夜半に、目が覚めてしまった。
寝ようとは試みるのだが、一向に眠気は訪れてもらえず
何度も寝返りをうつのみであった。
散歩でもすれば、少しは紛れるだろうか。
そう思い、夜着のまま。

 

 

 

<声>

 

 

 

 

張コウが表に出ると、辺りはしんと静まり返っていた。
恐らくは、今時分に起きている人間など、己と見回りの人間だけだろう。
裏庭に入ると、むしろ誰の存在も感じなくて、この世界には自分しか居ないように
思われて、少し心が弾んだ。
こんな空気も悪くない、と。
見上げると、冴えた空に三日月。
「美しいですねぇ……」
うっとりと目を細めて、張コウは飽きる事無くただ月を眺めている。
そこに、唐突に聞こえてきた、音。
「………声?」
辺りを見回すが、ここには誰の存在も感じない。
だが確かに、声は音楽を乗せて張コウの耳に届いてきた。
「歌……ですね」
目を閉じて、ゆっくり聴いてみる。
決して上手いわけではないのに、どこか自分の心に響いてきた。
「どなたでしょうか」
朗々と、且つ緩やかに、ゆったりと聞こえてくる歌声。
捜してみよう、と思った。
この歌を奏でているひとを、見つけたいと思った。
耳を澄まして、この声がどこから聞こえてきているのかを探る。
大体の目星をつけると、張コウは奥に向かって歩き出した。

 

 

 

 

裏庭の更に奥に、池がある。
そのほとりに腰を降ろして、ただ出るままに声を紡ぐ。
眠れなかっただけだった。
散歩がてらにあちこちうろついて、ここに辿り着いた。
外で歌を唄うだなんて今まで考えもしなかったが、
今は出てくるままに、音を紡ごうと思った。
こんな夜半、しかもこんな奥まった場所では、誰も聞いては
いないだろうとか思ったわけで。
だがそれは、彼の予想を反する事であった。

 

「……徐晃殿!?」

 

草を踏む音と、驚いたような、声。
びくりと肩を竦ませて徐晃は驚いて振り向いた。
「あ……張コウ…殿?」
「ああ、驚いた……誰が唄っているのかと思って……。
 邪魔してしまいましたか」
「……いえ、そういうワケでは…。少し驚いただけです」
苦笑を浮かべて徐晃が答える。
ゆっくりと近付いて、張コウは徐晃の隣に座った。
「徐晃殿の歌、初めて聞いたものですから。私も驚きましたよ」
「はは……人様にお聞かせする程のものでもありませんからな」
「そうですか?」
首を傾げて、張コウは微笑んだ。
「私は、もっと聴きたいと思いました」
「…………」
その言葉が意外だったのか、徐晃が軽く目を見開いて絶句する。
不思議そうに張コウが顔を覗きこむと、瞬間に徐晃の頬が朱に染まった。
「……どうしたんですか?」
「あ、や、その、そんな風に言われたのは初めてなので……」
「ふふ、可愛い方ですねぇ、本当に……」
思わず笑みが零れてしまった。
それを見て少し憮然とした表情の徐晃に顔を寄せて、囁くように言う。
「ね、徐晃殿。もう少し聴かせて下さいませんか?」
「そんな…歌なら張コウ殿の方がお上手なのではござらんか?」
「私は奏でるの専門ですよ」
張コウは弦を爪弾く仕草を見せながらそう答える。
本当に、ただ、もう少し聴いていたいだけだった。
この真っ直ぐな男が、どんな音を紡ぐのか。
まだ何か言いたそうな徐晃をにっこり笑いながら見つめると、
根負けしたのか徐晃は小さく吐息を落とした。

 

普段より少し低く、でも耳心地の良い声。
ほんの少しの心を揺さぶられるような感覚と、胸に染み込むような音。
目を閉じて心を静かにして、ただ紡がれる声と音と言葉を摘み取って。
こんな綺麗な音があっただろうか。
純粋に、そう思った。

今まで興味を引いてきたのは、本当に見事な歌い手が奏でる音楽だけだった。
だからこれは、興味、なのではなくて。
これは、多分……恐らくは、きっと。

 

 

 

 

肩にこつんと当たる感触があって、徐晃はそちらに目を向ける。
自分の肩に頭を預けた形で気持ち良さそうに眠る張コウの姿が、そこにはあった。
少し笑みの残る幸せそうな表情で、起こす事をどこか躊躇われた。
そのまま空を見上げると、少し低い位置に三日月が見える。
「ああ………良い月だ」
その月を眩しそうに眺めると、徐晃はまた歌を紡ぎ出した。
今はただ、思うままに、感じるままに、唄いたかった。
この静かな夜の、小さな小さな幸せを。

 

 

 

 

ふと目を開けると、自分に凭れかかるようにして徐晃が眠っていた。
「これはいけない………眠ってしまいましたか」
不覚、と苦笑を零して張コウは呟く。
あんまりにも気持ち良かったから、つい。
そう胸の内で言い訳する。
「徐晃殿の責任……という事に、しておきましょう」
起きる気配のない徐晃の額に唇を寄せて、張コウは小さく微笑んだ。
空を見上げると、西に下がってもう見えなくなりそうな三日月と、
東にはうっすらと白み始めている空。
もうすぐ夜明けなのだと知った。
「ああ…このまま夜明けを眺めるのも良いかもしれませんねぇ……」
そう独りごちて、張コウは徐晃の背に腕を回した。

 

 

 

<完>

 

 

久々の張徐です。(笑)

ずっと髭守さんに何か張徐話を贈らせて頂こうと考えておりましたvv

何だか凄くソフトすぎてどうにも不完全燃焼。

むしろラブなのかどうかも謎なのですが……。(ダメ人間)