<嵐>

 

 

 

「え…何ですって??」
「だから、徐晃殿が先程張遼殿と出て行ったのを見た。
 何度も言わせるな馬鹿めが」
目を丸くして驚いている張コウを尻目に、司馬懿が薄い笑みを浮かべて言う。
「そ……そうです…か」
ぽつりと呟いた張コウの頬に一筋汗が伝うのを、司馬懿が見逃す筈はない。
「では、私はこれで……」
そう言ってくるりと背を向けた張コウの服の裾を司馬懿が足で踏みつける。
思い切りつんのめった瞬間に足を離すと、景気良く転がった。
「ははははは、いいザマだな張コウ殿!!」
「な…何をなさるんですか!!」
床にぶつけた鼻柱を擦りながら張コウが気分を害した表情を隠そうともせずに
司馬懿を睨み付ける。
「貴様の企みを阻止してやっただけだ」
「何が阻止ですか何が」
「だから、」
床に座った状態の張コウの襟を掴んでぐいと引き寄せ、司馬懿が更に笑みを深くする。
「どうせ貴様の事だ。
 今から追いかけていって邪魔しようとか思っているのだろう?」
「う……っ」
「どうだ、言い返せはしまい?」
これ以上ないぐらい嬉しそうな笑みを浮かべながら、司馬懿が上機嫌といった風に
張コウを見遣る。
「だ…だって、仕方ないじゃないですか!!」
「何がだ」
「張遼殿は、徐晃殿を狙っているのですよ!?」
全く余裕のない張コウの姿を見るのも珍しいと、目を細めて眺めながら司馬懿は
先を促す。
「自分の見てない所で『私の』徐晃殿に一体何をしているのか……
 想像しただけでもうもうもう!!」

 

「落ち着け馬鹿」

 

持っていた黒扇で張コウの頭をはたくと、司馬懿はゆっくりとした動作でしゃがみ込み
目線を張コウの合わせた。
「貴様…………本っ当ーーーーに、馬鹿だな」
「……そんなに、人の事を馬鹿馬鹿言わないで下さいよ」
「馬鹿だから馬鹿だと言ったまでだ、馬鹿」
「く……本当に嫌な人ですね、貴方って人は……」
「何してんだお前ら」
そんなやりとりをしていた矢先、廊下の向こうからやってきたのは夏候淵である。
「ああ…お帰り妙才殿」
「おう、ただいま。ホラ土産」
そう言ってポイと司馬懿に向かって投げられた袋の中には、
「……べっこうか……」
「お前、好きだって言ってたろ」
袋の中から一つ取り出して夏候淵は自分の口に放り込む。
暫しその袋を眺めていた司馬懿は、張コウの目の前にしゃがみ込んで言った。
「……貴様も食うか?
 今ならひとつぐらいくれてやるぞ……?」
「………いりませんよ。
 むしろそんな憐れみの目で見ないで下さいます?」
2人の間で一瞬火花が散ったが、そんな事はお構いなしで夏候淵は、あ、と声を上げた。
「そういやよ、街に出た時に、茶屋で張遼と徐晃を見たぞ?」
「……………へ?」
「なんか……真剣に話し込んでいたようだったから、声はかけなかったが……」
2人とも、思いがけない言葉に間の抜けた声を返して夏候淵を見遣る。
呆けた顔を見せたのは一瞬だけで、次の瞬間に張コウは凄い勢いで夏候淵に詰め寄っていた。
「どうして邪魔しなかったんです、そこで!!!」
「え、いや、だってそんな雰囲気じゃなかったからよ……」
「あああああ!!徐晃殿がキズモノになったら淵殿の責任ですからね!?」
「いい加減にせんか馬鹿!!!」
思い切り張コウの髪を引っ張って、司馬懿の怒声が飛ぶ。
「大体、どこをどう見れば、張遼殿が狙っていると解るのだ!!」
「…………解りますよ……」
涙目になって痛む頭の皮脂を擦りながら、張コウが答える。
「だって……同じ目で見てるんですもの……」
そう言って、どこかばつが悪そうに視線を逸らすのであった。

 

「ん?」
廊下から外に視線を向けた夏候淵が声を上げる。
「おい張コウ、帰ってきたみたいだぞ?」
その言葉を言い終える前に、既に張コウは走り去っていた。
「……風みたいなヤツだな」
「あれはただの馬鹿だ」
感嘆の声を上げる夏候淵を横目で見ると、司馬懿は鼻で笑ってそう呟いた。

 

 

 

 

「張遼殿、」
城門を潜って、徐晃は隣を歩く男に笑いかけた。
「今日は話を聞いて下さって有り難うございます」
「正直……徐晃殿に相談に乗ってくれと言われた時は驚いたが……、
 私で力になれたのなら……」
「はい、大変参考になり申した」
「今度は2人で、遊びに行きませぬか?」
「そうですな……それは是非、」

 

「お断りしますvv」

 

突然背後から抱きすくめられて、徐晃が驚いて首だけそちらに向ける。
「ちょ、張コウ殿!?」
「全く…油断も隙もない猫がいたものですね。
 ウッカリしていましたよ」
自分の事を言われているのだと気がついて、張遼は苦笑を浮かべた。
「猫とはまた、随分可愛らしいものに例えて頂けたのだな」
「ええ、抜け目のない厭らしい猫ですけどね」
にっこり笑みを浮かべて言う張コウに、張遼は大袈裟に肩を竦めてみせる。
とはいえ、自分を恋敵視している事自体には気づいているので、特に何か
言い返そうとは思わなかった。
「張コウ殿、拙者がお誘いしたのです張遼殿を」
困ったような笑みと共に徐晃が言うと、ちらと何か物言いたげに張コウは
徐晃へ視線を向ける。
「張遼殿、今日はここで失礼します。
 本当に有り難うございました」
「まぁ…個人の好みをとやかくは言わぬが……徐晃殿も物好きだな」
「自負しておりますので」
「そうか。では、またな」
徐晃の言葉に軽く笑うと、一度だけ張コウに視線を投げて歩き去って行った。

 

「………あの、」

 

それを冷たい目で見送っていた張コウに、徐晃が声をかける。
「あの、いつまでこの様な……」
しっかりと後ろから抱かれたままの状態を気にしているのか、少し頬を赤らめて
徐晃が呟く。
「そうですねぇ……徐晃殿が、先程まで何をなさっていたのか教えて下されば
 離れてあげましょう?」
「な……」
困った様な、途方に暮れたような、そんな顔で見上げてくるものだから。
思わず、徐晃の頬に口付けてしまった。
「ちょ…張コウ殿!!
 ここ、このような所でそんな……!!!」
「おやいけない。ついつい止められませんでしたよ」
悪びれもなくそう言う張コウにため息をひとつついて、徐晃は手にしていた包みを持ち上げた。
「張コウ殿、土産があるのです」
「私にですか?」
「饅頭なのですが、ひとつ食べてみたら美味かったので、張コウ殿にも是非食べて頂きたいと
 思いましてな」
「嬉しいですねぇvv
 では、私の部屋へいらして下さいな。お茶を煎れますからvv」
「それは有り難い。張コウ殿の煎れる茶は拙者のお気に入りですからな」
「……初耳ですよ、それ」
「……言ってませんでしたか?」
張コウの腕を抜け出して徐晃は小さく笑みを浮かべると、徐晃は張コウの手を引いて
歩き出した。
つられるままに歩きながら、張コウは少し考えて口を開く。

 

「はぐらかされたりしませんからね、私は」

 

その言葉に、思わず徐晃の顔から苦笑が漏れた。
「さて………何からお話ししましょうかな……」

 

 

 

 

<完>

 

 

 

7777ヒット、キコ様のリクエストで、焼きもちやきの張コウと天然徐晃の話……の、ハズが。(汗)

すすすすいませんすいません、自分的ギャグを追求しすぎましたーーー!!!(滝汗)
張コウと司馬懿のやりとりなんか、めっちゃ楽しんで書いてしまいましたーーー!!!
やっぱり、自分が楽しんで書くのが基本かと……ごにょごにょ。(言い訳)

むしろ全然徐晃が天然じゃないですコレ。確信犯ですかちょっと。

 

と、とにかく、キリバンゲットおめでとうございましたーーー!!!(><)