「……で?」 「で?、とは?」 「だから、どうしてお前が林春と一緒にいるんだ!?」 「あ、あの、楓さん。 さっきそこで、危ないところを助けてもらったの」 もう慣れた神社の玄関先で仁王立ちになっている楓に、 あくまで飄々とした雰囲気を崩さない巽に代わって、林春が慌てて 口を開いた。 楓の様子を見るからに、恐らく自分は彼女らがしようとしていたことの 邪魔をしてしまったのだと思う。 「ご……ごめんなさい……」 「別に林春が謝ることじゃない。 それだけの事で計画を崩したコイツらが悪いんだ」 「おいおい、無茶言うなってお前さんは」 「本来なら、賊の1人でも捕らえて居所を吐かせる予定だったんだぞ。 どうせお前のことだ、林春に気を取られて逃げられたんだろう?」 「ご明察で」 「威張るな、馬鹿者が」 しかし捕らえ損なったものは仕方が無いと、楓は2人は中へと招き入れた。 此処で戻ってきたのが巽1人であったならば、捕まえてくるまで 戻ってくるなと叩き出したところなのだが、林春が一緒ではそうもいかない。 「楓さん、あ、あの……」 「林春の悪いところは、」 廊下を歩きながらおずおずと声をかけてくる林春に、楓は足を止めると 勢い良く振り返ってずいと詰め寄った。 じと、と剣呑な眼差しを向けていた楓であったが。 「遠慮がちに物事を話すことだ。 ………何かあったのだろう?言ってみろ」 そう言って、にこりと笑みを浮かべる。 面食らったような表情をした林春が、楓の言葉を思い返してふと口元が 弧を描いた。 確かに、彼女の言う通りかもしれない。 友人だと思ってはいるが、逐一申し訳ないような気持ちになりながら話すのも 何かおかしいだろう。 「林秋が、昼過ぎに遊びに出たっきり戻ってこないの」 「……なに?」 「それと日暮れ前に、賊に襲われたっていう村の人が何人か運ばれてきたわ。 きっと何か関係があると思うの。 夜になっても帰って来ないから、此処に向かいがてらに林秋を捜していたら、 逆に私が襲われそうになって……巽さんと、汰助くんが」 「成る程、そういう事か」 林春の言葉に頷きながら、楓は思案するように視線を床へと落とした。 「それで、林春が此処へ向かおうとした目的はなんだ?」 「もしかしたら、林秋が此方にお邪魔してるんじゃないかって思って…。 そうでなかったら、一緒に捜すのを手伝ってもらおうと思ってたの。 ただ、何となくなんだけど……私を襲った奴らが、今日だけで 5〜6人攫ったって言っていたわ。だから、」 「恐らく林秋もその中、か」 「たぶん」 居間に続く障子をすらりと横に引くと、茜寿と白狼が揃って顔を上げた。 林春の姿を見つけて白狼が笑顔で立ち上がる。 「いらっしゃい、林春さん」 「こんばんは、白狼くん」 お茶淹れてくるね、と言い置いて居間を出て行った白狼を見送って、 茜寿が楓と林春の後ろから入って来た巽に目を留めた。 「お前1人か。汰助は?」 「ああ、ならず者を追いかけてったよ。 じきに根城の場所でも掴んで戻ってくるだろう」 「………。」 それを聞いて黙り込んでしまった茜寿を見て、にやにやと笑みを浮かべながら 巽が隣へと腰を下ろす。 「なんだ、心配か?」 「阿呆な事を言うな。 いや…心配だと言うとすれば、アイツが撒かれやしないかという事だ」 「へぇ?」 「アイツは見た目通り、詰めの甘い奴だからな」 やれやれと吐息を零しながら言うと、巽はそれ以上は何も言わずに ただ肩を竦めただけだった。 急須と湯呑を持って戻ってきた白狼が一通りお茶を配り終えた頃、 そういえば、と林春は楓の方へと向き直った。 「楓さんは、どうして賊を追っているの?」 「ん?」 「私の知っている限りでは、賊がこの村まで手を伸ばしてきたのは 昨日今日の話の筈なんだけど……」 「それは…、」 林春の言葉に楓が少し言葉を切って、手にした湯呑から一口茶を啜る。 賊の被害が出だしたのが今日のことだ、それを考えると楓達の行動は 些か早すぎると言っても良いだろう。 いつその情報を得たのか、そして何故彼女らが追っているのか、考えれば 不思議なことは山ほどある。 「あまり詳しくは話せないんだが、」 「……ええ」 「私達が居るこの村に手を出してくるそのもっと前から、あの賊共の話や 被害の状況は聞いていた。 まぁ……今日のことも、な」 「今日のことって……あ!」 林春が怪我をした男達の手当てをした時に聞いた事を思い出して声を上げた。 そういえば言っていた、役人に連絡をする、と。 「楓さんは、お役人さまなの!?」 「……随分と話が飛躍するなぁ」 「え、あれ?違う??」 「正確に言えば違う。 だが、今はこれ以上の事は言えないな。 ……いずれ判る時が来る」 「うん……」 こくりと頷いて、林春はそれ以上の追究をやめた。 でも何となくだが伝わってきた事はある。 楓は役人ではないと言ったが、何らかの形で役人と繋がっている事は 間違いないだろう。 でなければ、こんなにも情報を得るのが早い理由が説明できない。 「私は、表向きでは神社の神主をしている。 しかし裏では……まぁ、色々とやっているもんでな。 前にも言っただろう、子供のおつかいのような事から 人様には言えないような事まで何でもする、ってさ」 「ええ」 「今は件の賊退治を請け負っている、というわけさ」 湯呑を卓袱台の上に置いて、楓はふふっと声を上げて笑った。 自分と変わらないような年頃に見えるのに、そんな危険な事をしているのか、と 林春は少し心配になったが、そういえば先程巽と汰助に救われた時、 2人とも相当腕が立つように見えた。 「あの、楓さん」 「なんだ?」 「まだ、林秋がそうだと明確になったわけじゃないけど…… もし、もしも、本当に林秋が賊に捕われていたのだとしたら、 ……助けて、もらえますか?」 「林春…」 「近所のおじさんはお役人さまに連絡するって言ったけれど、 攫った子を余所へ売り飛ばそうとしているなら、お役人さまを 待っていては間に合わないかもしれない。 たった1人の家族なの………お願いします」 深く頭を下げてくる林春を横目で見遣りながら、楓は卓袱台に頬杖をつき 指先でコツコツと台の上を叩く。 ふぅ、とひとつ吐息を漏らして。 「……そういえば、ツケがあったんだったか」 「楓さん…!!」 「良いだろう、どうせ奴らの根城は潰すつもりだったからな。 しかしどっちにしたって、汰助が戻って来ない事には…、」 ガタン!と外の方で物音が上がり、楓が一旦言葉を切った。 どうやら玄関先のようで、もしかして、と白狼が手にしていた湯呑を置く。 「汰助が戻って来たのかも。見てくるね!」 障子を開け放ち軽い足取りで出て行くのを見送って、暫く。 「ちょ…ッ、どうしたの汰助、しっかりして!!」 慌てふためいたような白狼の声に、そこに居た全員が立ち上がった。 <続> |