#1 跡部、王様に会う。

 

彼の朝は、幼馴染の罵声から始まった。
「跡部!テメーいつまで寝てやがる気なんだ!!」
それに全く動じることなく彼は眠り続ける。
幼馴染は何度声をかけても起きる素振りを見せないことに苛立ち、
強行手段に出た。
「いい加減に起きろ!!」
怒鳴りながら、その幼馴染は彼をベッドから蹴り落とす。
さすがに目が覚めたのか、彼は打った箇所を擦りながらゆっくりと
身体を起こした。
聞くだけで殺されそうな、不機嫌極まりない低い声で。



「………朝っぱらから喧嘩売ってんのか、宍戸よォ…?」



それに少々怯みはするものの、宍戸も負けてはいない。
「うるせぇ!お前のお袋さんに頼まれたんだよ!
 起こしても起こしても起きねーから、何とかしてくれってよ!」
よもやまさか、今日がどういう日か忘れたわけでは無いだろう。
それだけ大事な日だというのに。
だが、あー…と微妙な声を漏らした彼は、面倒臭そうに頭を掻いた。
「そうか……そうだったな、めんどくせぇ……」
「しょうがねーだろ、跡部の血筋に生まれたのが運の尽き、ってな」
「妙に嬉しそうに言いやがるな、てめぇ…」
「だって俺じゃねーもんな」
ははは、と明るく笑い声を上げながら、宍戸と呼ばれた幼馴染は未だ床に
座り込む跡部へと手を差し出した。
「とっとと支度して、早く城に行って来いよ。
 王様も待ってるぜ」
「………チッ」
心底忌々しそうに舌打ちを漏らしながら、跡部はその差し出された手を
掴んだのだった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





準備を、と言っても特に何かをしなければならないわけではない。
ただ、17歳の誕生日というこの日に、王様から大事な話があると言われて
いただけで、だから実際何の話をされるのかも、多少見当はついてはいても
明確になっていたわけではなかった。
だからというわけでも無いとは思うのだが。



「この世界を魔王が滅ぼそうとしておる!」



そんな事を言われても、正直このオッサン頭大丈夫か?としか思えないわけで、
だが素直にそう言ってしまうわけにもいかないので、はぁ、と曖昧に相槌を
打っておいた。
聞けば、数年前に姿を消した父親は、その魔王とやらを倒しにいった先で命を
落としたらしい。
その話を聞いても、結局自分が物心つくかつかないかというほど昔の話を
持ち出されても、フーンとしか答えようが無かった。
そういえば、跡部の記憶の中に父親の姿は無い。
という事は記憶に残らないほど昔の話なのだろう。



「旅に出たいというお主の言葉、しかと聞き届けた!」



いやちょっと待て魔王を倒しに行くなんてコレっぽっちも言ってねぇ。
そう出かかった言葉は、何とか寸前で呑み込んだ。
確かに以前から宍戸と外に出たいと話す事が何度もあった。
だがそれは、お互い剣の腕を試すためのものであり、さすがに魔王を倒しに行く
なんてものはスケールが違いすぎる。
できないとは言わないし無理だとも思ってはいないが、正直やりたいわけでもないし、
何より荷が重い。
言わば全世界の人々の命がかかっているのだ。
そんな邪魔臭い事をやりたい人間が何処にいるだろうか?
しかし既にアリアハン王の決意は固く、何を言っても聞き入れてくれそうにない。



「ルイーダの酒場で仲間を集め、これで装備を整えるが良かろう」



言って王様がくれたのは麻で出来た袋。
少々大きめのものだろうそれは、王の言葉を聞く限りでは装備品の類が入って
いるようだ。
「さぁ、行くが良い、跡部の血を引く者よ!」
なんて自分で言って悦に入っている王を見遣って、内心で跡部は重苦しい
吐息を零した。



面倒な事になりそうだ。







<NEXT>