「全く……無茶ばかりするからですぞ?」
「面目ありません……」
<礎>
張コウが風邪を引いて倒れたらしい。
という話を聞いて、徐晃は見舞いに来ていた。
「……解っているのなら、これからはご自重なされよ?」
「だって……あれは徐晃殿が」
どこか恨みがましい目で見てくる張コウに、徐晃はついと視線を逸らした。
つい先日、戦後の祝宴に参加しようとしなかった自分を迎えに来て、
更に戦時の『あの』格好で、滝の中へと突っ込んできたのだ。
自分はともかく、慣れてない人間では風邪を引くのは必至である。
とはいえ、張コウの誘いを頑なに拒んだ自分にも責任があった。
そう思って今、徐晃は彼の枕元に居る。
「…とにかく。今は風邪を治す事に専念して下され。
まだ、熱も高いようですからな」
そっと張コウの額に手を当てると、まだ自分のと比べて随分熱い事が解る。
徐晃の少し冷たい掌が心地良く感じて、張コウは目を閉じた。
「少し眠った方が宜しいですな。
では、拙者はこれで…」
退散しようと立ち上がろうとした自分の裾を、張コウが掴んだ。
「張コウ殿?」
「もう、行ってしまわれるのですか…?」
「貴殿は少し、休まれた方が宜しい。
起きているだけでも体力使いますからな」
「もう少しだけ、傍に居て頂けないでしょうか?」
「………しかし」
「私が眠るまでで良いですから」
どこか懇願に近い目で張コウは徐晃を見上げる。
ため息をひとつついて、徐晃は再び椅子に腰を下ろした。
「………徐晃殿」
「はい?」
「徐晃殿は…まだ、あの時の事を気に病んでらっしゃるのですか…?」
思いもよらぬ、自軍の苦戦。
味方の危機。
だが、その時自分には何もできなくて。
「……拙者のせいで、皆、傷ついた」
「…………」
「そして、たくさんの者が死んだ」
「…ですが、それは」
「大丈夫。拙者は、大丈夫です」
どこか自分に言い聞かせるかのように、徐晃は呟く。
自分よりも数段温かい、張コウの手を握った。
「拙者は大丈夫なのです。……ですから」
「…………」
「張コウ殿がそんな顔をしないで下され」
張コウの表情は今にも泣き出しそうに歪んでいる。
握る手に力を込めて、徐晃は微笑んだ。
「拙者は、まだまだ未熟だ。
だが……次は前よりもっと強くなってみせる」
その次は、より一層。
自分の追い求める道は、そこにしかないのだから。
「ですから、張コウ殿は笑っていて下さい」
ああ、この人は。
この人は、何と強いのだろう。
泣き笑いのような表情を浮かべて、張コウは呟いた。
「良かった……」
枷が外れたかのように、ストンと意識が沈む。
そのまま静かに張コウは眠りについた。
やはり…心配されていたのだろうか。
そう思って、徐晃は苦笑を浮かべた。
確かに、あの時の自分は、かなり気が沈んでいた。
祝宴に参加する気がおきないぐらいには。
ただ、自分の力が及ばなかった為に救えた筈の人間が死んでいって、
その沢山の犠牲を目の当たりにした上での勝利を、素直に祝える気に
ならなかっただけで。
「…子供の癇癪と同じではないか…」
どこか自嘲じみた呟きを零す。
眠る張コウの布団をかけ直して、徐晃はゆっくりと立ち上がった。
あの時あの場所に張コウが来ていなければ、今でも自分はあの時の思いのままで
いただろう。
死んだ者への思いだけを燻らせて、きっと今でもあの場所に居ただろう。
自分の力の無さを悔やんで、ただ弔い代わりまがいの修行を続けていたに
違いない。
無論、あの犠牲を忘れるわけではなかった。
それを礎にしてでも、自分は上へと這い上がるだけだ。
少なくとも、その事に気付けたのは、彼のお陰であったという自覚はある。
立ち上がれたのも、彼が居たからであり、
前を向けたのも、彼が居たからであり、
歩き出せたのも、彼が居たからであった。
自分がその恩に報いる事ができるかどうかは解らないけれど。
張コウの耳元に唇を寄せて、徐晃はそっと囁いた。
「ありがとう、張コウ殿」
足音をたてないように静かに扉へ向かう。
そっと扉を開けて、一度徐晃は後ろを振り返った。
「ゆっくりお休み下され。…おやすみなさい」
小さく小さく扉を閉める音がして、足音は静かに去っていった。
<完>
稲瀬涼子サマへの捧げモノです〜。
彼女のHPにて拝見させて頂いたマンガから想像してしまった話なのです。
先にそのマンガを読まれた方が解りやすいかもしれません〜。(笑)