薄暗い廊下を駆け、閉ざされた扉を片っ端から開けていく。 だがどの部屋も無人で、一番奥の大きな両開きの扉を開けて、 汰助が思わず苦い笑みを零した。 「うへぇ……もしかして、全員集合ってヤツか?」 「まぁ、よくもこれだけ集まったものだな」 「そう褒めてくれるなよ」 広間のような大きな空間に集まったのは数十人という規模の集団。 それぞれが刀や斧などを手にして、中には今にも襲いかかってきそうな 様子の男もいる。 その内の一人が口を開いた。 板張りの床の隅に胡坐をかいて座り込み、その傍には大刀が置かれている。 「どうやら大将のようだな」 「そんな大層なモンじゃねぇが、まぁ、そういった所だ。 しっかし……随分とまぁ変な奴らが乗り込んできたもんだな。 片方は非力そうな美人のお兄ちゃんに、もう片方はただの餓鬼じゃねぇか。 本当に2人で来たってのかよ?」 「非力……?」 「餓鬼……?」 男の言葉にカチンときた様子で、茜寿と汰助がぴくりと肩を震わせた。 だがそれは暫くもするとくすくすという小さな笑いに変わっていく。 訝しげに顔を顰めた男に向かって、茜寿と汰助は片手の指先だけを曲げて 向かってくるように挑発した。 「本当にそうか、試してみると良い」 「ただの餓鬼じゃねぇってとこ、見せてやるよ」 色めきたった仲間達に仕方無さそうな表情を見せると、男は肩を竦めて 「行け」と命じる。 一斉に声を上げて向かってきた男達に、茜寿が、そして汰助が、 楽しそうに瞳を細めるようにして、迎え打つために構えを取った。 「よいしょっ」 力を入れて、白狼が立てつけの悪い木戸を外す。 本当は横引きのもののようなのだが、余りにも滑りが悪く 自分の力では開けられそうに無かったので、仕方無しに 外してしまうことにしたのだ。 随分長い時間の雨風を凌いでくれたのだろう半分腐りかけていた 戸板を傍の壁に立てかけて、白狼は中を覗いた。 暴れん坊の2人が今戦っている家屋に、恐らく後から 増築したのだろう付け足されたような部屋。 その中には今は誰もいない。 あるのはただ、片隅にぽつんと置かれた荷車だけだ。 ぼろぼろの布きれを被せてあるだけの荷台をこっそりと覗けば、 入っていたのは何やら金目のものばかり。 どうやら賊があちこちで奪って回ったものらしい。 荷車に載せてあったということは、きっと近い内に此処も 引き払うつもりだったのだろう。 どうにか自分達は間に合ったようだ。 「でも……この辺なんだけどなぁ……」 くん、と鼻をひくつかせて白狼は首を傾げる。 お宝を見つけてしまったのは単なる偶然だ。 自分は林秋の匂いを捜して此処まで来た。 微かに感じたものを少しずつ辿って行き、着いた先が この場所だっただけである。 「……おかしいな、此処だと思ったのに……」 一番強く匂いが残っているのは此処だ。 もちろん林秋以外の複数の匂いも感じる。 もしかして場所を移動したのかとも考えたが、それにしては 部屋に残っている匂いが強すぎる。 間違い無く、この部屋の何処かにいるのだ。 だが、見回してもあるものは荷車だけで、いっそ殺風景なぐらいに この部屋には何もない。 (……もしかして。) 白狼は思い立ったように荷車の傍に行って、その持ち手を引っ張った。 相当な量が載っているそれを動かすのは少々骨が折れたが、それでも 荷車の車輪は軋んだ音を立てて前へと進む。 「……あった!」 荷車の真下の床板に細かい隙間が見える。 それは正方形に繋がっていて、そこが何かの蓋の役目をして いるのだろうという事が知れた。 思わず手を叩いて喜ぶと、白狼は床板に向かって手を伸ばしたのだった。 おかしい。 そう感じたのはほぼ同じタイミングだった。 数十人に対しこちらはたったの2人とはいえ、片付けるまでに 然程時間がかかるとは思えない。 なのに、どれだけ殴っても打ち払っても、次から次へと男達は 起き上がってくる。 彼らの様子を見る限り、既に全員意識を失くしている様に見える。 なのに体は起き上がって襲いかかってくるのだ、これは誰かに 操られていると考えるのが妥当。 「どういう事なんだよ、茜寿!」 「……恐らく、術師がまだ何処かにいるな」 斧を振りかざしてくる男の腕を取って、振り下ろす勢いを そのまま逆手に取ると茜寿は相手を投げ飛ばす。 一人一人の力は大したものではないのだが、こう引っ切り無しに 向かって来られてはきりがない。 「どうしたよ。 随分とくたびれてきたようだなァ?」 賊の大将と思われる男は、先程から攻撃はおろかその場から 立ち上がろうとすらしていない。 にやにやと笑いながらこちらを見ているだけだ。 もしかしたらあの男が術師なのかとも考えたが、それにしては 相手に動きが無さ過ぎる。 印を結んでいる風でも呪文を唱えている風でもない。 本当に「見ているだけ」といった状態だ。 そのまま視線は汰助の方を窺い見る。 随分頑張ってはいるが、やはり体力が落ちているのか動きが 大分悪くなってきた。 あまり時間をかけてはいられない。 「術師を捜すしかないが…」 「どうやって捜すんだよッ、この状態で!!」 倒しても倒しても起き上がってくる男達に心底辟易した様子で 汰助が嘆く。 向かってきた男の一人に棍を突き出して。 「いッ!? やべ………って、おわぁぁぁッ!!」 「汰助ッ!?」 男が棍の先を掴み力任せに振り回す。 対応が一歩遅れた汰助の手から棍がすっぽ抜けて、勢いで壁に 叩きつけられた。 ずる、と壁伝いにへたり込むようにして汰助の体がその場に倒れ込む。 「まったく、油断するからだ」 はぁ、と呆れたような吐息を零すと茜寿は自分の周りの男を 手早く打ち倒し、ひらりと軽い身のこなしで汰助の傍へと近づいた。 状態を見る限りでは気を失っているだけのようだ。 それにホッとした息を漏らすとゆっくりと茜寿は立ち上がった。 操られた男達が刀を手に突っ込んでくる。 その内の一人の顔面に右の拳を当て打ち飛ばし、刀を振り下ろしてきた もう一人の腕を反対側の手で抑え、茜寿はゆっくりと顔を上げた。 「………やってくれたな」 一度ならず、二度までも。 <続> |