばかりを磨いていたため、現段階で魔法を
使う事はできない。
使えないわけではない、覚えていないだけだという事を本人の名誉の為に
記しておく。



次に宍戸。
彼に魔法の素質は無い。
むしろその才能は剣の方へとベクトルが向けられていて、この先の鍛え方次第では
跡部をも凌ぐかもしれないというのが、彼ら2人に剣を教えていた師の意見である。
まるで剣士である事を決められているかのようで、だからそれに反して魔法と
いうものを使う事ができないのである。
いわゆる【魔法力が無い】という事なのだそうだ。



という事は、自然と集める仲間は決まってくる。
魔法を使える者を捜すのだ。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「やっぱりよ、回復系の魔法を使える奴は必要だよな?」
「ああ、それは俺も思った」
街の通りを2人で歩きながら宍戸がそう提案をすると、跡部もその言葉に
頷いてみせる。
酒場で仲間を募ろうかとも思いはしたが、それは最終手段にする事に決めた。
跡部のクセのある性格では最悪仲間割れするのがオチだろうという、宍戸の
細やかな配慮だったりするのだが、その辺りはどうやら跡部は気付いていない。
「何だろ、医者か?」
「というよりは……神に近い場所に居る者」
「何だよそれ?」
「…なんだテメェ、知らねぇのか?」
それでもこの俺様と肩を並べて修行した人間かよ、という跡部の言葉は軽く流して
宍戸は先を促す。
「つまり、だ。
 医者がする『治療』以外で怪我や病気を治すってのは、いわば奇跡って呼ばれる
 もので、誰かしらの力を使うモンじゃねぇ。
 それを人は『神のご加護』って言うわけだ。
 信心深い奴であればあるほど、様々な『奇跡』を起こしてみせる。
 まぁ結局それが【回復魔法】の謂れになるんだが…それはともかく、神の御許に
 近い者は、死んだ奴も生き返らせたりするらしいから大したモンだと思うぜ?
 仲間に入れるなら、そんな奴の方が何かと助かるだろ?」
そう説明をしていた跡部が、歩みを止めてニヤリと笑みを浮かべた。



「滝を、仲間に誘ってみようかと思う」



彼の言う『滝』とは、街の外れにある教会に身を置いている者で、そこで神官として
手伝いをしていた。
名前を、滝萩之介という。
彼ら2人と滝は、そう古くからというわけではないが、顔馴染の知り合いだった。
そして。
「ま、テメェにとっちゃあ、願っても無い事なんじゃねぇの?」
「な…ッ、ば、馬鹿野郎ッ!!」
宍戸が目下片想い中の相手でもあったりする。
それを知っている跡部は、昔からよくその事で宍戸をからかって遊んでいるのだ。
「アイツは元からこの街に居たわけじゃねぇし、家族が居るわけでもねぇ。
 ……まぁ、他の奴らより動きやすいんじゃねぇかと思うんだがな」
「そうか……仲間に入ってくれるとイイんだけどなー」
「アーン?入るに決まってんだろ?俺様が言うんだぜ?」
「あー、今コレばっかりは本気でお前に期待するぜ…」
そう言葉を交わしながら、足は街外れの教会に向かう。
教会を取り仕切っている神父とも既に顔馴染で、中に入ると普段と同じ穏やかな
笑みで2人を迎え入れた。
「いらっしゃい、今日はどうしましたか?」
「あー…と、滝に用があるんですが」
普段は俺様の跡部も、この初老の神父にだけは頭が上がらないらしく、丁寧に頭を
下げた後にそう言葉を続けた。
「滝は今何処に?」
「ああ、彼なら今、中庭の花壇に水をやってくれていますよ」
「わかりました、行ってみます」
そう答えてもう一度ペコリと頭を下げると、跡部は言われるままに中庭へと向かう。
跡部に習って宍戸も慌てて頭を下げて、急ぎ足で彼を追った。





「やあ、跡部に宍戸じゃないか。いらっしゃい」
「よぉ。ちょっとお前に頼みがあって来たんだがよ、」
「俺に?何だい?」
花壇の中で見事に咲き乱れている花々に水を与えながら、来るなり唐突に
そう言ってきた跡部に気を害する事も無く滝は笑みを見せて続きを促す。
「単刀直入に言う。
 俺達の仲間になれ」
「……は?」
思わず如雨露を傾ける手を止めて、滝がキョトンとした目を跡部に向ける。
「どういう意味?」
「話せば長くなっちまうんだがよ、」
少し困った風に僅かに視線を逸らせると、どう話したものかと頭を悩ませながら、
跡部は重く口を開いた。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





魔王を倒す為に旅に出ることになった、自分と宍戸だけでは魔法の点で難が残るので
滝に同行してほしいと、そう告げられた時の滝の表情はとても複雑だった。
「魔王…?」
「まぁ大概に俺も不本意なんだけどよ、国王直々に頼まれちゃあ、
 断るわけにもいかねぇしな。
 かと言って俺だって死にたくはねぇ。
 それなりに万全の態勢を整えてぇってわけだ」
「うん、まぁ、それはわからない事も無いけどさ…」
弱ったな、と呟いて滝が空を仰いだ。
行きたいかと訊かれれば、行ったって構わないと答えるだろう。
けれど、自分にもこの場所での役目というものがある。
それを放り出して旅に出ます、というわけにもいかない。
迷いは表情に出てしまっていたようで、やたら気まずい空気がその場を流れる。
その空気を壊したのは、穏やかな声だった。



「行ってきなさい」



え、と声を上げて振り返れば、窓辺に肘をかけて中庭を覗く神父の姿。
ナイスフォロー!と内心で親指を立てたのは宍戸だった。
「で、ですが神父様…」
「此処は構いませんよ。折角の機会ですから、世界を見て回っておいでなさい。
 貴方の知らない事がきっと沢山、得られるものだってある筈ですから。
 きっと、貴方にとっての糧になる筈です」
「………はい」
神父の言葉にまだ少し迷いを残す素振りを見せたが、滝はそう大きく頷いた。
そして、くるりと振り向いて。
「じゃあ、そういうわけだから…これから宜しく頼むよ、2人共」
にこりと笑みを見せて、滝はそう言った。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「これは俺の意見なんだけど、」
滝も仲間に引き入れたところで小休止すべく、一旦3人は跡部の屋敷へと
戻ってきた。
少し遅めの昼食を取りながら、滝が今までのいきさつをもう一度聞いて、
そう口を開く。
「跡部としては、仲間はどのぐらい集めるつもりなんだい?」
「そうだな…あまりゾロゾロ居たってしょうがねぇだろ?
 あと一人ぐらいが妥当なところじゃねぇかと考えてるんだがよ」
「そうか。じゃあ、最後の一人は酒場で捜そう」
「酒場?」
元々、知らない人間を仲間にするつもりが無かった2人は訝しげに眉を顰める。
「今この状態だと、この街の外の世界を見ている奴は1人も居ないじゃない?
 それだとやっぱり何かと不都合が出そうだしさ、できれば最後の1人は
 『外から来た人間』の方が良いんじゃないかって思うんだ」
「なるほどな、それは一理あるかもしれねぇ」
「じゃあ、滝としてはどんな奴を捜したいんだ?」
宍戸の問いに、食後のお茶を飲みながら滝がにこりと笑みを見せる。
「魔法使い…かな」
「お前が使えるじゃねぇか?」
「違う違う、俺は回復専門だよ。
 そうじゃなくて、本当の意味で魔法に精通している者。
 欲を言えば攻撃魔法のエキスパートが良いね」
「………そんな奴が居るのかよ」
「だから旅人が集まる酒場で捜すんだよ」
跡部の呟きに苦笑を浮かべて滝が答えた。
剣ではどうしても1対1の戦いになってしまう。
それでは敵が大勢現われたら一体どう戦うべきか?
自分は回復系の魔法しか使えないし、剣の習いもありはするが跡部や宍戸には
遠く及びはしないだろう。
そういう時にやはり頼りになるのは『魔法使い』と呼ばれる者達だ。
実際、滝自身はその魔法使いを見た事が無いし、酒場に行って都合良く見つかるか
どうかもわからない。
けれど、捜すだけの価値がある人間だと思える。
そして滝にはもう一つの思惑があった。
確か、跡部に素質はあった筈。



「魔法使いを仲間にできたら、跡部はその人から魔法を教わるように」



その時の跡部の心底嫌そうな顔といえば、長い付き合いの宍戸もそう何度も見た事が
あるものでもなかっただろう。
「なんで俺様がいちいちそんなモンを覚えなきゃならねぇんだ?」
「馬鹿言っちゃいけないよ、跡部。
 魔力あるクセに『覚えるのが面倒』の一言で魔法を一切使わないっていうのは
 ハッキリ言えば宝の持ち腐れってヤツだろ?
 そんな勿体無い事は許さないよ、俺が仲間に入る限りはね」
笑みを崩さずに滝が言えば、盛大な舌打ちと共に跡部が視線を逸らした。
どうして宍戸はこの食えない男が好きだとか言うのだろうか。
俺様ならお断りだ。という言葉は胸の内だけにして。
「ああ、心配しなくても、簡単な回復魔法ぐらいなら俺が教えてあげるから」



誰も心配なんかしてねぇよ!という言葉は、何とか喉元で堪えておいた。







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