「さぁって! ひと暴れといこうぜ、茜寿!!」 「汰助、術には気をつけろ」 「わーかってるって」 「では行って来い」 「え、ちょ、………うわあぁぁぁぁッ!?」 賊の居住区域になっているだろう部分に見当をつけると、 茜寿は上空から汰助の手を離してついでに勢いがつくように 足で蹴り飛ばした。 その反動で自分も身を大きく翻すと、その真後ろを術が掠めていく。 「おっと、危ない危ない。 さて……術師の皆様は、私が面倒見るとしようか」 真下では天井をぶち破って中に侵入した敵に、俄かに 慌ただしくなっていた。 とはいえ既に汰助は三節棍を振り回し始めている。 一人、二人と倒していく姿を少しだけ目で追って、やがてその視線は 周囲を探るように向けられた。 正直、術師が何人いるのか分からない。 だが術師の気配というものは独特で、探ろうと思えば 探れないものでも無かった。 匂いで追うのはどちらかといえば白狼の専売特許であり、彼がいれば もう少し楽なのではあるが、人質救出に向かっている以上自力で どうにかするしかない。 (………見えるところに、5人か) その内の1人は果敢にも印を結びながら飛び出してきた。 非常に残念なのは、彼の目にはどうやら汰助の存在しか入っていない らしいという事だろう。 ニヤリ、と口元を歪ませて茜寿は手早く印を結んだ。 「まずは、1人だ」 指先を差し向けると、今にも術を放とうとしていた相手がびくりと 大きく痙攣して、術を出すこともできずにその場で崩れ落ちた。 そのまま立て続けに4発。 自分が見つけた術師はこれで全部だ。 だが、どうも不穏な空気が取れていない。 どこかにまだ居る筈だ。 「……やれやれ、汰助も結構きつそうじゃないか」 再び汰助に目を戻すと、5〜6人に囲まれている。 普段なら軽くいなしているところなのだが、それが難しいというのは やはり怪我のせいでもあるのだろう。 「仕方が無いな」 言いながら茜寿が取り出したのは弓だ。 普段はもちろん必要になるが、力を解放している今は、矢は特別 必要にはならない。 どちらかといえば楓のように術の方を得意とする茜寿は、 術そのものを矢のように放つのだ。 普通に術を放つ時と違って威力は少々劣るけれど、印を結ぶ必要が 無い上に連射ができるのが便利で良いという、茜寿の中では そんな位置付けだ。 もちろん、囲まれている汰助の手助けには、それだけで充分。 「ぅおッ、あっぶねぇ!!」 突然降って来た光を纏う矢に、一瞬汰助が身を竦ませた。 頬の真横をすり抜け真正面の敵にひとつ。 続けて、右にいた相手と後ろの相手も倒れていく。 左側に居た相手を持っていた棍で殴り倒し、続けて突っ込んできた もう一人を足で蹴り飛ばすと、汰助は自分が開けた天井の穴を 振り仰いだ。 「てめぇ、茜寿ッ!! なんて事しやがんだッ!?」 「助けてやったんだから感謝ぐらいしろ」 「俺に当たったらどうすんだよ!!」 「だから、術には気をつけろって言っただろうが」 「術ってテメェのかァァァ!?」 思わず頭を掻き毟りながら喚く汰助が、ひとつの気配を捉えて 大きく目を見開いた。 「茜寿、後ろだッ!!」 「なに…ッ!?」 茜寿が振り向くよりも早く、彼の背後で炎が弾けた。 黒煙が一瞬茜寿の姿を隠し、やがて上空から落下してくる 金色の髪が見える。 「ちょ…ッ、おい、茜寿ッ!?」 「う……」 床に激突する前に何とか汰助が受け止めて、眉を潜めて 茜寿の顔を覗き込む。 やや苦しそうな声が上がったが意識はあるようで、汰助はホッと 胸を撫で下ろした。 「大丈夫か?」 「く………不覚を取った。 しかし、一体何処から……」 「俺も術の直前で気が付いた。 すっかり気配を消してやがる」 「どうする?」 「……上へ戻るのは危険だな」 汰助の問いにそう答えて、茜寿は軽く腕を回した。 空からでは逆に狙い撃ちにされてしまうだろう。 術師が何処に潜んでいるか分からない以上、防ぎようがないのも事実だ。 どうやら汰助が飛び込んだのは寝床にしていた部屋のようだった。 薄い布団がいくつか並んでいて、周囲には休んでいたのだろう 男達が数人転がっている。 廊下へ続く扉が開け放たれていて、恐らく何人かは此処から出て 仲間達に助けを請いに行った筈だ。 「取り敢えず、出て行った者達を追いかけるとするか」 「捕まった奴らは白狼に任せてあるもんな」 「行くぞ、汰助」 「よっしゃ!」 顔を見合せ頷き合うと、2人は廊下の奥へと向かって駆け出したのだった。 場所は変わって、廃屋の裏側。 此処でもどうやら楓の術が効いたようで何本かの折れた大木を 見つけることができた。 その全てに術札が貼られているようだが、この状態では もはや結界の意味を成さないだろう。 それを確認して、白狼が静かに顔を上げた。 「あとは……あの2人、ちゃんとやるかなぁ」 空から突入をする茜寿と汰助の姿は見えていた。 だが、逆にその2人というのが白狼としてはちょっぴり心配なのである。 「……また喧嘩してなきゃいいけど……」 気持ちに合わせるように耳と尻尾もしゅんと垂れていたが、 ドン、と大きな音が響いて建物の中が少し騒がしくなったのを捉えた。 もう少ししたら侵入には良い頃合いになるだろう。 「まずは……林秋を捜す方が良いかな」 沢山の人間の気配と匂いは先程から風に乗って届いている。 だが、どれが敵でどれが捕らわれた人なのかが分からない。 ただ林秋がこの場にいるかもしれないという話なので、それならば 彼の匂いを辿った方が余程話が早く済むだろう。 (………無事だといいな) 刀をぎゅっと握り締めて、白狼は救出へと乗り込むために立ち上がった。 <続> |