※10万ヒット記念DLFフリー小説(跡忍)です。
「うわー……ほんま信じられへん…」
目が覚めた彼の第一声は、そんなようなものだった。
<< Let's tell the reason which must be you. >>
カーテンの間から差し込んでくる光が眩しく、もうそれで夜も明けて結構な時間なのだと
いう事を自分に理解させた。
理解したところで、当然動ける筈も無かったのだけれど。
上質のシルクを背に味わいながらそんな嘆きともとれる言葉を吐き出し、忍足はゆるりと
目元にかかった前髪を掻き上げるようにしながら嘆息を零した。
抱かれたのだ、と、説明するなら一言で終わってしまう簡潔な言葉があるのだが、
実際思い返してみるとそんな一言で終わらせるには何だか悔しいぐらい辛かった。
いや、実際は辛いだけじゃ無かったのが本音なのだけれど、それを認めるのも
すごくすごく抵抗がある。
その相手が自分と同じ男だとするなら尚更だ。
と、そこまで考えてはた、と忍足は己の前髪を弄る手を止めた。
「ちゅうか………なんで?」
そもそもどうしてこんな展開なのかがサッパリ思い出せない。
たまたま地元に戻ることになって、たまたま跡部の家に泊まる事になって、
そこら辺りはいつもの事なのであまり深く考えはしなかった。
泊まるといってもそれでこんな展開になったのは初めての事。
それ以前に、『初めて』抱かれたのだ。
もう認めなければならないだろう自分と相手の間に確かにある想いの事は
知っていても、抱き締めあったりキスしたりする事はあっても、そこから
先に踏み込む事は一度たりとて無かった。
意外と手が早そうに見えて妙にキッチリしている、それが跡部景吾という男だ。
最終的にこんな展開が待っていたとしても、自分の了承も得ず事に及ぶような
奴じゃない事ぐらいは理解している。それなのに。
そんなものなのだろうか、それとも……何かあったのだろうか。
何となく後者な気がしてチラリと忍足は視線をすぐ隣に向けた。
「………あとべ、」
名前を呼ぶというより何かの単語を呟くように、抑揚無く忍足が口に乗せる。
起きる気配の見せない相手に、少しだけ口元が緩んだ。
「ま、ええねんけど。風呂借りるで」
初めてだったというのに妙にアッサリしている自分に気がついて苦笑を見せ、
忍足は気合いを入れて身体を起こした。
途端、硬直する身体。
「………腰、ヤバ…」
鈍い痛みが腰から全身に行き渡った頃に、漸く忍足がそんな事を苦々しく口にした。
話には聞いていたし何となく想像もできていたが、まさかこれほどとは。
腰曲がったらお前のせいやで、と片手でペシリと跡部の頭を叩くと何とか気合を入れて
立ち上がり、よろよろと隣接しているバスルームへと向かって行った。
勝手知ったるとはこのことだ。
パタン、と静かに閉まるドアの音を聞きながら、もぞりと跡部は身じろぎをした。
どうやら覚えてはいなかったらしい、どうしてこんな事になってしまったのか。
「ったく……人の気も知らねぇで」
忌々しそうに舌打ちを漏らして、寝そべる向きを変えた跡部はつい先程まで
忍足が使っていた枕を無造作に抱えた。
意外と理性ってのは簡単に飛ぶモンなんだなと、どこか客観的にさえ見て。
元・氷帝テニス部レギュラー達と約束があって地元に戻り、それなりに変わってない
連中と大騒ぎして、解散となったのが日付が変わってだいぶ経った頃だった。
折角だから泊まって行けと忍足を自宅に連れて戻る事はそう珍しい事ではなく、
電車も無い今となっては、跡部が電話で呼び寄せられる車のみが足なのだ。
携帯を弄りながら何気無くそういえば、もう慣れてしまったのだろう忍足も
二つ返事で了承して、跡部の部屋に戻ったのが1時半。深夜のだ。
そこから更に何かしようという気にはなれず、交替で風呂に入りとっとと寝ようと
先に忍足を風呂に放り込むと、客室からひとつ枕をくすねてきておいた。
そして出てきた忍足に代わって跡部が風呂に行き、温まって出てきた頃には
忍足は既にベッドで夢の中、というところまではお約束の通りだった。
違うのは。
たったひとつだけ、いつもと違ったのは。
「………う、ん…」
ソファに凭れて雫の落ちる髪をタオルで拭いていた時、吐息と共に聞こえた声と
寝返りを打ったのだろう布団の中でもぞりと動く音に気付いて、跡部がゆるりと
自分の後ろを振り返った。
「忍足?」
目が覚めたのだろうかと思い静かに声をかけてみたが、返事は無いのでそういうわけでも
無いのだろう。
短い嘆息を零すとタオルをソファの端に放って、自分もその隣に潜り込むべくベッドへと
向かった。
忍足が魘されているという事に気が付いたのは、傍へと寄ってからだ。
とても静かに襲い来るそれは、声に表れているのではなく表情に出ていた。
いつもの穏やかな寝顔とは違い、辛そうに眉は寄せられ強く歯を食い縛っている。
「……おい、忍足」
時折聞こえる喉の奥からの苦しそうな息遣いに、そういえば忍足という男は
どこまでも我慢をする奴だったと思い出させた。
悪い夢でも見ているのか。
「起きろ、忍足」
こういう時は起こしてやる方が良いだろう。
そう思って跡部は軽く頬を叩いてやりながら声をかけると、閉じられていた瞼が
ぴくりと震えた。
寄せられていた眉間が少し楽そうに緩められ、静かに瞼が持ち上がる。
僅かな隙間から見えた瞳は、不思議な色を称えていた。
「おい、忍足……大丈夫か?」
ベッドの端に腰掛けながらそう跡部が問えば、横たわったまま視線だけをゆるりと
動かした忍足が、ポツリ、と。
「……………、」
乾ききった喉からは確かな音は聞こえてこず、ただその唇の動きだけで
自分では無い誰かの名前を呼んだ事を知る。
「な…ッ、」
それは誰だと問う前に、その瞳からぽろりと零れ落ちた涙に、また息を呑んだ。
「………て…、」
「あァ?」
掠れた声音は息を通すごとに音を取り戻していく。
それでなくとも、その動きだけで理解した。
ゆるして、と。
「忍足…?」
「……ごめ……な、さ……」
嗚咽を隠すことすらできず次々と流れる雫を隠すように手で覆って、
叱られた子供のようにただ、忍足は謝り続ける。
何の夢を見たのか、問おうにもまだ彼は夢と現の狭間を彷徨っている状態。
知らず舌打ちが漏れて、跡部が僅かにその端整な顔を歪ませた。
気に入らない。
無意識とはいえ自分以外の人間の名を口に出すことも。
自分の知らないところで、涙を流すことも。
全部、気に入らない。
顔を覆う両腕を些か乱暴に掴むと、無理矢理剥がしてベッドに沈めるように
押し付けた。
「……っ、」
ふるふると首を横に振って見るなと訴えかける忍足の顎を掴んで、
強く自分の方へと傾ける。
何かを訴えようとする唇を許さず、己のそれで覆った。
助けを求めないのなら、弁解だって許すものか。
自分を見ないのなら、無理にでも向ければいい。
他人の名を呼べなくなるぐらい、跡部景吾という人間の名しか呼べなくなるぐらい、
深く深く、溺れさせてやればいい。
悪い夢など忘れてしまうぐらい、自分しか見えなくなれば、いい。
息つく暇も与えない程に深く触れ合わせ、戸惑う舌先を絡め取る。
上顎のラインに沿って辿れば、ぴくりと組み敷いた身体が跳ね上がった。
「………ん…ぅ、…」
息継ぎのタイミングを見誤った忍足が苦しそうに眉を顰めるのを見て取り、
飲み下しきれなかった唾液が顎を伝って零れた、その後を追うように首筋へと
唇を這わせていく。
強く吸い付けば、白い肌には簡単に刻印が押せた。
「え、な…ッ、なに……??」
混乱する忍足を放ったままにして、跡部は手早くシャツのボタンを外してしまい
露になったその体躯にそろりと手を伸ばす。
右肩から脇腹にかけての引き攣れた傷痕に、じっと視線を向けて。
「ちょお待っ……!!」
忍足の制止も聞かずにその傷に唇を寄せた。
縫い目を舌先で触れ、辿るように下っていく。
「……っ!」
縫い合わせて盛り上がった皮膚は敏感にその感触を示し、息をつめて忍足は
シーツをぎゅっと握り締めた。
覚醒しきった頭はただ混乱するだけで、どうして、とか、何故、とか、
訊けば良いのに自由になった口からはそんな言葉はひとつも出てこない。
覆い被さってくる跡部の身体を跳ね除けることすら、思いつかなかった。
恐らく思いついたとしても、できやしなかっただろうが。
「…っく……」
胸元の突起が口内に含まれる熱さに、思わず漏れそうになった声を何とか呑み込む。
今だ思考が煩雑している中で唯一理解できている事はといえば、多分間違いなく、
自分はこのままこの男に抱かれてしまうのだろうという事だけだった。
何がどうして跡部のスイッチが入ってしまったのかは、解らないままだけれど。
「あ、とべ…っ」
漸く名前を呼んだ事に薄く笑みを浮かべると、胸元にも鬱血の跡を残してから
困惑したままの目元と唇へ順繰りに触れるだけのキスをして、その耳元に唇を寄せた。
「忘れるなんざ、許さねぇ」
「え…?」
「二度言わねぇから、ちゃんと覚えてろよ」
「跡部…?」
僅かに身体を離して正面から見つめてくる蒼い瞳に、戸惑いを隠せないままで
忍足がただ、名前だけを口にした。
「愛してる」
音の無い静かな部屋の中、そう告げる跡部の声だけが厳かに響く。
驚きを隠せないままで忍足が大きく目を瞠った。
「………跡部、」
「もう言わねぇから……絶対、忘れるな」
再び唇を寄せながら言えば、またほろりと忍足の瞳から涙が零れてきた。
構わない、今度の涙の理由なら分かるから。
無造作に投げ出されたままの手を取り指を絡めて、強く握り締めた。
「忍足、お前を……全部、俺に寄越せ」
忍足が首を縦に振るのなら、彼はもう自分のものだ。
彼自身の傷痕も、過去も、隠し続けている痛みも。
恐怖も、不安も、苦しみも、悲しみも、どんな負の感情も全部、全部だ。
「俺は、どんなお前でも愛してやる」
「跡部…っ」
言いたい事はきっと沢山あっただろうけれど、そんなものは全て吹っ飛んでしまった。
その単語しか知らないかのように、口から出てくるのは愛しい人の名ばかりだ。
止まらない涙を指先で拭って仕方無さそうに笑み、ゆっくりと近づけてくる唇を
拒む事無く受け止めて、忍足はそっと瞳を閉じた。
「……っ!!お、思い出した……」
熱めのシャワーを被りながら、今更ながらに脳裏に蘇った記憶に思わずよろりと
よろめいて、傷ひとつ無い綺麗なタイルの壁に手を這わせて身体を支える。
火を吹きそうな勢いで赤面していくのが自分でも解る。
そして、とんでもない事まで思い出した。
跡部のあの言葉に対して、自分は何もまだ応えていないのだ。
言い訳じみているが仕方無いだろう、その後は悪いがそれどころでは無かったのだ。
とにかく何もかもが初めての感覚に翻弄されっぱなしで。
それに、正直心のどこかでまだためらっている部分がある。
忘れられない、忘れてはいけない、そんな過去の出来事が。
確かに見たのは夢だったのだけれど、けれどやっぱりそれは正しい。
「俺の手は……真っ赤なんやで……?」
それも、何でどんな風に洗っても決して拭い去ることのできない、穢れた赤。
恐怖はいつも付き纏うだろう。
失うことを、己の死よりも恐れるだろう。
だからこそ今まであと一歩がどうしても踏み込めなかったのだ。
傷つけたくないし、傷つきたくない。
お互い好きだと告白しあったが、それでもその先に踏み込むことが無かったのは、
恐らく自分の方が知らず壁を張っていたのだろう。
跡部はきっとそれに気付いていたから、自分を気遣って距離を保っていたのだと、
今になって漸く思い知った。
「好きや………好き、なんやで……」
自分のこの傷に2度も口づけたのは、跡部だけだ。
躊躇わないその行為に、報いることができるだろうか。
あと一歩を踏み込んでも、許されるだろうか。
「愛してる」と、彼に告げても構わないだろうか。
タイルの壁に寄りかかって、はぁ、とひとつ吐息を零した。
きっと、とても勇気のいることだ。
言ってしまえば、もう後戻りは許されない。
けれど、それでも。
願わくば、神よ。
気分的にはスッキリしているのだが、妙に気だるい身体を無理矢理起こして、
跡部は寝癖のついた髪を手ぐしで軽く撫でつける。
「さぁて、と…」
眠っていたせいで若干固まった身体を動かして解しながら、ベッドの外に
放り出された服を拾い上げ身につけた。
ベッドから抜け出すと、大きな欠伸をひとつ零して。
「悩める王子様に、悩みも吹っ飛ぶような最高のコーヒーでも淹れてやるか」
この俺様自らのオリジナルブレンドだぜ、と言って笑みを浮かべながら、
跡部は静かに部屋を出たのだった。
彼らの想いが重なるまで、あと少し。
<END>
高校生パラレルネタですみませんですが、やっぱうちのサイトのメインは
コレ!って感じなので。(笑)
高校生パラレルでの跡忍、という事で。
10万HIT、本当にありがとうございました。
そんな思いを込めて。
※DLフリーでございます。お気に召された方はご自由にどうぞ。
あと2本の10万HITお礼は、もうちょっと待って下さいね…!!(汗)
お持ち帰りor展示される方、著作権は放棄してませんのでご考慮下さいねというコトで。