名前を呼ばれるのが好きだった。

今はもう、それも叶わないけれど。

 

 

 

<追憶>

 

 

 

戦場で、張コウが命を落としたと聞いた。
最初はそれを信じられないでいたが、帰還した人物の中に
彼の姿はなくて、それが真実だと知った。
小さな小さな箱の中に彼の破片だけが入っていて、
それを埋葬した後、無事帰還できた仲間から彼の髪を貰った。

 

どこかまだ、自分はその事実を信じられないでいる。

 

戦場で人が死ぬなど当たり前の事で、ましてや前線に身を置く
武将など、いつもそれと隣り合わせなのであって。
立場が逆なら、死んでいたのは自分の方かもしれないのに。
なのに、何故か頭の中で彼は生き抜いていくという変な確信という名の
期待があった。

 

話を聞いた時に、不思議と涙は出なかった。
だから、自分は意外と強かったのだと、思った。

 

だが、誰かと言葉を交わしていても、廊下を歩いていても、
ふいに後ろから彼が声をかけてきそうな気がして、
つい後ろを振り返ってしまう自分に気がついて。

自分は、意外と弱かったのだなと、思った。

 

 

 

夜、全ての職務を終わらせ部屋に戻り、明かりをつける。
一瞬、隣に彼が立っている気がして、ちらと横に視線を走らせた。
だが、やはりそこには誰も居なくて。

 

誰も居ない、まっさらな部屋。
温もりの消えた、冷たさの漂う部屋。
ぼんやりとそれを眺めて、如何に彼が温かく包んでくれていたのかを知った。
如何に自分の心の中を、彼が支配していたかを知った。

 

「……………っ」

 

視界が霞んで、頬を温かいものが滑り落ちていく。
いくら手の甲で拭っても、それは止まる事を知らなかった。

 

 

 

名前を呼ばれるのが好きだった。
名前を呼んで、自分に向けられるその微笑みが好きだった。

今はもう、それが叶う事はない。

 

 

ただ無性に、彼に逢いたかった。

もう一度、逢いたかった。

 

 

<完>

 

 

 

貴子様への捧げモノです〜。

チャットでお話させて頂いて、無性に書きたくなった話であったり…。(笑)

あまりムード出せなくてすみません…。(汗)