夕飯の支度をしている時だった。
流し台の下にある戸棚から調味料を取ろうと戸棚を開けて、思わずミツバは
悲鳴を上げそうになってしまった。
まさかこんな所に、人がいるとは思わなかったから。

 

 

 

 

<The state of mind of her who watches and sees is quiet.>

 

 

 

 

ミツバが出そうとした悲鳴は、其処に居た相手に口を手で覆われたことで
遮られた。
しーっと反対の手の人差し指を口元に持って来て苦笑を零すのは近藤だ。
昼過ぎに、総悟に会いに来たと言って現れたのは記憶にあるが、てっきりそのまま
総悟を連れて外に遊びに行ったと思っていたのに。
「こ……近藤さん、どうしてこんな所に…?」
「かくれんぼです」
「は…?」
「総悟とね、かくれんぼしてるんですよ。
 まさかミツバ殿が開けるとは思わなくてビックリしました」
「私もこんな所に近藤さんが居るとは思いませんでした」
いや、普通は思わないだろう。
まだビックリして跳ねている心臓を落ち着かせながら、ミツバがふぅと吐息を零す。
そして戸棚の中に居る近藤の前にしゃがみ込むと、こくりと首を傾げた。
「まだ其処に居るんですか?」
「できれば隠れさせてもらえると助かるんですが」
「ふふふ、仕方ありませんね。
 それなら今日の夕飯はうちで食べてって下さいな」
「そりゃあ、勿論」
喜んで、と答える近藤にもう一度笑って、ミツバはごゆっくり、と告げると
静かに戸棚を閉めた。
そして立ち上がると、途中だった料理を再開する。
普段より多めに作らないといけないなと、そんな事を考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまた暫くが経ち、ミツバが鍋の火加減を見ていた所に小さな足音がして、
台所へ総悟がやってきた。
どうやら近藤を捜しているらしい姿がそれまでの彼とのやり取りで分かっていた
ものだから、思わずミツバが小さく笑みを覗かせる。
「そーちゃん、何してるの?」
「かくれんぼです」
「かくれんぼ?」
「僕が鬼で、近藤さんを捜してるんです」
そう言いながら、食器棚の下や野菜籠の中などを総悟が漁り、いないと知った総悟が
いねーや、と呟いて台所を出ようとする。
不思議なぐらい流しには近寄ろうとしないので、ミツバは思わず総悟を呼び止めた。
「そーちゃん、隠れられるところは他にもあるんじゃないの?」
「……其処にはいねぇんです」
ミツバの言葉に総悟が振り返ると、にっこりと笑みを見せてそう答えた。
他捜しますと言って走っていった小さな背中を見送りながら、ミツバは訝しげに
眉を寄せる。
自分はずっと台所に居たし、その間近藤は一度も流しの下から出てきてはいない。
だから、手品でもない限り近藤はそこに居る筈だ。
「………おかしいわねぇ」
実は自分が気付かなかっただけで、近藤は既に場所を移動したのだろうか。
けれど、例えそうだったとしても野菜籠の中身を出してまで総悟は捜していたのだから、
開けて確認するぐらいしても良さそうなのに。
不審に思ってミツバは鍋の火を止めると、流しの下の戸棚の前にしゃがみ込んだ。
静かにそっと、手前に引いて戸を開ける。

 

「近藤さん…?」

 

其処には、狭い戸棚の中に丸まるようにして、すうすうと寝息を零す近藤の姿。
もしかしてと、ミツバはそこで漸く思い至った。
もしかして総悟は、知っていたから敢えて此処には近付かなかったのだろうかと。
「あの子ったら……」
寝てる近藤を起こしては可哀想だからと、まだ見つけていないフリをして、
他を当たると言った総悟はいつの間にか誰かを気遣うことを覚えていた。

 

 

「あの子ったら……本当に近藤さんが大好きなのねぇ……」

 

 

くすくすと小さく笑いを漏らすと、気持ち良さそうに寝ている近藤を起こさないよう
ミツバは静かに戸棚を閉めた。

 

 

 

 

 

 

夕飯が出来た頃に、きっと総悟は近藤を見つけるのだろう。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

 

想像以上にこの3人での話は楽しかったかもしれません。(笑)

どこまでかるたさんのご期待に添えられたかは甚だ疑問ではありますが、
こんな話でも宜しければ、どうぞお納め下さいまし。