力任せに上から振り下ろされた大刀を、真正面から受け止めようと汰助が三節棍を
頭上に向ける。
だが、鉄同士が擦れ合う嫌な音を立ててその刃先を受け止めたのは、戸口を
切り裂いて飛び込んできた白狼だった。
「ああ良かった、間に合ったね」
「……な、んで…、白狼が此処にいんだよ!?」
「白狼、何かあったのか?」
キン、と刃先を弾いて返すと、白狼は刀を男の方へ向けたまま、茜寿の問いに
静かに口を開く。


「あんた達が悪さばっかりしてるから、神様が怒っちゃった」


それは茜寿と汰助に向けられたものではない。
男と、周りに倒れている男の仲間達に向けてだ。
怪訝そうな顔をする男を見つめたまま、白狼は後ろにいる2人へと声をかけた。
「茜寿、汰助、今すぐ此処から外に出て。
 もうすぐ巽が来るよ」
「………まさか、」
「そう、そのまさかだよ。
 早くしないと巻き添えを食っちゃうから。
 空に上がった方が良いね」
「ちっ………大袈裟な事をする!」
「極端って言うんだよ、そりゃ!!」
「来い、汰助」
白狼の言葉を受けて、茜寿が汰助を肩に担ぐと空に舞い上がった。
術で天井に穴を開けるとそこからどんどん上空へと高度を上げていく。
「白狼!お前はどうすんだよッ!?」
「まだ楓と林秋が残ってるんだ。
 心配だからそっちに戻るよ。
 僕の事は気にせず行って!!」
まだ下に残っている白狼へ汰助が声をかけると、彼はそのように答えた。
これは茜寿と汰助を捜していた時から自分の中で決めていた事だ。
いくら楓が何とかすると言っても限度があるだろうし、自分ならこの足の速さで
林秋だけでも安全な所へ連れて行ける。
そうすればきっと楓も少しは楽になるだろう。
「おい……なんなんだありゃ、空を飛んだぞ…!?」
敵と向かい合っている事も忘れて、大刀の男は呆然と開けられた天井の穴の上を
見上げていた。
彼の目には長髪の優男が急に宙に浮いたように見えたのだ。
翼は茜寿の背にちゃんと存在していたのだが、彼の目には見えなかったのだろう。
もちろん、白狼が子供達を助けた時も、子供達は耳と尻尾の存在を
認識していない。
林春が見えたのは、解放の瞬間を目の当たりにしたからだ。
「詳しく話してあげてもいいんだけど、その時間が無いんだ。
 ごめんね、その疑問は天の国まで持ってって」
「なに……!?」
「ああ、違うね」
 刀を鞘に戻して、白狼はにこりと笑う。


「あんたが行く先は、たぶん『獄』になるんだろうね」


ご愁傷様。
揶揄うように白狼が言うと、気を害したのか男が大刀を横に薙ぐ。
だが、それが白狼に当たる事はなく、返す刀を向けようとしたその時には、
既に彼の姿は部屋の中の何処にもいなくなっていた。










「林秋、無事か!?」
「………楓ねーちゃん!!」
白狼が走った痕跡を追って子供達が捕われていた場所まで行けば、白狼の
言いつけを守って大人しく待っていた林秋が驚いたような顔を向けた。
「どうして楓ねーちゃんが……白狼さんは?」
「ああ、アイツは今別件で動いていてな。
 本当は急いで私達も此処から離れたいところなんだが……どうやらその時間は
 無さそうだ」
杖は白狼に貸してしまっているので、今の自分にできる事は限られている。
津波の届かない場所に逃げている間は無い。
となれば、今この場所で津波を受け、尚且つ林秋を守らねばならない。
懐から術札を一枚取り出して、楓はどういった方法で乗り切るか思案を巡らせていた。だが、そこに。
「楓!林秋!!
 良かった、まだ無事だね!?」
「白狼ッ!?
 お前、何故此処に……」
「楓だけじゃ大変じゃないかと思ってさ。
 僕が林秋を連れて林春の所まで走るよ。
 大丈夫、まだ間に合う!」
「………よし、分かった。
 私としてもその方が有り難い」
「おいで、林秋。
 すぐに逃げるよ!」
飛び込んできた白狼が口早に楓に告げて、林秋の手を取ると大急ぎでその場から
出て行く。
その時に楓がちらりと外へ目を向けると、津波はもう目の前まで来ていた。


「さて……それじゃ、龍神殿と力比べといこうじゃないか」


部屋の中心に置かれた術札の前に腰を下ろすと、静かな声音で呪文を紡ぎ出す。
僅かな後に淡く輝き出した術札を手に取ると、楓はゆっくりと立ち上がった。









津波の届かない遥か上空で、茜寿と汰助は大きな津波が廃屋を丸ごと飲み込んでいく
情景を目の当たりにしていた。
自分達の力などでは到底成し得る事のできない、神のみが許された力技だ。
「巽のヤツ……ちょっとはりきりすぎなんじゃね?」
「まぁ、それはそうかもしれないが………賊の取り零しが無くて良いじゃないか」
「そうは言うけど、捕まってた奴らが巻き込まれちまったら、元も子も無いんだぜ?」
「その為に白狼が動いていたんだろうが。
 とはいえ、あの大将はこの手で仕留めたかったな」
「それこそ今更だっての。
 ま、強そうだったし面倒臭くなくてイイんじゃね?」
「………そんな事を言っているから、いつまで経っても私に勝てないのだ、愚か者」
「んだとぅッ!?」
「今すぐこの手を離されたいか?」
「……………すいません。」
 濁流が渦巻いている真下を見遣り、汰助はそれ以上言うことを止めた。

















<続>