床板を外すと、下にぽっかりと空洞が現れた。 どうやら収納庫になっているらしいその場所に、数人の子供達が 縄で縛られた状態で転がされている。 それを見つけて白狼の耳がピンと立った。 「みんな、大丈夫!?」 「その声……白狼さんだッ!!」 「えへへ、林秋もやっぱり居たんだね、良かった」 ひらりと軽い身のこなしで収納庫に降りてくると、持っていた刀で 子供達の縄を切り解いていく。 だがどうやって此処から安全に連れていくのが良いか。 収納庫の深さはそこそこで、自分なら上がれるだろうが恐らく 子供達が自力で上がってくるのは不可能だろう。 本来ならば縄梯子でもついている筈なのだが、それはどうやら 賊に外されてしまっているようだ。 暗がりの中で身を寄せ合うようにしている子供達は、突然現れた 白狼を怯えた目で見ていた。 腰に刀を差しているし、斬られるとでも思ってしまったのだろう。 にこりと人好きの笑みを見せて、白狼は努めて優しく言った。 「大丈夫だよ、僕は君達を助けに来たんだ。 今からみんな、此処から出してあげるからね」 その言葉に子供達からきゃあっと歓声が上がった。 しかしどう考えても1人か、多くても2人ずつが限度だろう。 思案しているとそれが伝わったのか、林秋が白狼の元へと近付いた。 「白狼さん、小さい子から連れて行ってあげてよ。 俺は一番最後でいいからさ、ね?」 気丈な笑顔を浮かべて林秋が強い口調で言うのを暫し呆然と見つめ、 やがて白狼は困ったような、嬉しそうな、微妙な表情を見せた。 「……強いね林秋は。ありがとう」 くしゃりと頭を撫でて白狼が言えば、へへへ、と林秋はどこか 誇らしげに笑った。 ひゅう、と座りっぱなしだった男が口笛を吹いた。 どこにそんな力があったというのか、この大人数を相手に 優男がたった1人で立ち回っている。 それも圧倒的な力だ。 「凄いなアンタ、そんなに強かったのかい?」 「今にその余裕も消してやるさ」 まだ見ているだけの男に少しの苛立ちを感じるが、茜寿は 何度も立ち上がってくる男達を倒しながら注意深く 辺りを探った。 とにかく今は術師の居場所を突き止めたい。 ふいに背後に現れた気配に、振り向きざまで強く蹴りを入れる。 横腹を薙ぐように打ち込まれた男が吹っ飛んだ先は板張りの戸棚で、 木を破るような乾いた音を立てながら戸が真っ二つに折れ曲がった。 「……なんだ?」 中で何かが動く気配がある。 訝しげに眉を寄せて確認するために近付いた茜寿の視界の端で、 大将の男が小さく舌打ちを零しているのが見えた。 覗き込めば、一人の女が縄で体を縛られた状態で、 押し込まれるように入っている。 「女…?」 「た、助けて下さいッ!!」 「何を……」 「そこの男達に、ずっと此処に閉じ込められていたんです。 お願い、助けて下さい!!」 「…………。」 懇願するように上目使いで言いよって来る女に、どうしたものかと 首を捻る。 そうして少し考えた後に、茜寿は女を中から出して縄を解いてやった。 「これで良いか」 「あ……有り難うございます…!!」 深く頭を下げて言う女に早く逃げろと手で示して、だが、 ああそうだ、と呟いた茜寿は自分に背を向けて駆け出そうとした 女の肩を掴んで止めた。 「術師を捜しているんだが、知らないか?」 「は…はい……?」 「ああ、術師といっても分かりにくいな。 要するに、頭の回転が速く、よく口の回る者を捜しているんだ」 「そ、それって………」 「………ああそうだ、君のことだよ」 大きく目を見開いた女が、がくりと力尽きるように頭を垂れた。 鳩尾に拳を一発、叩き込んだのは汰助だ。 「あーんな狭いトコロに居たのかよ、そりゃ気付かねぇわな」 「……まぁ、最悪でも呪文さえ唱えられれば、術は発動するからな。 縛られていたのは恐らく演技だろう。 見つかったなら、こうやって言い逃れをしろとな」 「へえへえ、手の込んでらっしゃる事で」 どうやら目を覚ましたばかりなのだろう、腕をぐるぐると回して 解しながら汰助が興味無さそうに言う。 汰助が興味あるのは術師などではない。 最初からずっと座りっぱなしで見物をしていた男だけだ。 「さぁて、大将さんよ。 後はアンタだけだぜ?」 倒れている男達の間から三節棍を拾い上げると、ニヤリと周囲を 見回して笑う。 元より操られているだけだった男達は全て床に伏し、今ここで 立っているのは自分と茜寿と、目の前の男だけ。 「覚悟してもらおうか?」 汰助の言葉に男が面倒臭そうな吐息を零すと、傍にあった大刀を手に 漸くその場から立ち上がった。 陣の中にいる林春と、傍には楓と巽が控え、暫くの時間が過ぎた。 待っているしかないのが少々つまらなくなってきたのか、 大きく欠伸を漏らした巽がそういえば、と林春に視線を送る。 「お嬢さん、茜寿から何か話を聞いたのかい?」 「はい、色々と教えて貰いました。貴方達のこと」 「……不気味とは思わんのか?」 「え?」 巽の言葉に林春が考えた事も無かったと言わんばかりに目を丸くする。 自分を挟んで巽とは反対隣にいる楓は何も言わない。 ただ、黙って2人の言葉を聞いているだけのようだ。 「……どうして?」 「どうしてって………いや、普通ああいうのを見れば、 ワーとかキャーとかコワーイ!とか言うモンじゃないのか?」 「いえ……別に、怖いとかは……思いませんでした。 ただ、茜寿さんの翼は綺麗だなって思ったし、 白狼くんは可愛いなーって」 「……最近の女は図太いのォ」 「何か言ったか、巽?」 「いいえぇ、何も言っとりゃせんよ」 じろりと睨みつけるような視線を楓が向けてくる。 今にも殺さんとせんばかりのそれに、巽は慌てて 首を左右に振った。 「しかしまぁ、八代の大将の娘さんなら、納得はできる」 「………お父さんの?」 「ああ、……尊敬していたよ。儂も、皆も」 懐かしそうに目を細めて言うと、巽はよっこらせ、と 年寄りじみた声を上げてその場から立ち上がった。 今まであまり触れてはいなかったが、自分の父と彼らとは どういった関係だったのだろうかと、そう考えて林春は 少しだけ俯いた。 何となく訊いてはいけないような気がしていたから。 けれど、やっぱり知りたいと思ってしまう。 「ねぇ、楓さん」 「なんだ?」 「私のお父さんは……皆の本当の姿を、知っていたの?」 「ああ。知っていたよ」 「そう、……そうなんだ」 素っ気なく答えた楓の言葉に、ほんの少し寂しさが 孕んでいるのを感じて、林春は頷くことだけで それ以上は何も言わなかった。 「……さぁて、」 しんみりしてしまった空気を壊すかのように、巽が大きく 伸びをしながら声を上げる。 何事かと視線を上げる2人笑って返して、巽は遠くに見える 廃屋を片手で指し示した。 「どうやら術師が全員やられたようだし、 ボチボチ片ァつけてくるかな」 「わ、分かるんですか?」 「おーよ、大体の事は分からァな」 「……巽」 「大丈夫だって、一発で終わらせてやるさ。 白狼も茜寿も見せたんだ、ここはひとつ儂も 見せておくのが道理だろう?」 窘めるように声をかけた楓に笑ってみせると、巽は ごきごきと首を鳴らしながら建物の方へと向かって歩き出した。 ただそれを見送るしか無かった2人だが、ややあって楓が 何かに気付いたように立ち上がる。 「………一発、で…だと?」 「楓さん?」 「まずい……それは非常にまずい!! 林春、君は此処に居てくれ。 私は白狼の元へ行って来る!!」 「ど、どういうこと!?」 驚いて声を上げた林春に、振り向く時間も惜しいのか 走り出しながら大声で楓は彼女の言葉に答えた。 「巽のヤツ、捕まってる人間がいる事を綺麗サッパリ忘れてやがる!!」 巽が何を仕出かすのかは林春には分からなかったけれど、 どうやら楓の様子を見る限りではただ事では無いようだ。 大丈夫なんだろうかと、心配と心細さで一杯になっていた林春の頭上を、 突如大きな影が覆った。 <続> |