「これでどうだい?チャイナさん」
「うーん………まあまあネ。
 けどなんかしっくり来ないアル、2つじゃなくて1つにするヨロシ」
「1つかァ……もうちょっと長ければなァ……」
「だから今頑張って伸ばしてるネ、ぶつくさ言う男はモテないアルよ」
「………手厳しいな」
部屋の隅に置いてあった姿身の前に座り込んで、神楽はまじまじと
自分の姿を眺めながら口を開く。
その後ろに座って、肩までの髪に櫛を通しながら苦笑を零すのは近藤だった。

 

 

 

 

<The anecdote which concerns a hair.>

 

 

 

 

 

 

ほんの20分程前のことになる、隊服に着替えて出ようとしていた
近藤の元へ、転がり込んで来たのが神楽だった。
どうしたのかと訊ねたところ、外で少々ヤンチャをし過ぎて折角整えた
髪がぐしゃぐしゃになってしまったと言うのだ。
鏡を貸せと言う少女に、自分の部屋にはコレしかないぞと姿見を指せば
その前に座り込んでああでもないこうでもない、と己の髪を弄りだす。
暫くその姿を眺めていた近藤が、見かねて「やってやろうか?」と
手を出したのは、それから10分程が経過した頃だった。
「……ゴリラ風情が、レディの髪を結うなんてできるアルか?」
「俺はゴリラじゃありません!!
 それに、人を見かけで判断するのは良くないぞ?」
「…?」
「こう見えて意外と上手かったりして、なァ?」
「そこまで言うなら……やってみるネ」
事実、普段はあまり自分で髪を結うことをしないのだろう神楽のまごついた
手つきよりは余程手早く、そして整った状態で、近藤は少女の髪を2つに分け
お団子頭に結い上げた。
おお、と鏡の前で神楽が感嘆の声を漏らし、それならこんな髪形はできるアルかと
次々と注文が飛び出すのを、近藤が2つ返事で頷き慣れた手つきで櫛を動かす。
ツインテール、三つ編みおさげ、ポニーテール、その他もろもろ。
「こうやって、横の髪だけ後ろに回して……ホラお嬢様っぽいだろ!!」
「おお!!やるアルなゴリー!!
 それじゃあ、頭のてっぺんでお団子ひとつネ!!」
「お団子かァ……髪足りるかな」
ポニーテールでも随分苦労した。
髪の届かない下の方はヘアピンで押さえたりとかして、何とか小さな雀の尻尾の
ようにならできたのだが、流石にそれをお団子にするのは無理がある。
2つに分けて、頭の下の方でする小さなお団子ならば、普段から神楽がしているように
簡単にできてしまうのだが。
さてどうしたものかと頭を悩ませていると、近藤の背後にあった障子がスラリと
開いて、栗色頭が顔を覗かせた。
「近藤さん、準備にいつまで時間かかって………って、」
ぽちくりと目を瞬かせて沖田が室内に踏み込む。
かけられた声に近藤が、すっかり忘れてたと慌てて後ろを振り返った。

 

 

「こんな所で何してんだァ、チャイナァァァァ!!」

「わあァァァ!!待って待って総悟バズーカはダメェェェ!!」

 

 

いきなり戦闘態勢を取った沖田の腕を、櫛を放り出した近藤が慌てて掴んで止める。
なんとか引き金を引かせる所は押さえたが、これは非常にまずい状況だ。
「いつまで経っても近藤さんが来ねェと思ったら、邪魔してんのはテメーかチャイナ!!
 今日は一体何しに来たってんでェ、あァ!?」
「レディが身だしなみを整えてる時にズカズカ踏み込んで来るなんて、
 ほんっとデリカシーのない奴アルな!!誰がこんな風に育てたアルか!?」
「近藤さんでィ」
「ちょっと待てなんでそこで即答すんの総悟ォォォ!?」
立ち上がった神楽が沖田に視線を合わせて睨みつける。
バチバチと火花が散った瞬間を、近藤は見てしまった。
ヤバイ、これに触れたら間違い無く焼き尽くされる。
「まァいいや、近藤さん。
 早いトコ巡回に出ましょうぜィ、件のヤマのこともありまさァ」
「………あ、ああ、そういや、」
「ちょっと待つアル、ゴリー!!どこ行くネ!?」
「部外者にゃァ関係ねーよ、すっこんでろィ」
「まだ髪が中途半端ネ、ポニーのままヨ。
 団子はどうしたアルか!?」
「団子なら茶屋へ行ってきなァ」
「お前に言ってんじゃないネ!!」
ほら早く、と近藤の手を引いた沖田が、心底不快そうに眉を顰めた。
反対側の腕を神楽が引っ張って遮っている。
さすがは戦闘部族の夜兎というべきか、そうなると沖田が引っ張ってもビクともしない。
こうなっては、もはやこの少女と今ここで決着をつけるしかあるまいか。
「………力ずくで黙らせてやらァ、覚悟しな!!」
「どっからでもかかって来るがいいアル、返り討ちにしてやるネ!!」
しがみ付いて離さないと思ったら、今度は二人して近藤の手を放し取っ組み合いの
掴み合い、大喧嘩が始まってしまって近藤は途方に暮れた。
止めたいところなのだが、腕っ節だけは強いこの二人を自分一人で諌めるのは
些か分が悪い。
とりあえず声だけでもかけるかと、近藤は困ったままの顔で二人に向かって手を伸ばした。
「おいおい二人とも、そのぐらいにしときなさいって。
 お前達が暴れたら屯所が壊れちゃうでしょ」
ところが。

 

「「 うるせェェェ!!部外者はすっこんでろ!!! 」」

 

すっかり周りが見えなくなっている二人に、近藤の声が届くはずもない。
怒りに任せて沖田と神楽が突き出した掌に突き飛ばされ、近藤がゲッと胸の内で
小さく悲鳴を上げた。
突き飛ばされるというより吹っ飛ばされる勢いで、壁に激突するのを覚悟した近藤が
固く両目を瞑る。
だが、訪れると思っていた衝撃と痛みは、背中に伸ばされた腕に食い止められた。
勢いが緩まって、そのまま畳の上へと力無くへたり込む。
「………おいおい、危ねーなァ。
 何やってんだよ近藤さん」
「ト、トシか、助かった……いやな、二人の喧嘩を止めようと思ったんだが……」
「喧嘩ねぇ…」
目を開いた先に見慣れた姿を見つけて、近藤はホッと胸を撫で下ろす。
呆れた様子で子供達を見ていた土方がまぁいいやと其処から視線を外して、
近藤の傍に膝をつき口元を寄せた。
「山崎から連絡があった。
 例の件が動いたらしい、捕えるなら今だ」
「マジでか!?そりゃいかん、すぐに……」
座り込んでいた近藤が土方の言葉に腰を浮かしかけて、その動きがピタリと止まった。
あの暴れん坊二人を放っておいて良いものか。
「トシ……どうしよう、アレ」
「どうしようって……俺に訊くのか?
 つーか、近藤さんに止められねェもんを、俺が止められるワケねーだろが」
「放置プレイか?」
「屯所が壊されないコトを祈るしかねェな」
「それ以前に俺の部屋が壊されないコトを祈らせてくれよ…」
仕方が無いかと立ち上がって、近藤は諦めたような吐息を零した。
此処で気の済むまでストレス発散させておくしかない。
土方と一緒に部屋を出ようとした近藤が、あ、と声を上げて何かを思いついたように
庭へと飛び降りた。
「近藤さん、何やってんだ?」
「ああ、ちょっとな……これにしよう」
ざっと見回して適当なものを見繕うと、近藤はそれに手を伸ばす。
そうしてもう一度自室に戻ると、今まさに沖田の顔面に拳を入れようとしていた神楽の
後ろから、小さく揺れる髪の結い目に今しがた手折ってきた椿の花を差し込んだ。
思わず手を止めた神楽が、沖田の腹に乗り上げたままきょとんとした目で近藤を
仰ぎ見る。
「うん、似合う」
「……何アルか?」
「お団子はまだできないけど、どんな髪形でもチャイナさんは可愛いよ」
大丈夫、と笑顔で頭を撫でてやってから、近藤はそれじゃあねと告げて部屋を出る。
廊下で待ってた土方に、お待たせ、と声をかけて連れ立って歩き出したのを、
慌てて転がり出てきた沖田と神楽が揃って声を上げた。
「待つネ、ゴリー!!」
「近藤さん、何処行くんでィ!!」
足を止めた近藤と土方が、後ろから飛んできた声にお互い視線を交し合って。

 

 

「お子様にはヒミツだ」

 

 

にんまりと近藤が笑い、ニヤリと土方が意味深な笑みを乗せる。
そうしてまた背中を向けた二人へと。

 

 

「てめェェェ!!土方コノヤロー!!」

「おのれマヨラーの分際で生意気ネ!!抹殺アル!!」

 

 

揃って飛んできた罵声に、土方はどうして俺だけなんだとうんざりした目をして、
それを見た近藤がまた、苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

 

 

大江戸かるた様へ捧げます。

こんな話になってしまいまして、す、すいませ…!!(土下座)
【近藤さんを取り合う総悟と神楽、最後にオイシイところを持っていくトシ】
というリクエストを頂きまして、挑戦してみました。
なるべくリクエストに沿ったものをと考えたんですが、
やっぱりどこかズレてるような気がします。(汗)
こんなへっぽこな小説ではありますが、かるたさんへ日頃のお礼を込めてv

きっとグラさんは、何かと理由をつけて保護者(万事屋)にはナイショで
ちょこちょこ近藤さんのトコロへ遊びに行ってるんじゃないかなぁ、と。

脳内設定では、蚊みたいな天人が出てきた回の後に、すっかりビビリまくった
銀さん引き摺って帰る際、近藤さんに「またおいで」と頭を撫でられてしまって、
それからすっかり常連さんになってるといいかなと。
一緒に縁側でお茶を啜ってる姿だけで萌えます。(言い切った!)

とはいえ、なんだか全然トシがオイシイ思いをしていない(ような気がする)ので、
下にちょっとオマケをつけてみました。(苦笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

− おまけ −

 

 

「なァ、トシよう」
「なんだよ」
「お前さ、もっかい髪伸ばす気ない?」
「………なんでまた」
「いやな、さっきチャイナさんの髪弄ってて、なんだか懐かしくなってさァ。
 昔よくお前の長い髪で遊んでたからなぁ」
「伸ばすなんて、面倒なだけだ」
自分は髪に無頓着な方だったので、結うのは大体近藤の役目だった。
それに時折ミツバも加わったりで、二人ともそう髪が長い方ではなかったから
色々できるのがきっと楽しかったのだろう。
「つか、俺の髪で遊んでたのかアンタ……」
「はははッ、おかげでかなり腕は上達したんだぞ?
 けどやっぱり、」
つい先刻に神楽へと飾ってきた椿の花を思い出し、近藤がうんと頷く。

 

 

「やっぱり椿は、お前の方が良く似合ってた」

 

 

嬉しかねェよ、とぶっきらぼうに呟く土方が、珍しく素直な笑みを見せていたのは
近藤だけの知る話。

 

 

 

 

 

※土方さんの髪のアレコレに関しては完全に私の妄想というか希望です。
 自分じゃ上手くできないからってトシは毎朝近藤さんの部屋に転がり込んで
 いるといいなぁ、みたいな。