<南蛮夷平定戦・魏〜後編〜>

 

 

 

弓を放っていた護衛兵達が驚きの声を上げた。
「な…弓が……!?」
放った矢はいとも簡単に弾かれてしまう。
そうする合間にも南蛮の民は槍を手に襲いかかってくる。
そこに、司馬懿の檄が飛んだ。

 

「何をうろたえる必要がある!!」

 

手にしていた短刀で司馬懿は相手を斬り捨てた。
「矢が通じないなら斬れば良い。
 そんな事も気付かぬか!!」
余程機嫌が悪いのだろう、司馬懿は率先して敵と刃を交え始めた。
それを眺めていた夏候淵が思わず吹き出す。
「はっはっはっは!!違いねぇや!!」
剣を持ち出すと、夏候淵も戦禍に飛び込んだ。
楽しくて仕方がないといった表情で。
こんな無茶な戦もそうあったものではないだろう。
「ま、楽しませてもらうとするか」
すうと目を細めて夏候淵は剣を構えた。

 

 

 

 

息はピッタリであったと思う。
徐晃&張コウ組はいともあっさり決着がついてしまった。
囮の様に象の前に姿を現した徐晃が敵を引き付けておいて、突進してきた所を
張コウが後ろから持ち前の跳躍力を活かし、象を操る男をまず引き摺り下ろした。
そこへ、徐晃が当て身を食らわせると、男はあっさりと意識を手放す。
「…あんまりにも簡単すぎてちっとも面白みがありませんよね」
肩を回しながら張コウがそう呟くと、徐晃が苦笑を浮かべて傍に蹲るように
座っている象の皮脂を軽く叩いた。
「張コウ殿、まだ仕事は残っておりますぞ?」
「はい?」
「この象を、殿の御前まで連れて行かねばなりませんからな」
「ああ……そうでしたね」
言いつつ、改めて張コウは目の前の大きな動物を見上げた。
犬や猫や兎なら、抱えて行けば済む話なので大した問題ではない。
だが、この象という生き物は、とてもじゃないが抱き上げられそうな大きさでは
なかった。
軽く綱を引っ張ってはみるが、やはりビクとも動かない。
困ったように徐晃はため息をついた。
「どうするか……」
「あ、そうだ、徐晃殿。こうしませんか?」
「………え?」
徐晃が問うよりも先に、張コウは象に飛び乗った。
馬などとは格段に違うその高さと大きさに、張コウが感嘆の声を上げつつ
辺りを見回す。
「なかなか素敵な見晴らしですよ。
 徐晃殿、これに乗って陣へ戻りましょう」
「な……」
予想だにしていなかった言葉に、徐晃は思わず口をパクパクさせる。
「大丈夫ですよ。この巨体なら2人乗っても。
 ホラホラ、早く早く」
「………まぁ…それしか方法もなさそうですしな……」
いつになく子供のようにはしゃぐ張コウを眩しそうに見上げ、徐晃も張コウの
後ろに飛び乗る。
「じゃあ、行きますか!」
張コウが象の体に軽く合図を送ると、象は意思を読み取ったかのようにゆっくりとした動作で
立ち上がった。
「わ、凄い!!」
嬉しそうな声を上げて、張コウが笑った。
「さぁ、進みなさい!!」
声をかけると、象は前足を大きく振り上げて雄叫びを上げた。
その時。

「あっ、」

 

ぽちゃん。

 

徐晃の声が一瞬、それから、水音。
つい今しがたまで背後にあった徐晃の気配が綺麗さっぱり消えている。
嫌な予感に恐る恐る振り返ると、あの毒々しい色の泉に沈み行く牙断が見えた。
持ち主の姿は既に見えない。
「じょ…徐晃殿っ!?」
慌てて張コウは象から飛び降りた。

 

 

 

 

「……やれやれ。片付いたな」
屍累々とした惨状の中、余裕の笑みを浮かべて夏候淵が司馬懿に声をかけた。
だが。

 

「…………」

 

また沢山の愚痴が飛んでくるだろうと思っていたが、予想に反して司馬懿からの
返答は得られなかった。
「仲達?どっか怪我したのか??」
さすがに何も言われないとなると心配になったか、夏候淵が司馬懿の傍に歩み寄って
その顔を覗き見た。

 

「……………暑い」

 

ぽつりと吐き捨てるように呟くと、司馬懿はそのまま地面に崩れ落ちるよに倒れる。
慌てて夏候淵が抱き起こすと、司馬懿は真っ赤な顔をして荒く息を吐いた。
「……ダメだ、完全に熱気に当たってら」
こんなに厚着をしていて、しかもこんな場所で大立ち回りを繰り広げたのだから、
それはそれで仕方のない結果かもしれないが。
近くに川があったのを思い出して、夏候淵は司馬懿を背負うとゆっくり歩き出した。
「全く……だから休んどけって言ったのによ、世話の焼ける奴だなぁ」
司馬懿にハッキリとした意識があれば『貴様に言われたくない』とか『五月蝿い黙れ』とか
『降ろせ自分で歩ける』ぐらい言いそうなものだが、いかんせんその司馬懿に意識が
既になくなっている。
だから今は夏候淵の言いたい放題独壇場であった。
水辺に司馬懿を寝かせ、少しだけ口内に水を含ませてやって、持っていた布を濡らして
司馬懿の額に乗せてやる。
そうして、漸く川の流れを眺めていた。
川上から水の流れに乗って涼しい風が吹き付ける。
司馬懿がこんな状態では、これ以上の進軍は無視だろう。
そう思って、夏候淵は大きくり伸びをした。
「まぁ、まだ惇兄ィや張コウ、徐晃も居るしな。
 あっちが何とかやるだろ」
他力本願なのかもしれないが、まぁ実際、唐突に言い出した曹操に
全て責任があるわけであって。
「とりあえず、休憩とするかぁ〜」
鎧を脱いで軽装になった夏候淵はのんびり空を見上げたのだった。

 

司馬懿&夏候淵組、戦線離脱。

 

 

 

 

ざば、と水音が鳴った。
「迂闊でしたよ……」
沈みかかった牙断を放り出し、張コウは徐晃を担ぎ上げて泉から這い出した。
徐晃はすっかり目を回している。
そっと地に横たえると、少しだけ身じろぎをして徐晃が呻く。
命に別状はなさそうだと判断して、張コウはホッと吐息を漏らした。
「しかし……強烈な泉ですね、これは……」
助ける為に泉に飛び込ん濡れた半身は既に力が入らなくなっている。
立ち上がろうとするが、どうやらそれも無理のようだ。
諦めて、張コウも徐晃の隣に倒れ込んだ。
暫く休めば力も戻って来るだろうと。
少なくとも、今、手に入れた象を主君の元へ連れて行くのは無理な話だった。
「ああ……本当に、迂闊でしたね」
徐晃がしっかり掴まっている事を確認しなかった事も。
泉の存在を一瞬とはいえ綺麗さっぱり忘れてしまっていた事も。

「まぁ……そういう事もあるでしょう、か」

ぽつりと呟くと、張コウも意識を手放した。

 

徐晃&張コウ組、戦線離脱。

 

 

 

 

「あ〜、暑い暑いっ!!」
そう叫びながら夏候惇は剣を振り回す。
四方から飛んできた矢を上手く切り抜けると、そのまま突っ込んで
その一角を切り伏せる。
「あんまり暑い暑いと連呼して下さるな。こちらまで暑くなってしまう」
苦笑を浮かべつつ張遼も反対の一角を潰しにかかった。
象までは、まだ遠い。
ここまでくると相手もこちらの思惑を読んでいるようで、なかなか象を動かそうとは
しなかった。
むしろ、後退しているような気も…少なからず、感じられる。
それに怪訝そうな表情を浮かべ、張遼は夏候惇を呼んだ。
「夏候惇殿…何か、妙な感じがしないか?」
「は?何が?」
首を傾げて夏候惇が周囲を見回す。
やはり、心なしか象までの距離が遠くなっているような。
「…どういう事だ……?」
「解らぬ……」
困ったように首を傾げると、張遼は前を見遣った。
「兎にも角にも、追うしかないのだろうな……」
額の汗を拭いつつ、張遼は夏候惇を促して走り出した。

 

が、そこで象が反転する。

 

「……ちょっと待て!こっち来るぞ!!」
しかも、まるで暴走するかのように、がむしゃらに走り出して。
あの巨体だが、走るとそれはそれで結構な速さが出るらしく、あっという間に間近まで
象はやってきた。
「ちょ…あの足で踏み潰されては……!!」
「いかん、逃げるぞ!!」
腕を取られて張遼は夏候惇に引っ張られるように走り出した。
走りながら、懸命に思考を巡らせる。
それは、出兵する前に司馬懿から見せてもらった、この土地の地図。
確か、この道は。
そして、あるひとつの仮説が立てられた。
「夏候惇殿、そっちへ避けろ!!」
「えっ?お、おお!!」
張遼は夏候惇の腕を振り払うと、広幅になっている道を左右に分かれて大きく空けた。
その真ん中を、止まるでもなく、張遼や夏候惇を狙う事なく、ただ真っ直ぐひたすらに
象は通り過ぎていった。
上に、とてもとても楽しそうに笑う男を一人乗せて。

 

「はははははははは!!!実に愉快だ!!楽しいぞ!!!」

 

やはり、と大仰なため息をつく張遼と、思わず目を見張る夏候惇。
「も……孟徳……!?」
「やはり、な……」
そのまま象が走り去るのを見送っていると、後ろから慌てたように許チョと典韋が走ってくる。
「あ〜〜、元譲殿〜〜〜」
ひらひらと手を振って合図をすると、2人は気付いて足を止めた。
「一体、どうなってんだ?」
「つまり、だ」
頷きながら張遼は自分達の立っている道を指差す。
「我らが攻めていたこの道と、典韋殿と許チョ殿が攻めていた道は、向こうで、こう、
 繋がっているのだ」
指を交差させてみせると、それは理解したと頷いて夏候惇が曹操の去った方向に目を向ける。
「んで、なんで孟徳が居るわけだ?」
「それは、単に殿が2人について行ったのだろう。
 どうせ他の連中には、ついて行くと言った瞬間に断られるであろうからな」
「全く……孟徳の奴は………」
怒ったような、呆れたような、そんな複雑な表情を見せて夏候惇はため息をひとつ吐き出した。

 

 

 

その後、毒の泉にやられた2人を回収して、熱気にやられた1人を担いだ夏候淵が
合流した。
そしてこれから象に乗り去っていったまま行方知れずになってしまった曹操の大捜索が
始まるわけなのだが、それはまた別の話。

 

それから向こう一週間、司馬懿の機嫌は直らなかったという。

 

 

 

 

<完>

 

 

 

すすすいません、アホネタですいません〜〜!!(汗)
しかし、書いてる自分はもう本当凄い楽しかったですよ〜。←自己満足か。

やっぱり、魏軍は大好きですvv個性派揃いでvvv